第5話 悪役騎士団長、鎧を売って資金を得る





 ハンデルの街に入った俺たちは、その足で大通り沿いにある防具屋へ向かった。


 俺の装備を売り、資金を調達するためだ。



「あの、本当に良いんですか? ラースさんの鎧を売っちゃって……」


「構わん。大して魔法耐性があるわけでも、貴重な素材を使ってるわけでもない。所詮は騎士団の支給品だからな」


「……支給品……」



 支給品という言葉を聞いて、シエルが何かに気付いたように首を傾げる。



「ラースさんって、よく魔物の攻撃を受け止めてましたよね?」


「む? ああ、それが役割だったからな」


「てっきり装備に頑丈さの秘密があると思ってたんですけど……」


「まさか。アズル王国の騎士団に魔法を付与した鎧を用意できるような潤沢な資金は無い」


「ということは、素で耐えてたんですか!?」


「うむ」



 まあ、そうなるな。


 この世界を作った神として言わせてもらうなら、ラースは作中でもトップクラスと言って良い頑強さを持っている。


 その頑強さ故に回避行動を取らない。


 敵の攻撃を大盾で受け止めて、あとは大槍で反撃するだけ。


 そういうキャラクターなのだ、ラースは。



「金貨十五枚ってところだな」



 しばらくして、俺の鎧を鑑定していた防具屋の店主が不機嫌そうに言った。


 如何にも頑固親父って感じがする。



「少し安くないか?」


「お前さんが兜を売らないからだ。兜もセットなら金貨二十枚にしてやろう」


「兜は売りたくない」


「ならフルプレートアーマー、兜以外で金貨十五枚だな」



 せめて自分の顔を確認するまでは、この兜を被っていたい。



「兜も売りましょう、ラースさん」


「シエルは外でもふ丸と待ってなさい」


「だが、断ります」



 シエルは兜を売るよう催促してくるが、単純に俺の素顔が気になるだけのようだ。


 すると、防具屋の店主が悪ノリして言う。



「ならこいつでも被ったらどうだ?」


「これは……」


「オレが昼飯を買った時の紙袋だ。目のところに穴を開けたら視界も遮られんぞ」


「……ふむ」



 俺はシエルから顔が見えないよう手早く兜を外し、紙袋を被る。



「この状態で槍と大盾を持ってる姿を想像してみろ」


「こ、怖いです!!」


「お前さん、その格好で夜道を出歩くなよ? 新種の魔物だと思われるぞ」



 被せたのは店主、お前だからな。



「流石に紙袋はな……。店主、兜も売るから、何か適当な兜をくれ」


「ちっ、仕方ねーな。待ってな、うちの弟子が練習で作ったモンが――おお、あったあった」



 防具屋の店主が店の奥にある倉庫から引っ張り出してきたのは、白い兜だった。


 額の辺りから一本の角が伸びており、後頭部からは何かの生き物の毛が装飾品として取り付けられている。


 一角兜、と言ったところだろうか。



「おお、良いな。店主、これをくれ。代金はいくらだ?」


「弟子が練習で作った奴って言っただろうが。タダでくれてやるよ。それとほら、鎧の買い取り代金だ」



 金貨の入った袋を受け取り、防具屋を出る。



「さて、この金で必要なものを揃えてくれ」


「ほ、本当に貰っちゃって良いんですか?」


「これは先行投資という奴だ。あとで色を付けて返してもらうぞ」


「そういうことなら……はい!! ありがたく受け取ります!!」



 そのままシエルと道具屋に向かい、必要な道具を買い揃える。


 今までシエルがポーションの調合に使っていた道具は安値で譲ってもらった寿命ギリギリのものらしいからな。


 せっかくなので、中古ではなく新品で品質の良いものを購入することに。



「では、ポーションの作り方講座を始めます」



 そして、なんか始まった。


 シエルが人気の無い公園で布を敷いて、その上に道具類を並べる。



「今日は冒険に必須なアイテム、治癒のポーションを作ります!! 必要な材料はこちら!! 薬草と魔力水です!!」


「おふっ」


「あ、ちょ、もふ丸!! 魔力水ぺろぺろしちゃダメ!!」



 ぐだぐだだなあ。可愛いからもう少し見よう。



「えー、コホン。気を取り直して、まずは薬草を四、五日ほど日干しにして乾燥させます。そして、干しておいたものがこちらです」


「三分クッキングみたいだな……」


「この干し薬草を薬研に入れて、薬研車でぐちゃぐちゃになるまですり潰します。良い感じのぐちゃぐちゃになったら、乳鉢に移してサラサラの粉になるまでぐるぐるします」


「語彙力ぅ」


「あとはこの粉を魔力水に溶いたら、治癒ポーションの完成です!!」



 俺がぱちぱちと拍手すると、俺の隣でもふ丸が器用に両手でぽふぽふと拍手し始めた。


 こっちも可愛いな、オイ。



「ちなみに今回の薬草はナオリ草という比較的どこでも手に入るものですが、無い場合は代用品としてナオリスギ草を使っても大丈夫です。でもナオリスギ草は中毒性があるので、使用には細心の注意を払ってください」


「おふっ!!」


「はい、もふ丸くん」


「あぅん? おふっ、おふっ!!」


「『魔力水はどうやって作るのか』、良い質問です!!」



 ナチュラルに会話してるなあ。



「魔力水の作り方は様々ですが、今回は一番簡単な方法で作ります。まず、容器に水を入れます」


「おふっ!!」


「そして、そこに魔力をありったけ注げば――完成です!!」



 シエルがガラスの容器に入っている水へ大量の魔力を注いだ。

 すると、どこからともなく生じた黄金の光が水に溶け込んで消えてしまった。


 おお、強化魔法が発動したな。



「……ふむ」



 多分だけど、あの魔力水を飲めば身体能力がいくらか上がるんだろうなあ。


 シエルの使う強化魔法は身体能力の向上を始め、自然治癒力や魔力回復力、その他諸々のスペックが爆上がりする。


 何より恐ろしいのは、その効果が数週間は継続することだ。


 勇者パーティーはシエルが無意識に使っていた強化魔法を受けていたことで、彼女を追放してから三週間ほど違和感に気付くことができなかった。


 シエルの強化魔法がかかった魔力水は、一時的に大多数の人間を強化可能だ。


 文字通りの怪物集団が簡単に作れてしまう。


 おまけに強化魔法を直掛けすると、わずかに気分を向上させる効果もあるため、敵に怯まず、戦い続ける集団の完成だ。


 勇者とは、勇気ある者のことを指す。


 どこかのアニメや漫画で誰かが言っていた台詞である。


 シエルの強化魔法は人を奮い立たせて、不可能を可能にしてしまう。

 一部の読者からは『強化魔法』じゃなくて『狂化魔法』だろと言われていたが、まさにその通りだと思うよ。


 やばいよね。



「ラースさん、飲んでみてください」


「……いただこう」



 この優しく微笑む少女が、いずれバフ盛り盛りの連合軍を率いて魔王軍と正面から戦争する女の子とは誰も思わないだろう。


 そんなことを考えながら、俺はポーションを呷った。


 炭酸の無いオ◯ナミンCみたいな味がする。



「やはり美味しいな。売れるぞ、これは」


「えへへ、良かったです。取り敢えず二十本くらい作って、大通りで売り歩きします!!」


「おふっ!!」


「……ふむ」



 俺の中に一抹の不安が残る。


 もふ丸のような大型の魔物を使役しているだけでも近寄り難いのに、俺のような兜を被った大男が隣にいて大丈夫だろうか。


 売れるものも売れなくなりそうな気がする……。


 いや、大丈夫だ。気にしすぎだよな。

 もふ丸がいても原作では普通に売れてたし、俺がいてもそう変わらないはず。


 そう思いたかったのだが、世の中そんなに甘くは無かった。






――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント治癒ポーションの味


普通のポーション→ゲロとカラシとわさびのスムージーみたいな味。実は気付けにもなったりする。


シエルのポーション→炭酸の無いオ◯ナミンCみたいな味。



「紙袋を被って大盾と槍を持った人間が徘徊してたらチビる」「もふ丸のぽふぽふ拍手かわいい」「味を想像してオエッてなった」と思った方は、乾燥、ブックマーク、干し評価、レビューをよろしくお願いします。

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