同じ穴の狢

久美子さんに本当の親のことを聞いても

教えてもらえないまま電話を切ってから

既に2日経ていた。


また授業と授業の間の時間で

廊下をふらりと歩いていた。

理由のない散歩以下の散歩が

習慣になりつつある自分が怖い。

今は気晴らしとして

機能しているけれど、

気晴らしとして

機能しなくなった後の散歩の習慣は

一体どうなってしまうのだろう。

元からなかったかのように

そっと音もなく消えていくだけだろうか。


歩く場所は気分によって変わる。

人がいない場所がいいのか、

それとも人がいる方がいいのか、

はたまた外が見える方がいいのか、

室内だけがいいのか。

そして。


湊「あ、おまつりーん!」


誰かに会いたいのか。

話に行きたいのかによって

自由に変化していた。


後ろから大きな声がこちらに

飛んできたかと思えば、

首に大きな衝撃が加わった。

どうやら後ろから肩を組まれたようだ。


湊「ちょーど移動教室から帰るとこだったの!まつりんも?」


茉莉「んーん、茉莉は散歩。」


湊「そーだったのかい!」


近くだろうと声量が衰えることはなく、

そのままの元気な声で

茉莉に話しかけてくれた。

そっと肩から手を退けて

その場で立ち止まる。


湊「よく散歩すんの?」


茉莉「最近多いね。」


湊「あらら、そーなの!何かもやもやしてんのー?」


茉莉「んー、期末近いからじゃない?」


湊「本当にそれだけかにゃあ?」


茉莉「ま、今日の修学旅行関連のことは気が重いけど。でも前ほどじゃないよ。」


湊「そっか。よかったよかった。」


本当は湊に対して

母親のことを探してもいいかなんて

茉莉が決めるべきだろうことを

相談したかった。

ここ数週間、彼女と過ごす中で、

湊に相談するのは

怖がりすぎないでもいいだろうと

感じ始めていた。

というのも、彼女は人の悪口を

基本的に言わない。

きっと茉莉のことを話したって

その情報が大切で秘密にしたいものだと

分かっているのであれば、

誰かに漏らすことはまずないと

浅はかながら思ったのだ。


だが、実際のところ

茉莉の中では既に

答えは出ているはずなのだ。

お母さんのことは探したい。

でも直接聞いてもだめだった。

そうなのであれば、

別の手段を用いればいいだけではないか。

そこまでしてもお母さんを

探したいのであれば、

気になっているのであれば

気になり続けているのであれば、

探したらいいんじゃないか。


湊と話していると

妙に思考が整理されていくような

錯覚にすら陥りそうだった。


結局相談できないままに

何か話を逸さなければと

徐に口を開く。


茉莉「そう言えば、先週のグループワークありがとね。」


湊「ん、何がしたっけ?」


茉莉「ほら、行きたい場所決めるのとか。」


湊「あーね、お安い御用よ!


茉莉「プラネタリウム、本当によかったの?」


湊「うん!ってか、うちら5人だけの特別プラネタリウムやりたいなって思いついちゃって!」


茉莉「5人だけ…?」


湊「まだ他のみんなには内緒ね!って、先週の感じみんなわかってそうだったけどねん。」


茉莉「小型のプラネタリウムを買うってこと?」


湊「そー!通販で1万円もせずに買えるやつがたくさんあるんだよん。」


茉莉「へー、そうだったんだ。もしかして湊ってお嬢様だったりするの?」


湊「ん?一体どこをどう見たらそんな発想になるのかい?うちのイメージ、お嬢様ならバイトせず優雅にアフタヌーンティーを楽しむと思うんだ。偏見だけどねん。」


茉莉「バイトしてるからっていうのもあるんだろうけど、物をぽんぽん買おうとするのすごいなって。」


湊「そうかい?楽しみのためなら別に痛くもないよん。」


にこ、と満面の笑みでそう言った。

そして次には

「湊さんがどんな人なのか

分かっちゃったみたいだねぇ」と

探偵が謎を解いたかのように、

はたまた犯人が追い詰められた時のように

声にかっこよさを加えてそう言っていた。


茉莉「湊の脳内の9割は楽しみでできてそう。」


湊「あながち間違っちゃないかもね。お金使いに関してはまつりんもバイト始めたら気持ちがわかるよん。」


茉莉「ある意味な物欲と…あと、留年のこととか。」


湊「あーね。留年してもへっちゃらな顔してるからってことですわねー?」


茉莉「そう。」


湊のツイートを遡ったことがあるのだが、

留年になった際、

これはごまかしというか、

自分を落ち込ませないためという

意味合いもあったのかもしれないが、

「留年確定」「うちとしては心が軽い」と

一見的外れなことをツイートしていたのだ。

普通であればもっとちゃんとしていればとか

後悔の念が見えるものだと思っていた。


それに似た出来事として、

槙さん姉妹…悠里が事故に遭って

記憶を無くした時、

「事故に遭って良かったんじゃないか」と

ツイートしていた。

茉莉にはない感覚で

本当に理解ができなかったし

嫌悪感を覚えていた。


だからこそ、湊にもほんの少し

似た感情を持っているのだ。

その背景が理解できないと

どうにも彼女は

別の生命体にすら見えてきてしまいそう。

そうとまでは行かずとも、

少なくとも分かり合えないだろうと

思ってしまうに違いない。

できるのであれば、茉莉は湊のことを

理解したいなって思うし、

できるのであれば

修学旅行が終わったあとでも

仲良くしたいなと思う。


湊「茉莉さんや。」


茉莉「ん。」


湊「人には人の?」


茉莉「え、え?乳酸菌?」


湊「そゆこと!」


茉莉「待って待ってどういうこと?」


湊「人それぞれ理由はあるんだよーん。ま、うちの場合は居眠りのしすぎだけど。」


あくまで話すつもりはない。

そう言っているようにも見えたし、

今ここで話すには複雑すぎる、

はたまた今ここで話して

雰囲気を暗くする必要なんてないと

言っているかのように見えた。

何かを抱えていたとしても

決してそれを表に出そうとしない感覚で、

まるでアイドルを見ているような

気持ちにすらなっていく。


湊「んじゃ、また6限でねー!」


茉莉「うん、また。」


誤魔化すようにして質問したはいいものの、

答えが得られないほどには

信頼関係は築けていないようで、

寂しさを覚えたはずなのに

ほんの少しだけ

安心もあったような気がした


もしも茉莉が抱えきれないような

事情があるとすれば、

それを聞いたからには負う責任もあるだろう。

その責任とやらに

怖気付いたのかもしれない。

人の相談には

安易に乗らない方が良いいと言う人がいるのも

今になってようやく知った。


それから今日に限って

長く感じる授業時間を経て、

6限にたどり着く。

なんだかぼうっとしてしまって、

どんな内容を話したのかすら

あまり覚えていない。

長々と本当のお母さんのことを考えていた。


気持ちで押し切る気持ちだった。

何を言われたって大丈夫、

それほどに会いたかった

茉莉のせいなのだからと

割り切るつもりだった。

けれど、実際にそれをするとなると

どうにも足がすくむ。

会ったとして何を話せば良い?

茉莉のことを捨てたと

恨むも何も覚えていないのだから、

恨むにも難しい。

逆に恨まれていたらどうすればいいのだろう。

罪だと思って

謝った方が良いのだろうか。

それとももっと別の方向の…

また一緒に暮らそうと言われたら

どうするのだろう。


そのくらいに、決まったはずの覚悟が

揺らいではまた決まり、

そしてまた揺らぎを繰り返していた。

未玖にはいつもぼうっとしている人だと

思われている節もあるのだろう、

特に何も言われず、

湊や千穂は変わらず話を

回してくれていた。

ただ、渡邊さんだけが

ものすごく不機嫌そうな

雰囲気を纏っていたことは

それとなく勘づいていたけれど、

茉莉ができることはこれと言ってなく、

またもや微かながら

気まずい空気が流れながらも

グループワークと時間は進んでいった。


未玖「じゃあね。」


茉莉「うん。ばいばい。」


いつものように茉莉たちが

解散する前に既に

湊と渡邊さんは姿を消しており、

簡単な挨拶だけをして

その場を後にした。


冬の空を見ていると

どんどん気持ちまで

澱んでくるような気持ちになった。

実際逆なのだろう、

気持ちが澱んでいるから

暗く見えるのではないか。

どちらにせよ、今日たった今は

曇り空が広がっていることには変わりない。


普段通りなはずの足取りで

最寄り駅まで向かう。

駅では、いつぞやも

同じような光景を見た気がする、

渡邊さんが電車を待っていた。

きっと駅に着く直前に

電車がいってしまった…といった具合だろう、

彼女の態度やら言動やらを見るに、

茉莉たちとは一緒の電車に

乗りたくないようだった。

結局こうして茉莉と出会ってしまうことに

何となく同情しそうになる。


また茉莉がじっと

見てしまっていたのだろうか、

渡邊さんと目が合う。


そのまま通り過ぎようとすると、

なんとあろうことか

彼女が数歩進んで

茉莉の行手を阻むどころか

わざとあたりに来るように身を寄せた。

目を逸らしては

下を向いて歩いていたもので、

つい彼女に突っ込みそうになった

直前で立ち止まった。


彼方「ぼーっとしすぎ。」


茉莉「…たまたま。」


彼方「自分のところくらいちゃんとやれよ。」


茉莉「…?今の話じゃなくてグループワークの?」


彼方「そ。見てらんない。うざい。」


渡邊さんはどうやら

怒りの感情を携えているらしく、

茉莉のことを睨んだ後、

冷ややかな口調で言った。


彼方「自分から「できるところはやる」って言ったんじゃん。」


茉莉「それは…ごめん。」


茉莉自身が思っているより

酷い対応だったのかもしれない。

確かに何を聞かれても

「どうなんだろう」「難しいよね」と

はぐらかすような言葉ばかりを

口にしていた気がする。

湊や千穂がうまく話を回していて

それに甘えてばかりだった記憶がある。

元より会話は聞いていても

参加する方ではないけれど、

今日は群を抜いていたような気がした。


彼方「所詮根っこは変わんないんだよ。」


茉莉「…そっちもね。嫌がらせしたいだけでしょ。」


彼方「そう言って話ずらしてるからいつまで経っても子供なくせに。」


茉莉「…っ!」


子供。

それは渡邊さんだってそうのはず。

茉莉が子供なら

あの時、2年前…

…いや、もしかしたらもう少し前から

選択を間違った渡邊さんだって、

今こうして茉莉に突っかかってきては

言いたい放題言う渡邊さんだって

子供じゃないか。


瞬間湯沸かし機かと思うほど

かっとなって手を挙げてしまいたかった。

けれど、それじゃあそれこそ

彼女の思う壺だろう、

それこそ子供を抜け出せなくなってしまう。

ぐっと堪えるようにして

スカートを握りしめた。

悔しい時、人は本当に

スカートやら服やらを

握りしめるのかと思う。

行き場のない感情をどうすれば良いのか

てんでわからないのだ。


渡邊さんは変わらず見下すように

腕を組みながら言った。


彼方「やるならやりなよ、グループの話も今も。」


茉莉「…。」


彼方「腹括れよ。」


茉莉「今の話は…そりゃ殴りはしない。流石に茉莉はそこまで非道じゃないよ。」


彼方「じゃあ自分の言葉については?あれはやめるの?協働とか人を信頼して任せるか自分でやるかの2択でしょ。」


あれ、とはまさに

グループワークだとか、

茉莉自身ができることは

少し多めにやると言った

決心の言葉についてだろう。


変だった。

呼吸が浅いところにしか入らず、

息を吸った感覚にならない。


彼方「どうせ他人は信じらんない。あんたも同じ性分でしょ。」


茉莉「そんなことない。」


彼方「そう思い込んでるだけ。可哀想。」


茉莉「やるから黙ってよ。」


彼方「あんたはそっちの方が得意でしょうに。ずっと1人で何かしてる方が。」


茉莉「…。」


彼方「人を遠ざけるのがお得意ってこと。私もあんたも。」


他人を、茉莉を攻撃しながらも、

それ以上に自分を卑下しているのが

目についてしまって、

それこそ可哀想な人だと

煽るような文句が脳裏をよぎった。

茉莉は人を遠ざけているつもりはない。

話しかけてくれれば

それはもちろん嬉しいし話す。

関わること自体は嫌いじゃない。

けれど、1人になりたい時間があって、

1人になる時間が必要なだけ。

聞かれれば答えるし、

催促されれば話す。

それが遠ざけていると

言われている所以なのだろうか。


じゃあ、一体どうすればいいのだろう。

1人になりたい気持ちを抑えて

たとえ苦しくなってこようと

人と過ごしていれば正解だろうか。

きっとそんなことはない。

そうであれば、彼女の言葉も

茉莉の性格を鵜呑みにして、

人を遠ざける人だと

受け入れる他ないのだろうか。


最近羽澄やお母さんのことが

あったが故に、

どうしてもその言葉が

脳裏に引っかかって取れない。

喉に魚の小骨が刺さったように、

何度唾を飲み込んで

流そうとしたって

その場からいなくなってくれない。


彼方「同じでしょ。」


茉莉「…うるさい。やっぱ変わってない。」


彼方「あんたもね。」


全部鼻につく言葉で返される。

このままここにいたって埒が開かない。

苦い思いをし続けるくらいならと

ここを離れるよう踏み出す。

こうして渡邊さんを

遠ざけるしか方法がなかった。


仕方ない。

そう言い聞かせる茉莉がいた。

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