■Q2. 結局、どうやって選べばいいの? / A2. ブランド、素材、デザイン

 酒の力は、功罪相半ばするものの、確かに存在するというのが茅間かやま 木之香このかの持論だ。

 だからこそ、数日後に佐武さたけ しゅんを誘ったのは休日のランチではなく休前日のバーだった。


「今日はおごるから」

「……何を企んでるの?」

「言い方。……ほら、この前の話の続き。チョコのこと、教えてよ」

「ああ。流石にそこまで貰えないって」


 苦笑した旬が改めて店内を見回す。落ち着いた暗めの照明に、上質な調度。少し広めのカウンター。他の客が話す声がどこか遠く聞こえる。好みに刺さったようで、ゆっくりと頷く。

 運ばれてきたカクテルグラスを摘まんで、軽く掲げた。


「雰囲気いい店だし、紹介料ってことで契約してあげる」

「良い取引をありがとうございます」


 薄いガラスが触れる、澄んだ音。

 僅かな沈黙。

 喉が鳴る音――吐息。


「……美味し」

「でしょ」

「ドヤ顔も許せるわ。それで……どこまで話したっけ?」

「高級チョコレートは風味、甘味、濃厚さを楽しむもの」

「よく覚えてました。今日聞きたいのは?」

「結局、何をどう選んだらいいのか、が知りたいの」

「選び方ね。ガチで?」

「ガチで」


 はいはい、と頷いた旬が燻製に指を伸ばす。褐色のチーズを摘まみ、ゆっくりと咥えた。その指先、そして唇を、木乃香の視線が追う。


「贈る相手は『チョコレート好き』以外の情報はないのね?」

「うん。苦手はあんまりないと思う」

「なら……」


 焦らすようにカクテルを含み、満足げな吐息。細いグラスを丁寧に置いた手、指を三本立てて見せる。


「ブランド、素材、デザイン」


 中指、人差し指、親指と折って囁く。

 ふむ、と木乃香が頷いて続きを促す。


「一番わかりやすいのはデザインで選ぶことね。チョコレートは、スイーツの素材の中で、見た目を美しく作りやすいの。だからこだわったデザインも多い。真っ赤なハートのチョコレートとか、見たことあるでしょう?」

「あれ貰ったらきゅんとくるよねー」

「……ま、否定はしない。職人のセンスとの相性を、見て……つまり味わう前に……判断できるのは大きいと思う」


 旬は言葉を切って燻製をまた咥えて、香ばしく複雑な薫香を味わう。瞼を閉じてしばし、カクテルを呷り、喉を小さく鳴らす。木之香も同じように酒を味わって、同時にグラスを干した。

 二人で、次の酒と肴を頼む。


「次、素材。チョコレート以外の素材、ね。好みがはっきりしてるなら選びやすい。チョコレートは色々な素材と相性が良くて、例えば柑橘類、林檎、その他フルーツ、ハーブ、スパイス、お茶、お酒、などなどエトセトラ。統一したテーマのアソートもあるから。日本酒のチョコレートのみのアソートなんてのも見かけたな」

「ふうん。アンタが食べて一番おいしかったのは?」

「…………一番、ひとつに決めないとダメ?」

「私の聞き方が悪かった。ごめんて。印象に残ってるのを教えて」

「柑橘類かな。レモンとか、マンダリン、グレープフルーツ……全部柑橘類のアソート。デザインも可愛いしチョコレートの味も最高で、もう一箱買っておけばよかったと本気で後悔した」

「もう買えないの?」

「日本にお店がないブランドで、多分商品としても一年限りの限定」

「あちゃー……」

「ま、良いお菓子ほど一期一会よ」


 ちょうど、旬の手元にはギムレット。ジンにライムジュースの甘味と酸味、ほのかな苦味を、ゆっくりと味わう。


「ブランドで選ぶのは、予備知識なしだと少し難しいかもしれないけれど。フランスやベルギーの老舗を選んでおけば間違いはないかな。特にベルギーの『王室御用達』は確実」

「ベルギーってやっぱり強いの?」

「ゴディバ、ヴィタメール、レオニダス、ピエール・マルコリーニ……強いというか、王道ね」

「あ、私でも聞いたことある」

「でしょ。それだけの実力があるってこと。この辺はギフト前提の商品も多いしね」


 なるほどねえ、と木之香が頷く。営業職としてブランドの力を実感しているからこその納得感だったか。


「高級チョコレートのブランドはものすごくざっくり分けると二つあって。ひとつは今言ったような、老舗を中心としたブランド。もうひとつは、アーティストとしてのショコラティエ(※6)を前面に押し出した個人中心のブランド」

「違いは?」

「老舗ブランドも当然、腕のいいショコラティエを雇ってるから、あまり違いはないのだけれど。強いて言えば、個人ブランドの方がやっぱり裁量が大きくて、センスが出やすい。王道と挑戦……なんてのは煽りに過ぎないとしても、『刺さる』のは個人ブランドの方が多いのは確かかな」

「それだけチョコレートは職人芸ってことか」

「そ。贅沢な話ね。ここ十年で日本人も個人として活躍するショコラティエが増えてきているから、見かけたチョコレートショップに入るってやり方もありよ、最近は」

「優雅ですこと。……個人のブランドを選ぶコツはある?」

「こればっかりは……食べてみて、センスが合うところを、としか。……売る話ならナラティブを乗せやすい個性をって話になるんだけど、味とは関係ないからね」

「本当に営業部に移籍するつもりない?」

「一切ない。ショコラティエによってははっきりと強みがある人もいるから、それで選ぶのはありかな。例えば私が好きなブルーノ・ルデルフはお酒とキャラメルを使ったチョコレートが凄まじく美味しくて」


 ほら空いたぞ、と言いたげに空のグラスを揺らす旬。

 木之香はメモを取っていたスマホを置いて、くいとカクテルグラスを干した。

 しばし講義は中断され、メニューを一緒に眺めて酒と肴談義を交わす。


「さて、結論。選び方のポイントは、ブランド、素材、そしてデザイン。ブランドについては王道の老舗ブランドと挑戦の個人ブランドという考え方が、正しくはないがわかりやすい。素材とデザインはとにかく好みで」

「勉強になりました。質問よろしいでしょうか?」

「どうぞ」

「苦手ではないと仮定して、合う確率が高い素材ってある?」

「やっぱり柑橘類かな……本当に相性がいいから。あとは、お茶。紅茶とか、お茶の香りがするチョコレートって美味しいんだよ」

「へえ。お茶味か……ミルクティー味とか定番だしね、美味しそう」

「ん。そんな感じで、好みの素材から選ぶのが最初の一歩としては良いかもね」

「もうひとつ。ブランドって言っても、カタカナかローマ字で皆同じに見えちゃうんだけど。どの情報を見ればいい?」


 ふむ、と次のカクテルを味わう時間を置いて、旬が答える。


「難しいところだけど、一番簡単な基準は『サロン・デュ・ショコラに出店している』ね。あのイベントに出ているブランドは一流どころと考えて差し支えないから」

「行かないとダメってこと?」

「カタログはWebで無料で見られる(※7)よ。個人的には、チョコレートの美術品的美しさを味わうためにも、B5判のムック本を買ってもいいと思う」

「んー、とりあえずカタログからか。見てみる」

「イベントがない時期なら、やっぱり口コミかな。普段から甘いものを色々食べてる人は違いの言語化が上手だから、参考になると思う」

「良い口コミの見分け方は?」

「営業のあなたの方が知ってるでしょう。強いて言えば、この前話した『風味、甘味、濃厚さ』に言及しているコメントが参考になる」

 

 木之香がスマホにメモした内容を指でなぞって確かめる。

 その真剣な横顔を盗み見ながら、旬はゆっくりとグラスを傾ける。肴はタコのマリネと、チーズの盛り合わせ。濃い酒に合う酒をしばし、味わう。


「……うん。ありがとう。これで悩んでみる」

「どういたしまして。上手くいったら顛末聞かせなさい」

「はーい。それじゃ、良いチョコレートとの出会いを祈って」

「祈って」


 グラスが触れ合う、澄んだ音。




※6 チョコレート専門の菓子職人を指すフランス語。多くの場合、パティシエ(菓子職人)でもある。フランスにおいては国家最優秀職人章(MOF)の一部門。


※7 サロン・デュ・ショコラ公式サイト(https://www.mistore.jp/shopping/feature/foods_f3/salon_du_chocolat_f )を参照。カタログの公開は期間限定。過去の参加ブランドも確認できる。

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