第3話 どなどな馬車はすすみます。

 ガタンゴトンと馬車は揺れ、ドナドナ私を連れて行く。

 あ。窓の外を小鳥が通った。かわいいね、あはは…うふふ…。


「ドナドナドーナードーナー…」

「なあ神父ライデス。彼女は大丈夫なのか?目が完全に死んでいるんだが…」


 私の正面、強制拉致神父の隣に座った青い鎧を身に纏った女騎士さんが心配そうな声を上げた。大丈夫じゃないです。神父はDEATH。

 キリッとした切れ長な瞳が特徴的な女騎士さんは、一見厳格そうな雰囲気を纏っているけど案外いい人なのかもしれない。

 無理やり乗車&強制発車された馬車の中には洗脳疑惑のある胡散臭神父の他、鎧を着込んだ二人の男女?が席についていた。

 村内では一度も見かけることはなかったので、ずっと馬車の中にいたのだろうと思われる。それ騎士の意味ある?とは思うけれどライデス神父もとい、いい加減笑顔が鬱陶しい詐欺師風神父の実力的に(強いかどうかはわからないけど)いなくても問題はなかったのかも。

 …いやじゃあなんでこの人たちがいるのって話か。考えてもわからん。変に悩むのは性に合わないしこの思考はポイーで。

 はぁ…そんなことより…。遠くを見つめながら物思いに耽るように、囚われの姫君的儚げな雰囲気を放ちながら私は呟いた。


「ドナドナドーナツ食べたい…」

「大丈夫そうだな。心配して損した」


 解せぬ。全くもって大丈夫ではない。ほらあの雲ドーナツみたい。あははうふふ。


「おいおいこんな田舎のガキんちょがホントに聖女サマなのかよ」


 乱暴そうなガラガラ声がすぐ隣から聞こえる。

 …ずっと気になってたんだけどさ。いやホントなんかとんでもないのが隣に居るとは思ってたんだけどさ。出来るだけ触れないようにはしてたんだけどさ。

 出来るだけ視界に入れないようにしていた隣席の人物をチラ見する。…やっぱそうだよなぁ。すっげぇテラテラしてるんだもん。どう見てもあれだよなぁ。私は意を決して声をかける事にした。気を落としてても仕方がない!ファーストコンタクトって大事だしね!男は度胸、女も度胸!


「ハ、ハローMrトカゲ?あ、あーとても素敵なウロコですね?大根とかしっかりおろせそう」

「初対面でいい度胸だなおい!」


 シャー!と大きなお口をパッカーしてきておこなのは、言った通りのトカゲ頭。女騎士さんとは色の違う、黒の鎧を着た巨漢の彼は、肌が血を連想させる真っ赤なウロコで覆われており、おでこ?からはちっちゃなツノが2本突き出ていた。見てわかる。明らかに種族が違う。


「えっと?もしかして獣人さんですか?」

「かーっ!おいマジか!おいなぁライデス、このガキマジか!言うにこと欠いてオレが獣人だってよ!こりゃマジに田舎もんだぜ、おい!バカぁ言っちゃなんねぇよなぁ!」


 なんだぁ?テメェ?明らかに馬鹿にされてるなこれ。無知っ♡無知っ♡なのが罪なのか。分かんないんだからすんなり教えてくれてもいいじゃんねぇ?

 トカゲ頭の巨漢が下品に爆笑しながらグシャグシャと私の頭を撫でてきた。あ、そういうのやめてもらって良いすかセクハラなんで。

 私はNOと言える女。彼の手をやんわりと払い、アームロックに移行しながら考える。獣人じゃないのか。まぁ私も実物は見たことはないんだけど。う〜ん、それじゃあなんだろなぁ。


「獣人じゃないんですか?じゃあ…あ!リザードマン?それなら聞いたことある!」(ギュッ)

「バッカでぇ!そりゃ魔物だ種族じゃねぇよ!がぁぁぁ!…い、いいかガキんちょ?オレぁなぁ…。!!」


 調子こいてたMr.トカゲが言葉を止めた。私のアームロックが効いているからではない。正面の女騎士さんが針の様に鋭い剣をトカゲ頭の喉元に突き立てていたからだ。


「無礼な物言いはやめろタタラガ!これだから黒の聖騎士はイヤなのだ!お前1人の存在がどれだけ我ら聖騎士の気品を落とすか考えたことはないのか!」

「あぁ〜?いいのかよカタラナぁ?青の聖騎士がンなことしてよぉ。こう言うのはおたくの大将が一番嫌いなんじゃねぇのか、なぁぁ?オレら黒の聖騎士は何時でも喧嘩は買うけどよぉぉ!!!ぎゅっ…!」


 がくーーーン!!!


「タタラガ、きさ…お?」

「落としちゃった!マァァァァァァァァ…マァァァァァ……!ウワァ、落としたァ!この人の意識落としちゃった!」

「どうか、しましたか?(神父)」

「ハイ!この人の意識を落としてしまったのですが!」

「あ、それ、後で、ほんじゃあ戻しますから…ちょっと大人しくしててくれる?」

「ア、ハイ」


 …

 ……

 ………


「はっ!?川の向こうで死んだ爺ちゃんがBBQを…!」

「お爺ちゃん陽キャだったんだね」


 私の喉突きで意識をぶち飛ばしてたトカゲ頭改めタタラガさんが戻ってきた。

 喉元を摩りながらも、先程までの調子も意識と一緒に落としてきたのかどこか大人しい。


「あ〜っと?なんの話だっけ?そうそう、タタラガ?さんはなんの種族なの?」

「あ?あぁ、オレの種族はドラゴニュートよぉ。リザードマンなんてちゃちな魔物と同じにすんな?なんてったってオレらドラゴニュートはな?龍の系譜に連なるんだぜ?」

「おぉん?」


 なんそれ?こてん、と首を傾げるとタタラガさんはふんっ!と大きな鼻息を一つ吐いて楽しそうに口角を上げた。


「なんだ知らねーのかぁ?ったく、しゃーねえな。…いいか。まず龍っていうのは言わずもがなドラゴンよ。ワイバーンやリザードなんてちゃちなもんじゃねえぜ?見上げるような巨躯に空を覆う雄大な翼。『悠久の賢人』って呼ばれてよぉ!世界の始まりから生きてるって言われるのが祖龍ドラゴンなのよ。んで龍の系譜がどうスゲーかってーと、さっき言った世界の始まりから生きてるってところだな!これはまさに言葉通りのことなのよ。ジョルスキヌス神が人間や獣を作り出したわけだがな?祖龍はそうじゃねえんだわ。これはその昔…」


 また調子戻してきやがったなこいつ…。ドヤ顔決めたドヤ顔トカゲこと、タタラガが腕組みしながら何やら長々と説明を始めたが右から左へと抵抗なく耳を通り抜けていく。

 何にドヤる要素があるのか微塵もわからないし、言っちゃなんだが興味も無い。いるよねこういうこっちが興味ないことドヤ顔で語ってくる人。お前のことだぞ村人B。

 まぁ、せっかくだから褒めてやるかな。世渡り上手なハリナさんはこういう時どうすれば良いのか、よく知っているのです。

 困った時の「さしすせそ」。よく知らないけど知っているのです。


「さすが!」

「だろぉ!」

「しばくぞハゲ!」

「しば、なんて?」

「すばらしい!」

「おいさっきなんて(聞き間違いか…?)」

「せ…せ?」

「せ?(せ?)」

「そうなんだ!」

「いやお前話聞いてねえな!」


 タタラガさ、もうタタラガでいいや。

 タタラガがキシャキシャ言ってるけど放っておく。私は正面に座る女騎士さん改めカタラナさんの方を向いた。距離感がやけに近いタタラガと違い少し距離を感じる。突然の喉突きなどでどうやら私のことを図りかねてるっぽい。

 そんな変なことしたかなぁ?うちの村じゃ普通のことなんだけど。また私なんかやっちゃいました?

 ふぅ…ここは気さくなトークで彼女の心をアジの開きにしちゃおうかな?アイスブレイク(物理)って得意だし!


「どうかしたか聖女様」

「さっき言ってた私の喉突きの威力がおかしいって、弱すぎって意味だよね?」

「いや別に聞いてないが」

「上京(強制拉致)された超絶ウルトラウルトラマックス可憐ハカナイんジャー激カワ聖女、実は最カワ激モテの村のアイドル。〜防御しようとしてももう遅い〜ってこと?」

「…できれば通じる言葉で頼む」


 む〜なかなか気難しい人だ。百戦錬磨(物理)の私にも心を開いてくれないとは。あ、そういえば気になってることがあるんだった。


「そういえば…この馬車ってどうやって動いてるの?」

「あぁ?そりゃあれだ。魔法だよ魔法」


 うるさいタタラガ!私はカタラナさんに聞いてるの!


「説明が雑だぞタタラガ。いいですか聖女様。この馬車、スレイプニールは我らが十二神教の十二司教が1人である『奇跡』のベルクホルン様の発明なのです。彼は高明な錬金術師でもありまして、詳しい仕組みは私にも説明しかねるが、事前に必要量の魔力を注ぎ込んでおけば後は指定されたルートを自動で行き来するいわば魔道具というやつなのです」

「魔道具…」


 はー世の中には便利なものもあるんだねぇ。ね!ねぇ!みんなもそう思うよね!ねぇ!(ハリナ納得感)。

 いいや。この際、聞けることは聞き倒そう。旅は道連れ世は情け。そして神父は凌遅刑。テメェのことはまだ許してねぇからなぁ?あぁん?おぉん?


「…ライデスお前何をしたのだ?スラム街のチンピラなんか目じゃないくらいの尋常じゃないメンチの切り方をされているが」

「さて?」


 涼しげな顔しやがってくぉの洗脳系神父さんがぁ…!いつかその化けの皮剥がしてやっから楽しみにしてろよな!オラわくわくしてきたっぞ!

 額の血管ピクピクさせながら平常心をなんとか保つ。付き合ってやる義理はないかもだけど、ここまで来たなら聖女とやらをしてやろう。なんでかって?

 そりゃ決まってるよ!みんなの平和と笑顔を守りたいからこの胡散臭神父にぎゃふんと言わせてやるまで帰るに帰れないから


「こんな綺麗な笑顔でとんでもない邪悪なオーラを放つことある?」


 カタラナさんがまたドン引いている。なにゆえ。

 気を取り直して、会話をしよう。黙っていても仕方がない。少しでも心の距離を縮めていって、この胡散臭神父の弱点の一つでも聞き出してやるのだ。うけ、うけ、うけけ!


「そーいえばー、なんで騎士さんたちは鎧の色が違うんですかー?私すごい気になるなー。教えてライデスさーん?」

「なんだかキャバクラに来た気分です。えぇ、教えて差し上げますとも。彼らは『四色ししょくの聖騎士』と言い、十二神教に仕える彼ら聖騎士を纏めてそう呼びます。

 その名の通り、彼らは四色に分かれております。例えばタタラガさんの黒は『黒の聖騎士団』。カタラナさんなら『青の聖騎士団』と言う具合ですね。

 由来は神話の主神に仕える四騎士から来ているのですが、今は置いておきましょうか。

 端的に言ってしまえば鎧の色が違うのは役割の分担です。彼らは騎士団ごとに別の役割を担い、『黒の騎士団』は異端審問。『青の騎士団』は信奉者たちの庇護という様にそれぞれの役目を担っておられるのですよ」

「ふーん。あれ?じゃああれじゃない?今回はどういう理由で2人は来たのかな」


 おかしくない?聞いてたらタタラガは異端審問、カタラナさんは信奉者の庇護なんでしょ?別に私は異端者でもなければ申し訳ないが信奉者ってほどでもない。

 首を傾げると、説明解説係神父は快く説明してくれる。


「それはですね。『青の聖騎士』団長と『黒の聖騎士』団長のお二人は十二司教の方も兼任しておりまして。えぇ。はっきり申し上げますとバリバリに権力を行使してゴリ押し推薦キメた感じですね。他2色が口も挟めない勢いで」


 あけすけだなぁ。それ言っちゃっていいやつ?歯に物着せぬ暴露系神父の発言に私は聖騎士の2人に視線を送る。あ、仲良く目を背けやがった。やだねぇ、まったく!


「うおっ!?」


 突如ガクンと大きな揺れと共に馬車が止まった。それなりのスピードが出ていた馬車が急停車したのだ。聖騎士の2人と意外とフィジカル神父はなんとか耐えたが、油断してた私は席からするりと滑り落ち、それはもう強かに尻を床に打ちつけた。ちなみに今の悲鳴はタタラガです。こんな残念な悲鳴は断じて私ではありません。「なすりつけんな!」私ではありません!


「おわー!ケツが割れたぁ!」

「品が無いなぁ…」


 うるさい!カタラナさんが呆れ顔で見てきたので、いーってする。

 いたた、なんで馬車止まっちゃったのかな?3つに割れたお尻を摩りながら窓を開けようとする。しかし、その手はタタラガに止められた。


「待てやガキんちょ。って、うわこいつ尻が3つもある」

「え。やっぱり?戻して戻して」

「え、私がか?え、ちょ、うわすご」

「ひゃっほー!山賊様のお出…」

「あ、ちょっとタイムでお願いします。今こちらの来賓のお尻が3つに割れてしまいましたので」

「あ、そりゃ大変だすな。お前らちょっち休憩してていいだすよ!今日は暑いだすから水分補給と、あと塩タブレットも舐めとくだす」「「「うーーーす」」」

「やばいやばいやばい。カタラナさん早く治して。4つに割れかけてる」

「ひ、ひぃぃ。尻がちぎりパンみたいに…!」

「そういやオレ昔は肛門科医を目指したことあるんだわ」

「あー食いっぱぐれなさそうですもんね」


 閑話休題


 …

 ……

 ………


 こほん。気を取り直しまして…。

 停車した馬車の窓からタタラガがチラリと外を覗く。


「こりゃ襲われたな」

「どうやらその様だ。おそらく相手は山賊か。声の数から人数もそれなりに思える。しかし…」

「えぇ。スレイプニールを一介の山賊がどうこう出来るとは思えません」


 みんな切り替えが早くて助かる。

 当の襲撃者たちはというと…


「ひゃっほー!山賊様のお出ましだすよ!オラたちヤンバー山賊団に全部差し出すだす!」

「「「ひゃっはーーーー!!!」」」


 待っててもらってなんだけど、とんでもない雑魚臭だ。

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聖女なんだなぁ せいじょ。 どか森。 @dokandokan

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