気泡
生みの親を探したいと兄ちゃんに相談し、
久美子さんと電話して
今週末には東北の方へと
向かうことが決定してから数日経ており、
なんと明明後日には
神奈川から旅立つことが決まっていた。
にもかかわらず、
数日間誰を誘おうかと悩んでおり、
案の定誰も誘えずにいたのだ。
ソファに寝転んだまま外を眺める。
開いているはずのカーテンからは
一切光が漏れて来なかった。
今日は雪のせいで
太陽は出勤していても
どうやら見えないらしい。
兄ちゃんは徐に窓を開いて、
薄いカーテンもめくっては
外の景色を見せようとしていた。
兄ちゃん「見てみろよ、雪えぐい。」
茉莉「寒いから窓閉めてー。」
兄ちゃん「1回見てみろって。」
茉莉「窓越しに見させてくれー。」
兄ちゃん「うーい。」
もこもこの靴下を地面につけ、
外を眺めるために立ち上がる。
見てみれば、見慣れたはずの景色は
白化粧をしており、
なんだか別世界のようだった。
兄ちゃん「うー、さむ。」
茉莉「まだ降ってんだ。」
兄ちゃん「むしろ降り始めじゃね?」
テレビでは大雪警報についてのニュースが
多くを占めており、
飛行機や電車など
交通機関に影響が出ている旨も
報道されていた。
兄ちゃん「よかったな、今日もとから受験理由の休校で。」
茉莉「でも勿体無い気分。」
兄ちゃん「あはは、それは確かに。」
茉莉「でも、これ受験生かわいそうだね。」
兄ちゃん「高校側のお知らせから目が離せないだろうな。」
茉莉「ね。」
兄ちゃん「茉莉の時もこんな感じだったっけ。」
茉莉「どうだっけ。でも去年雪降ったの3月くらいじゃなかった?」
兄ちゃん「そもそも雪って降ってたっけなあ。」
茉莉「あー、覚えてないや。一昨年は1月に積もってた気がするけど。」
兄ちゃん「ちゃんと冬してんな。」
茉莉「雪が冬判定なんだ。」
兄ちゃん「まあな。」
雪降る街を傍目に
暖房の効いたリビングのソファに寝転がり、
豪雪地帯のニュースを無意味に眺める。
冬の香りがサッシの隙間から流れ込み、
気ままに足を冷やしては
暖房の熱にかき消される。
そんな真冬の平日。
元より学校は休みだと知らされていても、
何だか仮病で休んで
1人知らない時間を歩んでいるよう。
今頃学校では授業が行われていて、
茉莉の知り得ない時間が
経ていると言われても
信じてしまいそうなほど。
雪に紛れて、頭の中をすっからかんにして
時間を溶かすことくらい
できるだろうと思っていたけれど、
どうやらそう簡単にはいかないらしい。
数日後、結局誰を誘うかという
悩ましき議題が脳内の半分近くを占めている。
さっさと決めて
連絡してしまえば良かったものの、
迷惑ではないかと考えるうちに
直前に提案して誘おうとする
より一層迷惑をかける事態に
陥ってしまっていた。
2泊3日とこんなにも長い間
私情で連れ回すことになるであろう。
そうだと容易に想像できるが故に、
迷惑をかけるのではないかと
内心怯えているのだった。
候補としては共に異変に
巻き込まれている誰か…だろう。
しかし、3年生は
受験があるだろうから難しく、
槙姉妹も何かと部活で忙しそう。
となると陽奈しかいないわけで。
それ以外の人たちであれば、
時点で湊も浮かんだけれど、
なんだか誘うには気が引けた。
羽澄も浮かんだけれど、
大学の話を聞くに不可能に近い。
他…といえば雨鯨のメンバーだったらしい
白もいるけれど、
話したことはないと言っても
過言ではないので
誘いづらいにも程がある。
結局時間の都合が合いそうで
1番心のうちを知っている人となると
やはり陽奈が思い浮かぶのだった。
茉莉「じゃあ勉強してこよっかな。」
兄ちゃん「ゲームでもよくね。」
茉莉「もう受験0年生らしい。」
兄ちゃん「早すぎるな。」
茉莉「ね。でもゲームもあり。」
兄ちゃん「いいじゃんいいじゃん。」
茉莉「悪い兄だ。」
兄ちゃん「あはは。」
朝ごはんの香りが未だ残るリビングから
やっとの思いで腰を上げて
自分の部屋へと篭った。
兄ちゃんも今日は
バイトもインターンもないようで
1日家篭りの日らしい、
とはいえパソコンで作業しているらしく
カタカタとキーボードを打つ音が
微かにドア越しに聞こえる時もあった。
部屋に入ってはスマホを手に取り、
さっきまでの兄ちゃんとの会話は
まるで全て嘘でしたと
言わんばかりにベッドに寝転ぶ。
この1ヶ月以内の間に
どれだけ心を決めることがあっただろう、
今日も、今回も腹を括る。
何か重大なことを決めたかのように
心臓に文鎮が置かれたような気持ちになる。
そして、陽奈の連絡先へと
文字を打ち始めた。
茉莉『久しぶり。急なことで申し訳ないんだけど、今週末の3連休って空いてたりする?』
これだけだと何のようで
連絡したかがわかりづらいだろうか。
何分も思い悩んだのち、
なんとか指を動かす。
茉莉『もしよければ2泊3日で一緒についてきてほしい場所があるの。』
家の中なのに手が悴んでいた。
暖房は付いているはずなのに。
茉莉『本当に急なことでごめん。』
そうひと言付け加えた。
こう書き足すのであれば
初めからもっと早く
行動していれば良かったのに。
いつだって「こうしていれば良かった」と
気づくのは後になってから。
後悔の多い人生なのかもしれないと
今になって思う。
人間の人生としては
当たり前といえば当たり前だろうけれど、
心うちに積もる不安は
雪よりも綺麗な色はしていなかった。
茉莉「…。」
ごろん、と寝返りを打ち、
今度はTwitterを眺める。
しょうもないツイートに
時々くすっと笑いながら
無意識のうちにスクロールをしている。
文字や映像の情報としては
頭に入っているはずで
それを処理しているはずなのに、
気がつけば、もし本当に
母親に会えたら…と考えてしまう。
何を聞けばいいのだろう。
ネットでは、
何故茉莉のことを捨てたのか
についてだったり、
お父さん、お母さんどちらか
片方にしか会えないようであれば、
そのもう片方の人格だとかについて
聞くものいいかもしれないと教えてくれた。
母親が捨てたのか、
父親が捨てたのか。
それとも2人こぞって
茉莉のことを捨てたのか。
無責任と憎悪の感情を
きっと受け止めなければ
いけなくなるのだろうなと
それとなく予想できてしまう。
茉莉のことを捨てた理由は
聞きたいとは思ったことある。
それは、誤解したくなかったから。
もしかしたら本当のお母さんは
茉莉のことを思ってくれていて、
もしかしたら、もっと一緒にいたいって
思ってくれていたかも…って。
そうかもしれないって
思いたいから。
でも、茉莉は思ってしまう。
どうせ捨てるなら産むなよ、と。
その責任が持てそうにないなら
欲だけで命を作るな、と。
捨てるために産むんじゃないはずだ。
…けれど、これこそ無責任な意見なのだろう、
茉莉が子供を産んだことが
あるわけでもないのだから。
そうして考えていると、
結婚や出産って幸せの象徴として
見られてきていたような気がするけれど、
一概にそうとは言えない時も
あるのだろうなと
話はどんどん広がりを持っていく。
が、頭がずうんと沈むように
痛くなってきた頃、
漸く上半身を起こした。
茉莉「…もういいや。」
そう言って頭の中の塵を取り払うかのように
勉強机に向かった。
陽奈の高校は午後から授業でも
あったのかもしれない、
夕方になって返事が来た。
陽奈『返事が遅くなってごめんね。お泊まりの件だけど、お母さんに聞いたら大丈夫だって…!でも、どこに泊まるかとかは教えてほしいって言われたよ。』
絵文字を少しばかり使用して、
優しく包み込むような
陽奈らしい文字列がそこにはあった。
本当に?と半信半疑になる一方、
急だったのにという申し訳なさ、
そして久美子さんの提示した条件を
クリアできる嬉しさが織り混ざって、
奇妙なほど不器用に口角が上がった。
素直な喜び方を知らない子供のよう。
それからどこで集合するか、
何が必要かなどを話し合ったり、
料金はあらかじめ茉莉の家の方で
出すことを伝えたりした。
初めは陽奈も「申し訳なさすぎて」と
拒否していたけれど、
茉莉の都合で無理に連れ回すのだし、
そのくらいはさせてほしいと懇願したところ、
苦いながらも了承してくれた。
陽奈の親御さんとしても
大変な判断だったと思う。
彼女は声を出すことができない。
だから、コミュニケーションの多くは
他の人に頼らざるを得ない。
しかも、同行するのは
茉莉だけの予定なのだ。
茉莉「…。」
誘ったからには、ついてきてもらうからには
茉莉が責任を取らなきゃいけない。
それこそ。
茉莉「…親の反面教師、ね。」
無責任にならないためにも。
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