第2話 悪役騎士団長、真の勇者の用心棒になる





 夜の森で火を熾す。


 ぱちぱちと枯れ枝の中の水分が爆ぜる音を聞くこと数時間。


 気絶していたシエルが目を覚ました。



「ん……ここは……?」


「目が覚めたようだな」


「え? ひゃあ!?」


「……そこまで驚かなくても良いだろうに」



 眠たそうに目を擦っていたシエルが、俺を見た途端に跳ね起きる。



「あ、あれ? ラースさん? す、すみません、リビングメイルかと思いました」


「……まあ、言われてみれば似てるな」



 リビングメイル。


 分かりやすく言うなら勝手に動く鎧。ドラ◯エでいう『さまよ◯よろい』だ。


 俺はフルプレートアーマーだし、顔も兜で隠れてるから、寝起きに見たら勘違いしても仕方ないのかも知れない。



「あ、あの、他の皆さんは……?」


「街に戻った」


「じゃあ、やっぱり夢じゃなかったんですね。追放されたのって」


「そうなるな」



 見るからに落ち込むシエル。


 俺からすると勇者パーティーにいない方が彼女にとっては良いことだが、それは俺が前世の記憶を取り戻したから言えること。


 シエルは故郷への仕送りもしているし、頭の中はいっぱいいっぱいになっているはずだ。



「……やっぱり、私なんかが勇者パーティーにいるのが、おかしかったんですよね」


「……」



 この台詞は知らない。


 おそらくは、ラースという本来の物語にはいない存在がいるからこそ漏れ出た言葉だろう。


 俺はシエルの独白に首を振る。



「そうは、思わないが」


「え?」


「シエルがいたからこそ、俺は戦いに集中できたと思っている」


「そんなこと……元々全部、ラースさんが自分でやってたことじゃないですか」


「そうだな。お陰で俺の負担が減って、パーティーの盾を全うできていた」



 これは本音。


 ラースが勇者パーティーで活動している上で思った本心だ。



「……あれ? というか、ラースさんはどうしてここに?」


「勇者パーティーを辞めた」


「……? すみません、よく理解できませんでした。もう一度言って――」


「勇者パーティーを辞めた」


「え!? な、なんでですか!?」


「辞めた理由、か」



 あのまま勇者パーティーにいたらロクなことにならないから、とは言えない。


 前世の記憶からこの世界で起こることを説明したところで、頭がおかしくなってしまったと思われるのが関の山だろう。


 だから事実ではなく、さっきみたいに本音を言おう。

 悪役騎士団長ことラース・ト・デウラギールが魔王討伐の旅の最中で思っていたことを、全て。



「前々からうんざりだった」


「へ?」


「俺の役割は、勇者パーティーのお守りだった。問題を起こさないよう指導、監視するのが仕事だった」


「は、はあ……?」


「だがアレン王子は――いや、アレンはドロテアとマリアにデレデレして、忠言も聞かず、面倒事は全て君や俺に押し付けていた」


「そ、そうですね」


「ドロテアは言動のせいで度々トラブルを起こすし、マリアはドロテアの言うことに賛同するだけで反対しないし」



 こう言っては何だが、ラースは何かと面倒見の良い人間だった。

 しかし、そのために負担が大きく、シエルがいなかったら早々に壊れていたと思う。


 シエルが雑用係を担うことになったのもラースの負担を減らすためだし、唯一戦闘力が無くて手持ち無沙汰だったからだしな。


 そういう意味でもシエルには感謝しかない。


 まあ、そもそもラースは『ムカつく勇者パーティーで唯一の良心』という立ち位置にさせたかったから、仲良くさせるための適当な理由付けだったりするのだが……。



「ぃやったあああああああああッ!!!! 辞めた!! ついに辞めてやったぞ!! ははは!!」


「!?」



 突然笑い始めた俺を見て、シエルがビクッと身体を震わせる。


 ラースは本来、ここでシエルを見捨てて勇者パーティーと行動を共にする。


 一応、シエルが気絶してる間に魔物に襲われないよううろ覚えの結界魔法をかけたり、申し訳程度の武器とお金を置いて去るのだ。


 どれだけ勇者パーティーに内心でうんざりしていても、ラースは騎士団の団長だったからな。


 ラースの役目はあくまでもアレンの守護。


 いくらシエルが友人と呼べる相手とは言え、彼女を置いて行くことに躊躇いはなかった。


 でも今は違う。


 どうせアレンたちでは魔王を倒せないし、主人公シエルと行動を共にした方が俺の作ったキャラクターたちが話して動いているところを見られるはず。


 むしろ勇者パーティーに居続ける理由が無い。


 だから辞めてやった。本来の物語には無い展開だが、知ったことか。


 こちとら創造神やぞ。やりたい放題やってやらあ。



「でも、勇者パーティーを辞めたら騎士団やご実家はどうするんですか?」


「多分騎士団はクビ、実家は勘当で弟が当主になるだろうな。別に良いけど」


「良いんですか!?」


「良いよ別に。騎士って薄給だし、誇りや名誉で飯が食えるかっての。実家も無駄に堅苦しくて嫌いだったし」



 これも本音だな。



「……ふふっ」


「ん? 何か面白いこと言ったか?」


「あ、い、いえ、ごめんなさい!! 何でもないです!!」


「別に怒ってないぞ」


「……その、いつも真面目なラースさんがはっちゃけてるのが面白くって」


「そうか?」



 ふむ。


 たしかに、元のラースとは性格が違っているような気がしなくもない。


 当然か。

 今の俺は前世の記憶を取り戻したことで、二人分の人生があるのだ。


 この歯に衣着せぬ言動は前世の俺に依るところが大きいのだろう。


 さて、お喋りはこれくらいにして、そろそろ大事な話をしようか。



「……シエル。これからの話をしよう」


「え、あ、はい!!」



 俺の真面目な声音に応じて、シエルがその場で襟を正す。



「シエルはどうしたい? 俺もぶっちゃけたんだ。君もやりたいことを言ってくれ」


「……私は」



 シエルがうーんと唸って考え込む。


 俺はシエルがどういう答えを出すのか知っている。

 しかし、それはシエルがレッドドラゴンの森に置いて行かれて一人で出した結論だ。


 俺がこの場にいることで、何か変わってしまう可能性は十分ある。


 だからシエルが想定と違う答えを出さないよう、どうにか誘導せねばならない。


 と、思ったのだが……。



「もう、働きたくないです」



 主人公にあるまじき発言だが、この台詞は間違っていない。


 前世の俺がたしかに彼女に言わせたことだ。



「もう誰かに使われるのは御免です。私は私の好きなことをして、お金を稼いで、実家に仕送りして生きていきたい、です」


「……ふむ。良い願いだな」


「でも、私にできることなんて何も無いし、ちょっと危ないかもだけど、冒険者になろうかなって」


「何もできないことはないだろう? シエルはポーションを作れるじゃないか」


「え? え!? な、なん、で知って!?」



 俺の指摘にシエルが恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてしまう。


 アレンがレッドドラゴンを倒した時、俺が飲んだ美味しいポーション。


 あれの出処が今なら分かる。


 あの美味しいポーションはどこかの店に売っていたものではなく、シエルが一から調合した特製の代物だったのだ。


 どうして美味しいのかは正直俺もよく分かっていない。


 あ、思い出した。


 たしか物語の後半でポーションが美味しかったのはシエルが無意識にポーションに強化魔法をかけて活性化させたからとか何とか、適当に理由を付けた気がする。


 え? なんで原作者がよく覚えてないんだ、だって?


 HAHAHA。自慢じゃないが、この世界はネットで『クソラノベ』だの『アニメーターの無駄遣い』だの散々言われた作品だ。


 まあ、一部では『脳死で見たら面白い作品』とか『可愛い女の子がもふもふと一緒にスローライフしてるだけで満足』という、貶されてるのか褒められてるのか分からない作品だったりする。


 だからハッキリ言おう。


 細かい設定はちっとも練ってなかった!! 所詮はネット小説上がりのライトノベルに整合性を求めるな!!


 そういうのは極一部の天才ができることだからな!!

 生憎と俺は書きたい展開を書きまくって収拾が付かなくなるタイプだったんだよ!!


 ……やめておこう。これ以上は怒られる気がする。



「ラースさん? 急にボーっとして、どうしたんですか?」


「あ、ああ、すまない。……君はポーションを作れるだろう?」


「ええと、まあ、はい……。ポーションって高いから、資金繰りに困ってしまって。作ってるうちに楽しくなってきちゃって、でも自作したポーションなんて知ったらドロテアさんに怒られるだろうから、黙ってました」



 そのドロテアが街に立ち寄る度に高級エステとか行ってたからな。


 そりゃお金にも困る。



「冒険者相手にそれを売れば、君のスローライフも叶うだろう。……そこで、提案だ。もし良ければだが」


「なんですか?」


「俺を雇ってくれないか? 用心棒として」


「え!?」



 シエルは街に戻ったらポーションを売り歩き、やがて店を構える。


 そのお店で用心棒として雇ってもらえたら、俺は彼女の行く末を見守ることができる。


 うむ、我ながら完璧な計画だ。



「ポーション作りに必要な素材を採るのも手伝うし、初期費用が足りないなら俺の鎧を売ってもいい」


「そ、それはありがたい申し出ですけど!! お貴族様を雇うなんて……。売れるかも分からないですし、お金まで出してもらうのは……」


「もう貴族じゃないから、そこは心配しなくて良い。お金に関しては経営が軌道に乗ってから返してもらって構わん。……それとも、俺では実力不足か?」



 最後の一言を言われると、主人公の性格では断れない。


 パーティーを追放された直後は軽い人間不信になっていたが、今の様子を見るにその心配は無さそうだからな。


 売り込むならこういう言い方をすれば絶対に大丈夫だ。


 我ながら厭らしい性格である。



「そ、そんな滅相もないです!! ……分かりました。私、ポーション屋さんになります!! ラースさん、これからもよろしくお願いします!!」


「ああ、こちらこそよろしく頼む。……いや、よろしく頼みますぞ、店主殿」


「も、もう!! からかわないでください!!」


「ははは」



 こうして主人公シエルがポーション店を開く決意をし、夜も更けた頃。

 不意に近くの茂みでガサガサと何かが動く気配があった。


 俺はその場で勢い良く立ち上がる。



「な、なんですか!? 魔物ですか!?」


「……ああ、魔物だ。魔物だが、ああ、アレが来るぞ」


「へ? アレって……?」



 もふもふだよぉ!!





――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイントシエル

本来は、垢抜けないシエル→やさぐれポーション売りシエル→垢抜けて美人シエル、になる予定だった。やさぐれポーション売りシエルがポーション売りシエルになった。


「シエル可愛い」「もふもふだあ!!」「もふもふ早っ!!」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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