第7話 冒険屋たち(その7)
文献によると、古の神殿の最上部に行くことができたのは、王族と高位の魔導士である大魔導士(マスターメイジ)、そして大僧正(ハイプリースト)だけである。
しかし、一階に魔物がはびこるようになると、魔物を退治してから、祭儀を執り行わなければならなくなり、次第に人の足が遠のくようになっていった。
武器や攻撃魔法の発達などにより、近年、ようやく魔物退治が円滑に行われるようになり、時折、神殿内部にあるタブレットの文面を、解読する作業が行われるようになった。
だが、五年前にイブリースが根城としていたために、神殿は封鎖されてしまったのであった。
「あの真ん中らへんにイブリースの奴がいたんだよ。」
ロウは、何もない空間を指さした。
「おれは、あの時、ただの僧侶だったから、援護に徹するつもりだったが、急に魔法の障壁が現れたんだ。」
「それで、今度はマックスが転移魔法を使って、あんたやあたしらを、屋外にだしたってわけ?」
ディアナは聞いた。
「そう、そんで大急ぎで、マックスの元に行ったんだ。」
ロウがそう言った。
「あの魔物がうじゃうじゃいる中で、よく戻れたよな。」
ウォンがそう言うと、ロウは「おめえ、オレが元僧侶だってこと忘れたか?」と横目で見てきた。
「防御魔術(ディフェンス)と、高速移動魔術(クイック)を使って、ひたすら駆け抜けたの。」
ロウは弱冠自慢げに言った。もっとも、今の彼は、無理して剣士に転職したうえ、転移魔法を強引なやり方で習得したため、現在は魔法の力が落ちているらしい。
「ただ、駆け付けたときは、もう、イブリースの奴はいなかった。ただ、障壁が解除されていなくて、マックスに近づくことはできなかった。そのうえ、なぜかあいつはまた転移魔法でおれを屋外にとばしたんだ。」
「それっきりマックスは行方不明ってわけか。」
ジュウベエが言った。
「とりあえず、周りを見てみましょ。」
ディアナの言葉に、一同は周囲を見回った。
ロウは、あの時のことを思い出していた。あの時、障壁の魔法が消えかかっていたので、燃え尽きる前の蠟燭のように光り出していた。そのためマックスは、影になっていて、表情は見えなかった。
なぜ、一人で戦おうとしていたのか?彼はもともと、利他的な所があったから、イブリースとの決着の際、誰も巻き込みたくないという思いがあったのかもしれないが、それにしたって水臭すぎる。しかも、あの時、「閃光の剣」も持って行っていなかった。
ふと、パグが耳をそばたてると、「何か聞こえたぞ!」と言って、バルコニーの出入り口に向かった。
仲間達も全員、バルコニーに向かうと、先ほどの御者たちが、グリフォンと一緒に何者かと戦っていた。
「おい、あれはケンタウロスじゃないか?」
ジュウベエがそう言うと、一同は目を凝らしてよく見た。上半身を重厚な鎧で身を包み、ランスと盾を装備し、下半身が四足歩行となった異様な亜人がいた。
まぎれもなくケンタウルス族の騎士であった。
「何であんなところに、ケンタウルス族がいるのよ!」
ディアナはそう言った。
「なんでもいい!とにかく助けないと。」
ジュウベエは、鍵縄を取り出して、バルコニーに引っ掛けると、ウォンに「おれはこいつで降りるから、みんなにフロート(浮上魔法)を」と言った。
ウォンは、魔法で、ジュウベエ以外の全員を浮かすと、徐々に地上に向かって、下降した。
ジュウベエは鍵縄を使って、するすると降りると、仲間たちとともに、御者たちに駆け寄った。
「大丈夫か!」
ロウはそう叫んで、メンバーと共に二人の御者に駆け寄った。
「俺は大丈夫だが、ジョウンズさんが…」
若い方の御者が、うずくまっている年配の御者を気遣っていた。
「どうしたんだ?」
ロウが聞いた。
「奴の突撃を食らっちまったんだ。致命傷は避けたが、肩に少し食らっちまっていてな…」
ジョウンズは顔をしかめながら言った。よく見ると、彼は肩を抑えており、血が流れていた。
離れたところでは、飛行車を牽いていた二頭のグリフォンがケンタウロスの騎士と戦っていた。よく見ると、ケンタウロスのフルフェイスの兜にはトサカが付いており、蹄には蹄鉄があった。騎士の中でも上位存在である、ヘヴィナイト(重騎士)であることがわかった。
「ロウ、一旦撤退だ。」
ジュウベエがそう言った。
「町の方まで転移となると、ちと時間が…」
ロウがそう言うと、ジュウベエは「一旦、遺跡の方に逃げるんだよ」と言った。
彼は、何か呪文を唱えると、霧のような幻影を作り出し、騎士の目を一時的にそらした。その間に、パグはジョウンズを抱え上げ、全員は遺跡の中に避難した。
騎士の視界がようやく晴れると、自身の獲物がいないことに気づいた。急いで探しに行こうとすると、再び二頭のグリフォンが襲い掛かってきた。
ロウ達は、遺跡の中に避難しすると、ジョウンズを安全な所に寝かせ、ロウが治療魔法を使った。しばらくすると、ジョウンズは体が動けるようになった。
「大丈夫ですか?ジョウンズさん。」
若手の御者が声をかけた。
「ああ、心配かけたな、ルーク。」
ジョウンズはルークを安心させるように言った。
「まだ、無理をしねえほうがいいぞ。治療魔法で傷は治したが、体力は落ちているからな。」
ロウは言った。
「カイとクイ…あの二頭のグリフォンは?」
ジョウンズはみんなに聞いた。
「今、あのケンタウロスと戦っているよ。いくらケンタウロスでも、グリフォン二頭相手じゃ勝ち目はないんじゃない?」
ディアナはそう言って、遺跡の出入り口から外の様子を伺った。しかし、彼女の想像とは裏腹に、推されているのは二頭のグリフォンだった。
グリフォンは鋭いかぎ爪をむき出して、ケンタウロスに襲い掛かったが、ケンタウロスは盾でいなし、逆にランスで突いてきた。
グリフォンは強靭な羽毛で防ぐと、もう一頭が後ろから攻撃しようと襲い掛かったが、ケンタウロスは後ろ足で、蹴り上げてきた。
グリフォンは強力な一撃を食らってしまい、後方に転がってしまった。
「オイオイ!グリフォンって、確か、ケンタウロスの天敵と聞いたぞ!」
ウォンが驚いた。
「ありゃただのケンタウロスじゃない、訓練を受けている。それに、騎士の上位職のヘヴィナイトだ。」
ロウが言った。
「ハドリアス帝国との戦いで、何回か戦ったことがあるけれども、あそこまで強かったっけ?」
ディアナは疑問を投げかけた。
「おめえやおれは後衛だったからな、あいつとまともにやれたのは、マックスとキュウゾウくらいだったぜ。」
ロウはそう言った。
「いかん!あのグリフォンは女王様か授かった大切なもの…あいつらも逃さなければ!!」
ジョウンズは、まだ回復しきっていない体に鞭打って、起こそうとした。
「無茶だよジョウンズさん。」
ルークは慌てて止めようとした。
「私のことは気にするな。女王様から、万が一のためと、精霊の翼を貰っている。」
と言って、懐から精霊の翼を取り出した。
「よし、そいつは万が一のためにとっておきな。」
ディアナは言った。
「忘れちゃいけねえな、ここにいる五人も戦いの専門家だ!あの騎士を倒して見せるぜ!」
ロウは、高らかに宣言すると一同はうなずいたが、ウォンだけは、五人という言葉に何か引っかかったような表情を浮かべた。
―い、入れられているゥー!!
「それじゃあ、さっそく作戦タイム!」
ロウがそう言うと、ウォンは大慌てで「ちょっと待てい!」と言った。
「なによ、このクソ忙しいときに!!」
ディアナは腹立たし気に言うと、ウォンは豪雨が降り注いでいるかの如く喋り出した。
「おれは戦闘要員じゃねえ!!インテリ要員なんだよ!!ケンタウロス相手に戦えるか!」
「誰も、前線で戦えなんて言ってりゃせんよ。」
パグがなだめるように言った。
「氷雪魔法だったら、第二段階まで使えるんだろ?」
ジュウベエがそう言うと、ウォンは「いや、そんなことを言ったって、杖を新しくしたから、コントロールに難があるし」とブツブツ言いだした。
一同は彼を無視して、ケンタウロスを倒すための作戦を立ち上げていった。
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