第18話 言葉は真に受け取らない
「あー、だりぃ。」
「おーい、生きてるか?」
壱星は仕事続きで怠惰に陥っていた。
勿論それだけではない。帰還後に自身の黒歴史とも言える二つ名を広められ思い出され祭り上げられたせいでもある。
一応労働基準法に則って数日間の追加休暇や手当てを貰っているとはいえどもやる気がしない。
これで俺を動かせると思うなよ世間様よぉ。
「壱星、貴方宛ての通知が。」
うっ、とうとう出番が回ってきたか…
前回と同じく応用力の利く紅音と明魏を連れて行くか?
まあ取り合えず
「今日は買い出しに行くか。」
賛同してついてきたのが結良義 咲那だった。どうしてこいつが一緒なんだ…
に加え、咲那のグループの仲間が後を追ってきている。
咲那のグループの大半のメンバーは咲那の外と中身のイケメン力に堕ちている者で構成されている。咲那自身はそれを悪用して彼女らを利用しているわけではないが演技で自身に都合のいい空気感を支配しているのもまた事実。
結果として彼女に憧れを持った者が嫉妬心を持って、気がかりだと思ってストーカー行為になってしまっている。
方法も方法だ。普通に怪しいグラサンやマスクのファッションだけでなく、動物に化けたり高層ビルの屋上から監視したりマンホールから覗き込んだりステルス機能で近づいたり葉隠れの術で擬態したりとさまざまだ。気配は丸判りだがな。
咲那も気づいているのだろうが何度言っても言うことを聴かないから諦めたってところか。
「最近この辺に美味しいカフェテリアができたらしいんだけど、そこは本も揃っていて何よりスイーツが格別―」
「要するにお前が行きたいだけだろ?
いいよ。丁度俺も気になっていたところだし。」
「っ!うん!」
その後ストーカーさん方は過激化していった。
咲那がやりたいと言い出した“あーん”をしようとしたフォークを手裏剣やナイフで切断したり、俺の珈琲に窓の隙間を潜って睡眠薬を入れたりトイレにまきびし撒いたり魔法で本の中から狂暴植物を召喚したりとめちゃくちゃであった。
「ごめんね、僕の彼女たちがひと時を邪魔しちゃって。」
「いいよ。こんなんで倒れるほど軟じゃないしむしろ最近無駄なことに力を入れすぎたせいで手が落ちてるんじゃないかって思うから暇を弄ばなくていい。」
「まあ、本当の戦闘になると皆もっと格好いいんだけどね。」
カフェテリアを出てアクセサリーショップに入店するとそこにはあの
彼女は盛ったか弱い雰囲気を出した喋り方で話しかけてきた。
正直気持ち悪い。
「あれぇ?壱星君じゃあん♡もう気づいてくれたなら声を掛けてくれればよかったのにぃ。」
「えっと、壱くんこの人は知り合いかい?」
「ああ、こいつは...」
「初めまして、幸村・セルビアって言います。壱星君の将来の
「「「「「「フィアンセぇ!?」」」」」」」
今一瞬、咲那以外のストーカーも同じ声を上げたように聞こえた。かなり動揺している。
だけどこいつの言っていることは多分冗談。
手を引っ張ってカップル手繋ぎに見せかけて何か書かれたメモを渡された。
用があると言って通り過ぎていく際にセルビアは耳元で「君と僕だけの秘密。
君は真実を観ていない。」と囁きその場を颯爽と離れた。
メモをそっとポッケにしまうと気を取られていた俺に力強く咲那が圧のある笑顔で詳細を求めてきた。
隠れていた者どもも姿を現して一時パニック状態に。
俺の休みは休めるものではなくなってしまった気がする。
(その気持ち、本当なんだけどな…)
なんとか事を終えて自室に戻り、さっき渡されたメモを開く。
…また例のか。だって載っている言葉がそうとしか思えない。
『cher』
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