空飛ぶ三角形はアオハルの夢を見るか?

藤屋順一

空飛ぶ三角形はアオハルの夢を見るか?

胸を引き裂く鼓動と同期シンクロするアップビートの電子音、耳をつんざくおびただしい歓声の渦、誰もが熱狂するX−Dimensionサーキットの中心に聳えるパイロットタワーに登り周囲を見渡す。

今朝までVR空間で見ていた立体コースと全く同じ光の迷宮がリアルのこの場に広がり、宙に浮いたリングがLEDの鋭い光を放つ。

VR空間と違うのは、視覚と聴覚だけじゃない五感から伝わる生の熱気。

正直言って、気持ち悪い。

馴染めないものばかりに囲まれてここに立つボクは一人ぼっち。

こんなことになるなら断ってしまえば良かったんだ。


いや、違う。


――『ハジメっちなら絶対ゼッタイ勝つって信じてるから』

――『ムツキ、やったな! さすがワタシの教え子だ』


そうだ、ボクは一人じゃない。


「つづいて三番! アシストレスのデルタプロップを自在に操る謎のルーキー! ◯△高校二年、睦月ムツキハジメ選手!」


ボクを紹介するMCは何処か遠くに聞こえ、誰も知らない選手への応援の声は疎らだ。


息を大きく吸い込み、吐く。

心臓は相変わらず倍速再生で胸の中を暴れまわって、沸き立つ歓声は誰かの応援、周りはみんな敵だらけ。

だけど、それで良い。


耳をふさぐようにヘッドセットを装着し、ARゴーグルを下ろしてログイン。視界に現れるホーム画面からドローンコントロールアプリを起動すると、リアルのコースに虹色の曲線やインフォメーションウインドウ、スポンサーロゴがオーバーレイされX−Dimensionサーキットがその真の姿を表す。


「やっほー、ハジメっち。調子はど?」


その途端に聞こえてきた耳をくすぐる聞き馴染みのある軽快なハスキーボイスに、収まりかけていた鼓動がまた速度を上げる。


「ひっ、ヒナタさん!? なん、で?」

「ふっふっふ、サプラーイズ! ねぇねぇ、びっくりした?」

「うっ、うん…… でも、なんで?」

「アカリちゃんせんせにお願いしたの。そしたらナビゲーター?ってヤツにねじ込んでくれて。あはは、ドローンレースのこと全然わかんないから全くの役立たずだけどね。でも、誰よりも近くでハジメっちのこと応援してるよ」

「だ、大丈夫、役立たずでも。元から全部一人でするつもりだから……」


そうだ、これはボク一人だけの戦い、のハズだった。


「んー、それだけ?」

「え!? えっとえっと…… その、ありがとう。応援してくれて、すごく、助かる」

「んっふっふー ハジメっちも大分素直になってきたね。アカリちゃんせんせにも感謝しなよ。あの人ぶっきらぼうでテキトーだけど、すっごくアタシ達のこと考えてくれてるから」

「うん、わかってる」

「ならよし。 ……それにしてもすごいね。ドローンレースって。ホントにSFの世界みたい…… あっ、邪魔しちゃ悪いから、ちょっと黙ってるね」

「ううん、大丈夫」


ヘッドセット越しに聞こえる会場のBGMにヒナタさんのハミングが乗って、それが不思議と心を落ち着かせてくれる。


手元の相棒、AI補助無しアシストレス三点プロペラ機デルタプロップはお世話になった先代部長の置き土産だ。

主流の四点プロペラよりモーターが少ない分軽量で一つのモーターの出力が高く、不安定な分高機動。しかもAIアシストを搭載していないことがその特徴に更に拍車をかける。

はっきり言ってドローンというよりラジコンに近い。

まぁ模型部らしいっちゃらしいけど。


――『おいムツキ、そのポンコツ、ホントに飛ぶのかよー』

――『さっきからゴキブリみたいに地べたでカサコソ暴れ回ってるだけだぜ?』

――『うーん、おかしいな…… 確かに部長はちゃんと飛ばしてたんだけどなぁ……』

――『ハハッ、だったらお前がポンコツってことだな!』

――『そんなんで俺たちの校名背負って大会に出るんだろ? 恥ずかしいから辞退してくれよ〜』

――『そっ、それは……』

――『ギャハハハ……』

――『ちょっとアンタたち、いい加減にしなよー!』

――『うげ、陽向ヒナタ茉莉マツリ。うっせーのが来たな……』

――『アタシは頑張ってるヒトをバカにする方が恥ずかしいと思うけど、アンタたちはどう? ムツキはそんなに頭良くないアタシたちが勉強頑張っててもバカにしないし、悪い点とっても笑ったりしないでしょ』

――『そう言われればたしかに……』

――『わっ、悪かったよムツキ。ちょっと調子乗ってふざけすぎた』

――『……ううん、ボクの努力が足りなかった。ドローンレースの大会に出るって言っておいて全然飛ばせないんだからバカにされても仕方ないよ。でも、絶対コイツを飛ばして大会で勝ってみせるから』

――『おおっ? 大きく出たな! そんじゃ、せいぜい頑張れよ!』

――『アタシも、それが飛んでるところ見てみたいな』

――『うん、ありがとう。頑張るよ』


外観、異常なし。

プロペラ取り付け、異常なし。

モーター音、異常なし。

本体バランス、異常なし。

出力バランス、異常なし……


どの機よりも高速で高機動、その引き換えに少しでもバランスを崩すと飛ぶことすら出来なくなるジャジャ馬のご機嫌を取りながら、クラッシュしないようにコースの最短を攻める。

半年の間、コイツと積み重ねた努力と工夫と苦労が試されるときだ。


『昼行灯里からメッセージが届きました』

通知音と共に視界の端の通知領域にアイコンが表示される。


「あ、ヒルユキ先生からメッセージだ」

「アカリちゃんせんせから? なんて?」

「ちょっと待ってて」


『ムツキ君、とうとう決勝だな。君ならやってくれると思ってたよ。残念ながら私は諸事情でそっちには行けないが、代わりに勝利の女神を遣いにやったから必ず勝って帰ってくるように。なお負けたら帰ってこなくて良いから安心しろ。ここが君のスタート地点だ』


――『なぁムツキ、これ、出ろよ。キミ、ゲーム好きだしこういうのも得意だろ?』

――『なんですか? これ……?』

――『何って、見ての通り学生ドローンレース大会の募集チラシだが? どうだ、模型部らしいだろう』

――『模型とドローンって、全然違いますよ! それに、出ろって? ボクはお城ジオラマ専門なんですが……』

――『お城ジオラマのどこが面白いのか理解に苦しむが、それはまぁどうでもいい』

――『どうでも……』

――『あー、この部、今の三年が卒業したらキミ一人になるだろ。そうなったらこの部自体がなくなっちまって、引く手あまたの新人美人女教師のワタシもなんか別のクソキツい運動部やらクソ意識高い文化部やらのガチ勢の部活に連れ去られるかもしれんのだ』

――『……嫌なんですか?』

――『嫌に決まってるだろう。ワタシはダラダラするためにこのオタクと幽霊部員しかいない模型部の顧問に手を上げたんだからな!』

――『はぁ…… 昼行ヒルユキ灯里アカリ先生らしいというかなんというか』

――『で、だ』

――『このドローンレースの大会に出て実績をあげて廃部を避けろってことですよね』

――『うむ、よくわかってるじゃないか。さすが我が模型部の次期部長、睦月朔クン』


「ねぇねえ、なんて書いてあったの?」

「なっ、なんでもないよ! 必ず勝って帰ってこい、負けたら帰ってこなくて良いから安心しろってさ」

「それだけ?」

「う、うん。それだけだよ」


勝利の女神、か……


「あはは、せんせらしいね」

「……あの、ヒナタさん」

「ん? なになに? 改まって」

「このレースに勝ったら、伝えたいことがあるんだ」


暫しの沈黙。


「あはは、なにそれ。フラグってヤツ? ハジメっち死ぬの?」

「しっ、死なないよ! ただ、聞いてほしいんだ」

「……それって、負けちゃったらどうすんの? 気になるから勝っても負けても言っちゃえば良いじゃん」

「ううん、それじゃダメなんだ」

「なんで?」

「絶対に、勝ちたいから」

「……うん、わかった。じゃあ、頑張ってね」

「ありがとう」


『各選手、スタートグリッドにドローンをセットして位置についてください!』


BGMが止まり、サーキットが水を打ったように静まり返る。


そうだ、ここがボクのスタート地点だ。


ゴーグルに『Get ready!』のテキストが浮かび上がり、続いてスタートシグナルのランプが電子音と共に切り替わる。


「ハジメっち、グッドラック!」

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