第95話 This World And Times Past(現世と過去の時代) 15
薄紫色の時の後、過去の時代……。
いつもなら市場に向かう姉妹だったが、今日ばかりはサンドラへの報告が優先された。
ドアをノックする。
「ただいまサンドラさん。私達、遂にやったわ!」
ライラはドアを開けるなり大きな声で言うと、サンドラに抱き付いた。レイラもライラと反対側で抱き付いている。
「入ってくるなりえらい騒ぎだね。市場には行ってきたのかい?あたしゃ今針仕事中だよ、ほら二人共危ないったら。」
サンドラは良い結果を分かっていたのかも知れない。姉妹に笑みを返す。
このタイミングで手に針は持っていなかったが、照れ臭くて出た言葉だった。
「やっとママと話ができました。」
「サンドラさんに迷惑にならないように過ごすようにって。」
「これっぽっちもあなた達を迷惑と感じたことはないさ。」
放り出した籠に目をやり、
「市場はまだのようだね。獲物は捕れなかったのかい?」
「先ずはサンドラさんに報告してからってライラと話して寄り道したんです。」
「それはうれしいね。じゃあそろそろ市場に向かいなさい。捕れたてのラビンを待ってる人達がいるだろう?」
「はい、サンドラさん。急いで市場に行ってきます。」
「転んで怪我をしないように、普段通りに行っといで。」
市場にはいつもより少し遅れたが、問題なかった。
市場事務所を出ると、1匹のラビンを手土産に、前町長リュージン邸に足を向ける。
山を下りる途中で、姉妹は今日の事を伝えようと話していたのである。
リュージンは玄関横のブランコに。ウェンドは植木鉢の手入れをしていた。
ウェンドの姿を見付け、駆け寄るライラ。
ブランコのリュージンにはレイラが駆け寄った。
姉妹は今日の出来事をそれぞれに伝えた。
ウェンドはライラを連れて玄関先に歩いてくる。
この季節、今の時期の花がそこここに咲いていて、いい香りが庭を漂っている。
「良かったじゃないかライラ。」
「安心したわ。レイラ。私も嬉しくなっちゃった。」
「あなた、私は少しキッチンに入ります。2人からラビンの手土産を頂いたわ。早速捌かなきゃ。」
「おやおや、そうだったのかいすまないねえ。顔を見せてくれただけでも満足なのに。ところで、ワンドルさんは元気かい?」
姉妹は揃って俯いたまま無言だ。
「何かあったのかい?」
「ワンドルさん少し疲れているようでした……。それに……」
ライラは涙目になっている。
「多分疲れが溜まっているのかも知れません。しばらくこの時代には来られないと言っていました。」
レイラは涙目にはなっていないものの、握りしめた両手は微かに震えていた。
「さて、お茶でもどうかな?ラビンのお礼をしなければね。」
リュージンは姉妹をリビングに招いた。
「ウェンド、2人に紅茶を出してくれないか。手土産のお礼をしなきゃいかん。」キッチンに届くように言う。
少しの間があり、姉妹に紅茶が運ばれてきた。サンドラ邸では飲まない、少し高級な紅茶だ。
その間、姉妹は無言のままだったが、ウェンドから紅茶を勧められると、笑顔を返す。
「どうしたの?」
ウェンドが言いかけるとリュージンが目配せした。
「心配ないだろう。ワンドルさんは気丈な方のようだった。待っていればフリップグロスに来てくれるさ。」
レイラは遂に大粒の涙を流した。つられてレイラも涙目だ。
「さぁさ、二人共。元気を出して、そうだ、昨日焼いたクッキーでも食べる?」
姉妹は黙って小さく頷いた。
テーブルに置かれたクッキーのバスケット。その瞬間からほんのりとバターの香りが漂ってきた。
しばらくクッキーに舌鼓を打つ姉妹。
涙はもう無くなって、リュージンはホッとした。
ウェンドがキッチンの用が済んで、椅子に腰掛ける。
「昨日のだけど、味はどうかしら?」
「美味しいですウェンドさん。」
「バターの風味が益々美味しさを増していて、私好み。」
「どれ、1つもらおうかの。……うん、時間が経っても変わらんなウェンド。」
「よかったわ。私も1つ。……あら二人共、紅茶のおかわりを持ってくるわね。」
リュージン夫妻はそれきりワンドルのことは話題にしなかった。
テーブルを囲んで、庭の草花の話に終始したが、クッキーを平らげ、紅茶を飲み終えると、
「そろそろ帰らなくちゃ、サンドラさんが心配しますので。」
「ご馳走さまでした。」
「またいつでも寄っておくれ。今日はありがとう。」
「もう陽が沈むわ。段々と陽が短くなってますからね。サンドラによろしく伝えてくださいな。」
姉妹は少し急ぎ足でリュージン邸をあとにした。
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