第6話 悪役騎士団長、ポーションを売る
結論から言おう。
シエルの作ったポーションの売れ行きは良くなかった。
というか大通り沿いに売り歩くこと一時間、一本も売れていない。
おかしい。
たしかに原作ではもふ丸がいることで、最初こそ人が怖がって近寄って来なかった。
しかし、しばらくするともふ丸に興味を持った子供たちが集まってくるはず。
子供たちのお陰でもふ丸が無害と分かると、そこからシエルの売るポーションに興味を持って人が近付いてくるのだ。
でも今は何故か子供すら近寄って来ない。
いいや、言い訳はやめよう。子供が寄って来ない原因は分かっている。
「ほぼ間違いなく、俺が原因か」
「そ、そんなことない……と、思います……」
「そこは断言して欲しかった」
もふ丸というもふもふならば子供も警戒しないが、兜だけ被った男とか子供からしたら普通に怖いのだろう。
目立ってはいるのだ。悪目立ちとも言う。
傍から見ると、シエルはめっちゃデカイ
意図せずとも道行く人の視線を集めるし、興味を惹かれてそうな人もちらほらいる。
何か切っ掛けが欲しい。
そう、切っ掛けさえあれば、そういう人はシエルのポーションを買ってくれそうではあるのだ。
悪目立ちしているこの状況を利用したい。
じゃないと原作通りにポーションが売れなくてシエルが生活に困ってしまう。
何か打開策は……。はっ、そうだ!!
「もふ丸、芸をしよう」
「わふっ?」
やっぱ犬と言ったら芸でしょ。
「まずはおすわりだ。おすわり」
「わふ?」
もふ丸が首を傾げながらも、その場でお尻をペタンと地面に着ける。
「おお、一発でできるとは。もふ丸は賢いな。次はお手だ。ほら、お手。俺の手に――」
「おふっ!!」
「ぬお!?」
もふ丸が俺の差し出した手を完全に無視して、勢い良くのしかかってきた。
土や血で汚れていた毛は俺の浄化魔法で多少綺麗になっているが……。
「お、おお、もふもふ……。ふむ、やはり少し痩せているな。もっと食わせないと――ちょ、やめて、兜を舐めないで。錆びるから!!」
「わふっ!!」
「じー」
もふ丸と揃ってビクッとしてしまう。
ちらっとシエルの方を見ると、唇を尖らせて俺たちを見ていた。
「ま、待て、シエル。これは遊んでいるわけではなく、もふ丸に芸を仕込んで客を集めようとしていたのであってな?」
「ふーん、そうなんですか」
「おぅ、全然信じてない顔……」
不味い、とても不味いぞ。
このままではせっかく稼いだシエルからの信頼度が低迷してしまう。
「もふ丸。あとでお肉とかあげるから、俺の言ったように芸をしてくれないか?」
「わふ?」
「本当本当。元騎士団長、嘘吐かない」
もふ丸が「おふっ!!」と吠える。了承したと見て良いのだろうか。
「よし、お手!!」
「おふっ!!」
もふ丸が俺の差し出した手に、ぽふっと肉球を乗せた。
おお、肉球がぷにぷにしてる。温かい。
これは思わずずっと触っていたくなるような素晴らしい感触だな。
と、そこでシエルからの視線を感じた。
「じー」
「はっ!? よ、よし、もふ丸。次は伏せだ」
「わふっ!!」
もふ丸が俺の指示通りに伏せをする。
道行く人々の反応を確かめると、足を止めてこちらを見る者が出始めた。
良いぞ、この調子だ。
可能ならもう一息、あっと驚くような芸を披露したいな……。
よし。
「もふ丸、ブレイクダンスだ」
「わふ!? あぅん、おふ!!」
もふ丸が「いや、出来るわけねーだろ!!」と批難するみたいに俺を睨む。
諦めるな、もふ丸。
お前なら絶対に出来るはずだ。だって原作でやらせてるからな。
原作のシエルはいずれハンデルの街で店を構えるため、物語の序盤ではポーションの売り歩きをしてお金を稼いでいた。
その折り、ポーション販売だけでなく、もふ丸に芸を披露させてお金を稼ぐこともしばしば。
その芸の中にブレイクダンスがあったはず。
「大丈夫大丈夫、出来るって。今日の晩ご飯、お肉にするから」
「わぅ? わふっ」
イヤイヤと首を振るまふ丸。
「仕方ない。なら明日の夜もお肉だ」
「わふっ、わっふ!!」
「なら明後日もお肉だ!!」
「おふっ!!」
交渉成立。
もふ丸がブレイクダンスっぽい変な動きを道端で披露する。
背中が痒いのかな? って感じの、地面によく寝そべってくねくねする奴だ。
うーむ、まだブレイクダンスは難しいか。
しかし、大勢の通行人がもふ丸の愛らしい行動に目を奪われて足を止めた。
また、その様子を見ていた子供が俺の存在を無視して集まってくる。
「おっきなイヌさん!!」
「かわいいー!!」
「ふわふわしてるー!!」
その子供たちの親と思わしきご婦人も集まってきて、大通りの一角に人溜まりができた。
人が人を呼び、冒険者たちも集まってくる。
よし!!
もふ丸のブレイクダンスが思ってたのと違うが、通行人を引き止めた!!
あとはシエルのポーションを売り込めば――
「おふっ!?」
「ふぁ? おごふっ!?」
突然、地面でくねくねしてたもふ丸が、浜に打ち上げられた魚のように跳ねた。
本人も意図していなかったのか、自分でも驚いているようだ。
そして、もふ丸のお尻が俺のがら空きの胴体にクリティカルヒットする。
踏ん張ることも叶わず、俺は地面を転がった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ、転んで少し手足を擦りむいただけだ」
「もー!! もふ丸に変なことさせるからですよ!!」
「す、すまない……。はっ!!」
今がチャンスだ!!
「シエル、ポーションポーション!!」
「え?」
「実演販売だ!! 俺の怪我にシエルのポーション使って効果を知ってもらおう!!」
「あっ!!」
俺の言葉をすぐに理解したシエルは、商品のポーションを一本取り出して、その中身を半分ほど俺の傷口に浴びせた。
すると、擦りむいた傷があっという間に塞がってしまう。
もふ丸のダンスを見ようと集まっていた通行人の中から黄色い声が上がる。
冒険者だった。
「お、おい、見たか!?」
「あ、ああ。治癒のポーションは飲むだけじゃなくて、傷口にかけても効果はあるが……」
「経口摂取より遥かに効果が落ちて、傷口が塞がるのに時間がかかる。それなのに、あのポーションは一瞬で治しやがった!!」
「いくら何でも回復が速すぎる!! 直接浴びせてあの回復力なら、飲んだらどうなるんだ!?」
「いったいどんな材料でできてるんだ? というか、誰が作ったんだ?」
よし、よしよしよーし!!
冒険者たちが良い感じにシエルのーションへ興味を持ったぞ!!
「えっと、このポーションは私が作りました。一つ辺り銀貨五枚です」
「銀貨五枚、か。微妙に値が張るが、あの効力なら安いな。買おう!!」
「お、お買い上げありがとうございます!!」
懐に余裕があるらしい冒険者の一人が、シエルからポーションを買う。
しかし、他の冒険者たちは財布の中身とにらめっこして買おうかどうか迷っているらしい。
仕方ない。
ここは俺が迷える冒険者たちの背中を押してやろうじゃないか。
「ちょっとそこの君」
「え、オレっすか? な、なんすか?」
集まった冒険者の中から一人ほど手招きして、俺に使ったポーションの残りを渡す。
「飲んでみて」
「え、い、嫌っすよ!!」
「良いから良いから。不味くないから。騙されたと思って。ね?」
「うっ」
先に言っておくと、
今は鎧を売ってしまったのでシャツとズボンしか着ていないが、フルプレートアーマーを装備していても平然と動けるくらいだしな。
身長もかなり高めだし、筋肉もガッチリしてるマッチョだから、迫られると普通に怖い。
名前も知らない冒険者くんを怖がらせるのは本意ではないが、これもシエルのポーションを売るため。
必要なことだ。
「わ、分かったっすよ……。ちくしょう、どうしてオレが不味いポーションなんか!!」
文句を言いつつも一気にポーションを飲み干してしまう冒険者。
すると、驚いたように言った。
「あ、あれ!? お、美味しい!?」
「うむ。実はこのポーション、普通のポーションと違って味が良い。絶対に買った方が良いと言っておこう」
「か、買ったっす!! 一、いや、二本欲しいっす!!」
そこからは早かった。
冒険者が次々と購入を決意し、減っていく在庫数に焦った冒険者がまた買う。
わずか数分のうちに十九本あったはずのポーションは(一本は実演販売のために消費)瞬く間に完売してしまった。
判断が遅れてしまい、購入できなかった冒険者たちが残念そうに項垂れる。
そこでシエルが、更なるトドメの一言。
「えっと、明日も同じ時間にここで売りますから、また来てください!!」
冒険者たちはガッツポーズを取った。
ポーション販売の初日は、上出来と言って良い売上だった。
――――――――――――――――――――――
あとがき
ワンポイント作者の一言
作者「イッヌのお尻はずっと見ていたくなる。飼ったことがある奴にしか分からん」
ラース「そ、そうか」
作者「あと次話はラースとシエル離脱後の勇者パーティーsideです」
「もふ丸が賢すぎる」「もふ丸かわいい」「犬飼ってたけど作者の気持ちは分からん」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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