第4話 悪役騎士団長、メンタルケアする





「あ、ラースさん。それ薬草じゃなくて毒草です」


「む? ……違いが全く分からんな」


「葉っぱの裏を見ると分かりますよ。毒草は黒い筋が入ってて、薬草は白い筋が入ってます」


「おお、本当だ」



 レッドドラゴンの森から最寄りの街に戻る途中、俺はシエルから薬草採取の指南を受けていた。


 今後、シエルがポーション作りに専念できるように俺一人でも薬草を見分けられるようになっておいた方が良い、という方針だな。



「おふっ!!」


「わわっ、もふ丸すごい!! こんなに沢山の薬草……あ、全部毒草だね……」


「おふっ!?」



 ちなみにもふ丸も薬草を集められるようにシエルが指導? 躾? している。


 採ってくるのはどれもこれも毒草みたいだが。



「くぅん」


「あ、お、落ち込まないで!! 毒草は毒草で使い途あるから!!」


「おふ?」


「嘘じゃないよ。濃縮して武器に塗ったら、結構冗談で済まない殺傷力になるから」



 うちの主人公が怖いこと言ってる。


 いやまあ、シエルは真の勇者と言っても、その能力はサポート特化だ。


 まだ自覚していない強化魔法も、ポーションを始めとした道具類も、直接的な戦闘能力には繋がらない。


 それは原作のシエルも理解していたことだ。


 だから彼女は毒草を始めとした危険物を使って戦いの幅を広げていた。


 怖いのは追放直後で荒んでいるシエルだ。


 そういう毒物を使うことに躊躇いが無いし、水源に毒をぶち込むとか怖いことする。


 今は大丈夫そうだが。



「ラースさーん!! もう十分集まったので、街に戻りましょー!!」


「む、分かった!!」



 薬草採取を止め、街に向かう。


 レッドドラゴンの森をしばらく歩いたら、膝丈まで草が伸びた平原に出た。


 少し遠くに壁に囲まれた街が見える。



「ようやく森を出たな」


「ふぅ、やっと安心できます。私一人だったらどうなってたことか。ラースさんがいて本当に良かったです」


「そうか? 案外、俺がいなくてもどうにかなっていたと思うぞ」


「そんなことないです!! 私、たまにドジなことしちゃいますし」



 いや、本当に大丈夫だったよ。


 俺がいなくてももふ丸がいるし、本当に俺という存在の有無は関係無い。



「昼前には街に着きそうだな」


「そうですね」


「おふっ!!」


「もふ丸? どうし――きゃっ!!」



 もふ丸がシエルの襟首を咥えて、自分の背中にヒョイッと乗せた。



「おふっ、おふっ!!」


「……俺も乗って良いのか? 鎧のせいでかなり重いと思うが」


「おふっ!!」



 ええ!? 良いの!? やったー!!


 一度で良いからメチャクチャ大きい犬に乗ってみたかったのだ。


 犬じゃなくて狼だけど。


 俺はおずおずともふ丸の背中に跨がった。

 シエルは俺の腕の中にすっぽりと収まっている形である。



「おふっ!!」


「ひゃあ!?」


「おお、は、速い!!」



 もふ丸が大地を蹴って駆けると、急激に景色が流れ始める。


 鎧の隙間から吹き込む風が実に心地良い。



「す、凄いです!! もう街が目と鼻の先です!!」



 シエルが言うように、あと何時間かはかかるであろう道のりが一瞬だった。


 レッドドラゴンの森の近くにある街。


 この街の名前をハンデルと言い、どこの国にも属さない完全中立貿易都市だ。


 七つの大商会が権力を握り、完全な自治権を獲得しているが故に如何なる国の介入も許さず、平和を実現した街。


 今後のシエルが活動の拠点とする街であり、様々な人物と出会う場所だ。



「む?」


「わっ、な、なんか兵士さんが沢山いる!?」


「……まあ、警戒はするだろうな」



 もふ丸は毛色こそ違うが、グレーターウルフという魔物だ。


 そのグレーターウルフに跨がって全身鎧の男が街に近付いてくるとか、そりゃ警戒もする。

 兵士たちが大慌てで飛び出してきたとしても仕方がない。


 ただ、原作とは少し兵士たちの反応が違う。


 原作では兵士たちがシエルに気付かないで魔物の襲撃だと勘違いし、もふ丸を包囲していた。


 もふ丸は大きいからな。


 シエルみたいな華奢で小柄な女の子が背に乗ってても気付かないのだ。


 今回は俺という図体のデカイ全身鎧の男が乗ってるから、兵士たちはすぐにもふ丸が従魔だと気付いたようである。



「と、止まれ!! そのグレーターウルフは、お前の従魔か?」



 隊長と思わしき兵士が一歩前に出て俺に問いかけてくる。


 多分、下からだとシエルの姿が見えてないんだろうなあ。


 ここは俺が答えるか。



「正確には俺ではなく、この少女の従魔だがな」


「む、その子はたしか勇者パーティーの……。ということは、貴殿は!?」



 ようやくシエルの存在に気付いた兵士たちが、警戒心を解いた。


 勇者パーティーの名はアズル王国の国内外に知れ渡っている。

 王子である勇者アレンを始め、賢者や聖女が在籍しているパーティーだからな。


 そこに平民の女の子が混じっていたら、嫌でも有名になるというもの。


 兵士たちの警戒心を解くには十分だった。


 え? なら俺を見てもすぐに兵士たちは気が付くだろって?


 ところがどっこい、案外そうでもない。


 俺は全身鎧で顔を隠しているから、一人でいたらあまり気付かれないのだ。


 素顔で知られていないからな。


 魔物や魔族が跋扈するこの世界では、俺のような全身鎧も珍しくはない。

 いやまあ、動きを著しく制限するフルプレートアーマーを好む奴は珍しいっちゃ珍しいが、普通にいる。


 だから俺が誰かを第三者が判別するには勇者パーティーのいずれかの面子が必要なのだ。



「し、失礼した!! まさか街を救っていただいた恩人だとは露ほども思わず……。しかし、何故勇者様と別行動を?」



 街を救った恩人というのは、レッドドラゴンを退治したことだろう。


 元々レッドドラゴン退治の依頼は、ハンデルの街を統治している七商会から依頼されたものだからな。



「少々事情があってな。俺とシエルは勇者パーティーを辞めた」


「な、なんと!?」


「勇者アレンたちはまだこの街にいるか?」


「い、いえ、それがその、今朝ハンデルを出立してしまいまして……」


「……そうか」



 兵士の話を聞いて、シエルは静かに俯く。



「やっぱり置いて行かれちゃったんですね、私」


「……どうせ性格の悪いドロテアのことだ。始めからシエルを待つ気など無かったのだろう」


「でも、私が少しでも戦えていたら、ラースさんまで勇者パーティーを辞めることは無かったと思います……」



 ……どうだろ? シエルが辞めなかったら辞めなかったで、その時はその時だ。


 まあ、シエルがいたら最終的に魔王を倒せるわけだし、勇者パーティーに残るっちゃ残るのかも知れないが。



「俺のことは気にしなくていい」



 取り敢えず、シエルにフォロー入れとくか。


 もふ丸と一緒にレッドドラゴンの森から戻ったシエルは、門番から勇者パーティーが旅立ったことを聞いて大きなショックを受けるからな。


 そこから本格的に性格が荒み、信頼できるものが金ともふ丸だけになってしまったりする。


 まあ、それも一時的だが……。


 物語を変えると何がどうなるか分からないし、できるだけ原作準拠にしたいが、ここに関しては介入しよう。


 すでに俺の存在でシエルの性格に違いが生じているし、支障が無い方向に持って行きたい。


 つまり、シエルの性格が荒む部分をカットし、丸くなった後のシエルになるようにする。

 まあ、要は元の明るくて元気な性格の女の子のままでいさせるだけだな。



「シエル」


「は、はい」


「ドロテアは化粧が濃すぎて、目に白粉でも入ったんだろう。奴は人を見る目が無い」


「え?」



 突然のドロテアに対するディスりでシエルが目を丸くする。



「シエル、自信を持て。君は勇者パーティーの人間ではなくなってしまったが、そんな肩書きなど必要無い。君は君だ、シエル」


「ラースさん……」


「それでも自信を持てないようなら、俺が保証しよう。シエル、君は凄い奴だ。俺が知らないことを知っている。本当に尊敬する」


「……ぅ、わ、分かり、ました。すぐは難しいですけど、自分に自信が持てるよう、頑張ります!!」



 またシエルが凹みそうになったら、こうやって慰めてやるか。


 と、そこで成り行きを見守っていた兵士が一言。



「えー、何があったかは知りませぬが、お二人とも街に入るということでよろしいか?」


「あ、うむ」


「おふっ!!」


「もふ丸が二人じゃなくて、二人と一匹だって言ってます」



 そうして、俺たちは中立貿易都市ハンデルに足を踏み入れるのであった。






――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイントもふ丸

土や血で汚れていた毛はラースの浄化魔法である程度綺麗になっている。また、もふ丸は一般道路を走る軽自動車くらいのスピードが出せる。


「もふ丸かわいい」「ダークサイドシエルが見たい」「風圧凄そう」と思った方は感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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