第3話 悪役騎士団長、もふもふが仲間になる





『勇者パーティーを追放された元雑用係の私が実は真の勇者だった件。〜今更戻ってきてと言われてももう遅い。私はもふもふとスローライフを満喫します!!〜』



 タイトルから察してもらえる通り、この物語には主人公であるシエルの他にメインとなるキャラクターが存在する。


 そう、もふもふだ。


 レッドドラゴンの森に置いて行かれてしまい、心細い思いをしているシエルの前に現れるもふもふ。


 そのもふもふが、茂みから姿を現した。



「ガルルルルル……」


「グレーターウルフ!?」



 グレーターウルフ。


 その名が示すように成人男性の身の丈ほどの全高がある狼型の魔物だ。


 レッドドラゴンの森に生息しており、群れで一つの獲物を狩る厄介な相手でもある。


 しかし、今回は事情が違った。


 茂みから姿を現したグレーターウルフの他に魔物の気配は無い。



「……怪我してる?」


「そのようだな」



 グレーターウルフは怪我をしていた。


 本来はふわふわであろう純白の体毛には鋭い爪で引っ掻かれたような傷跡があり、幾らか血も滴っている。


 また毛のせいで分かりにくいが、酷く痩せ細っていて頼りない。



「……ちょっと待ってね?」



 そう言うと、シエルは自らが肩にかけていた小さなリュックから小瓶を取り出した。


 ポーションである。



「グレーターウルフさん、良かったら飲んで?」


「ガルルルルル……」


「大丈夫だよ、毒じゃないから。ほら、平気」



 小瓶の蓋を開けて、その中身を舌先でペロッと舐めるシエル。


 あらやだ可愛い。


 グレーターウルフはポーションに毒が無いことを理解したのか、シエルが地面に置いた小瓶を口に咥えて、器用に中身を呷った。


 すると、次第にグレーターウルフの傷ついた身体が治っていく。



「おふっ、おふっ!!」


「ふぇ? なになに!?」



 すっかり元気になったグレーターウルフが、シエルに飛びかかった。


 ここで何も知らない人が見たら「恩を仇で返すつもりか!!」となるだろうが、俺はこの行動の意味を知っている。


 グレーターウルフがシエルの顔をぺろぺろと舐め回し始めたのだ。



「懐かれたな」


「た、助けてください、ラースさん!! この子、重いです!! 潰れちゃいます!!」


「大丈夫だ。死にはしない」



 ここはシエルともふもふの大事な出会いシーンである。

 カメラがあったらメモリーが満タンになるまで撮影しまくりたい光景だ。


 十数分後に解放されたシエルが、恨めしそうに俺を睨む。



「ラースさんが同じことになっても、絶対に助けてあげませんからね!!」


「ははは、それは困ったな」


「おふっ、おふっ。はっ、はっ、はっ」



 グレーターウルフがシエルにすり寄る。


 最初の警戒した様子はどこへやら、完全に野生を忘れた狼だった。



「……この子、どうしてあんな怪我をしてたんでしょうか? こんなに人懐っこいのに」


「毛色だろうな」


「え?」



 俺はシエルが知る由も無い、このもふもふの裏設定を語る。



「普通のグレーターウルフは灰色というか、黒に近い色をしている。純白のグレーターウルフは見たことがない」


「あっ、言われてみれば確かに……」


「勝手な想像だが、群れのグレーターウルフたちは毛色が違うこいつを仲間として認めなかった。追放でもされて、その時にリンチにでも遭ったのだろうさ」


「……そっか。君も追放されちゃったんだ?」



 シエルがもふもふの頭を撫でる。


 もふもふは気持ち良さそうに目を細め、シエルに背中を預けて座った。



「……あの、ラースさん」


「構わんぞ」


「え?」


「そのグレーターウルフを連れて行きたいとでも言うのだろう? 俺は構わん。街に入る時もシエルの従魔ということにしておけば大丈夫だろう。いつか店を開く時、番犬にもなる」


「っ、ありがとうございます!!」



 嬉しそうにお礼を言うシエル。


 このグレーターウルフは勇者パーティーを追放されてから軽い人間不信になっていたシエルが、唯一信頼できた相手だ。


 こいつのお陰で原作のシエルは救われたと言っても過言ではない。



「よろしくね。名前は、えーと、もふ丸!!」


「……」



 その名前は、正直どうかと思う。


 いや、グレーターウルフの名前を考えたのは他でもない俺なわけだけども。


 シエルがこちらにバッと振り向いた。



「どうですか!?」


「……良いのではないか?」



 もふ丸。


 真っ白な毛並みのグレーターウルフ、もふもふのもふ丸。


 新しい仲間である。



「くぅん、くぅん」


「ん? どうしたの、もふ丸? あっ、もしかしてお腹空いちゃった?」


「おふっ!!」


「えへへ、私もー!! ラースさんは――」



 恥ずかしいことに、そのタイミングでちょうど俺の腹が鳴った。


 ぐるるるるる。



「……すまない、俺も腹が減った」


「ふふっ、じゃあ何か作っちゃいますね!! と言っても、何か食べられるものを探すところからやらなくちゃいけないですけど」


「おふっ!!」


「え? ちょ、もふ丸!? どこ行くの!?」



 その時、もふ丸が吠えて森に入ってしまった。


 しばらくして、もふ丸が角の生えた兎を二、三羽ほど口に咥えて戻ってきた。



「わあ、一角兎!! もふ丸が仕留めたの?」


「おふっ!!」


「ありがとう!! これなら美味しいスープが作れそう!!」



 シエルがテキパキと動いて、食事の準備を進める。

 原作では一角兎の皮を剥いで薬草で臭みを消し、丸焼きにするだけだったが……。


 ここには俺がいた。


 鍋を始めとした調理器具はドロテアが持ち去りやがったので、俺の盾を鍋代わりにすることになったのだ。


 俺の盾がデカイ円盾で良かったぜ。


 シエルが俺の持っていたナイフで一角兎を器用に解体し、内臓と骨を取り除き、肉を鍋に放る。

 そして、どこからか摘んできた薬草を刻み、しばらく煮立てた。


 灰汁を取って、少し煮たら完成。



「一角兎のスープです!!」


「おお……」


「おふ!!」



 お皿の代わりにそこら辺の大きな葉っぱを巻いて作った簡易皿へスープを盛り、受け取った。



「いただこう」


「おふっ」


「どうぞ!!」



 俺は熱々のスープをふーふーして冷まし、少しずつ口に入れる。


 熱い。でも美味い。


 一角兎はそこそこ癖があるはず。

 しかし、シエルの入れた薬草のお陰か、あまり気にならなかった。


 一角兎の肉はほろほろで舌の上で溶けるし、とてもジューシーで脂が乗っている。



「こりゃ美味い。それに微かな塩味が疲れた身体に染みるな。これは、一角兎の角を砕いたのか?」


「あ、はい。一角兎の角は塩分を蓄えてますから。塩の代わりにしてみました!!」



 前世の俺はそこまで設定を作り込んでいないから知らなかった。


 まあ、ラースとしての知識で知ってはいたが。


 それにしても、この一角兎のスープは軽く天下を取れるくらいには美味しいな。


 スープは塩味が効いているし、肉の脂も溶け込んでいて、こってりしてるのに味が舌の上に残らずサッパリしている。


 いや、本当にマジで美味しい。



「前々からシエルの料理は美味しいと思っていたが、改めて味わうと本当に美味しいな。これならポーション店の他に料理店も開けるかも知れん」


「ほ、褒めすぎですよ!?」


「いや、事実だ」


「む、むぅ」



 俺ももふ丸もスープをおかわりし、お腹がいっぱいになる。


 と、そこでシエルがまじまじと俺を見つめていることに気付いた。



「どうした? 俺の顔に何か付いてるか?」


「い、いえ、何でもないです」


「気になることがあれば、何でも聞いて欲しい」



 俺がそう言うと、シエルは物凄く言いにくそうに訊いてきた。



「……前々から思ってたんですけど、ラースさんって兜を被ったまま器用に食べるなあって」


「ふむ。まあ、たしかに苦労はしているな。もう慣れているから平気だが」


「ラースさんの素顔って、どんな感じなんですか?」


「……気になるか?」


「はい、気になります」



 だよな、俺も気になる。


 ラースは本編を通して一度も素顔を明かさないキャラクターだ。


 え? ラース本人に転生してるなら分かるだろって?


 意外とそうでもないのよ。


 子供の頃、前騎士団長であった父に憧れて兜を被ったらすっかり気に入ってしまい、風呂に入る時も兜を被ってるからな。


 あ、不潔って思った?


 それがそうでもない。この世界には魔法があるのだ。

 浄化魔法という、汚れや臭いを綺麗サッパリ落とす魔法があるからな。


 ラースは魔法が得意ではないが、ずっと兜を被っていたいからわざわざ覚えた。


 使うと風呂に入った後のような爽快感があるし、最高だよ、この魔法。


 俺が考えたわけではない設定だけどね。


 多分、俺が細かく練っていないところは不思議な力が働いて相応の理由付けがされているのだろう。


 便利な世界である。



「さて、朝になったら森を出る。火の番は俺がしよう。シエルともふ丸は休むと良い」


「え!? 顔を見せてくれたりは……?」


「何でも言って欲しいとは言ったが、叶えるとは言ってない」


「ラースさん、大人気ないです!!」



 だって兜を外して実は醜男とかだったら、なんか嫌じゃん。


 あとで一人の時に確認しよっと。


 わーわー言いつつも、もふ丸の身体に背中を預けて寝入ってしまうシエル。



「……平和だな……」



 俺は焚き火を眺めながら、朝が来るのを待つのであった。








――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイントもふ丸の性別

ご想像にお任せします。


「一角兎のスープが飲みたい」「ラースどうやって食事してんの?」「もふ丸かわいい」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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