第8話 『灯台とイルカ』Ⅱ

 イルカの心に入る少年と少女。

 息のできる水中空間の中を進むとそこに映ったのはイルカから見ての狭くてストレスの溜まるような視界に映る世界の記憶。


 狭い水槽で飼われ、碌に外を見せてもらえず、多くの人が入れ替わり辛さしかなかった。

 その中で唯一救ってくれたのはここを愛してくれた少年だ。

 最初は怖かった。ずっとガラスの壁の向こうから知らぬ話しかけてきて眺められていることに。

 でも彼は私が無視しようともめげずに自分に語り掛け、共にいてくれた。

 嫌なものが好きになった瞬間だった。


 ある日、病気になった。

 苦しくて息がしづらくてとにかく生きることが嫌になった。

 それでも最後まで、大人が接触を拒むまで一緒に居続けようとした。


 流れ込んできた記憶に二人は涙した。

 あのイルカが現れた。きっと彼を死んだ後も探し続けていたのかもしれない。

 でも一緒にはいれない。運命だから。


 少年少女はそれを拒み、諦めようとしなかった。

 それを受け入れられないとしても二人の返事に顔を横に振った。


「さようなら。」


「さようなら。そしてありがとう、私と共に過ごしてくれて。」


 イルカは泣きながら離れる光の先に泳ぎ去り、二人は笑顔で見送った。



「ねえ。あの記憶って。」


「ああ。人二人分の記憶にしてはできすぎている。

 ここに来る前、白渦ゲートに入る瞬間抵抗するようなものを感じた。

 もしかするとイルカがあの爺さんの中にあって見守っていたのかもしれないな。」


「世界が混沌して魂という概念が明確なものになったからかもね。」


 二人は戻ってきた。俺は二人がこれからどう生きていきたいのかを問いた。

 その答えはもしかすると今ある現実の二人の姿なのかもしれない。




 二人の老夫婦は無事に夢園病から解放された。

 救助した人たちは駆けつけていた救急隊員によって中央病院に搬送された。


 しかし、死者が十人以上出てしまった。自衛隊員、夢園病患者、医者、看護師…

 遺品を渡された近親者はきっと辛いだろう。


「今回は、私が来てすぐの時みたいに助けられなかったな。」


「仕方がないって言うのは癪じゃないが、これが現実だ。

 俺らはヒーローじゃない。助けられる数にも限度がある。」


「…そうだな。」


 後の事は県庁や警察に任せておけば問題ない。

 事が済んで眠りに就くもの、食事をするもの、暗い感情を募らせるもの。

 それぞれが経験をして次に生かす。

 そうして生きていかなければならない辛い世界。


 外食後に帰って心が若い者や体力を大幅に使った者はもう寝ついてしまった。

 シベリアはシャワーを浴びているが、死と隣り合わせな経験はしているがどうも慣れない。気が晴れない。自身の力で助けられる命が少なくあっさりと終えてしまう。

 そのせいで疲れも取れる気がしなかった。



「夜風が気持ちいいですね。」


「加えてフォンのホットココアと満点の星がある。

 これだけでも助けよ助け。」


「…やっぱりシベリアさん、気持ちが沈んでいますね。」


「ああ。今までは剣技と優しさで守れるものが多かったからな。

 それだけじゃ助けられないということが目に見えて戸惑っているんだろう。」


 世界は彼女が思うより広く、また狭い。

 井の中の蛙大海を知らずということだ。

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