ひとり風味

土日なんて儚いと表現しても

差し支えないほど

あっという間に過ぎ去った。

雪を電子レンジで

溶かしてしまったのかと思うほど

休みの時間は過ぎ去るのが早い。

そう言っておきながら

何か有意義な時間を

過ごしているわけでもないけれど。

それに比べて授業なり

登校、下校の時間は

びっくりするほど長く感じる。

これこそ有意義ではあるはずなのに。

一般的に有意義なものほど

時間の経過は遅く感じたり

するのだろうか。


こうして考えを授業から逸らし、

別のことを考えたり

眠っていたりすると

案外時間は埋まっていった。


未玖「茉莉さーん?」


茉莉「ん?何ー?」


未玖「どうしちゃったの。今日はあれだね、一段とぼうっとしてるね。」


茉莉「そんな、いつもぼうっとしてるみたいなー。」


未玖「あはは、割とそうだよ。」


茉莉「なにぃー。」


未玖「あはは、ごめんごめん。でも本当に心ここに在らずって感じ。」


帰りのホームルームが終わって

すぐに教室を出ればよかったのに、

時々起こる、帰るのが面倒くさい状態に

なってしまい、

教室内でぼうっとしていた。

お風呂に浸かっていた時にもたまになる、

出る方が面倒くさくなる、

というやつに似ている。


未玖「やっぱり修学旅行の班のこと?」


茉莉「え?」


未玖「え?って…ほら、あの渡邊さんだっけ、と前何かあったみたいなこと言ってなかったっけ。」


茉莉「あ…完全に忘れてた。」


未玖「あ、忘れてたんだ。なら心配ないか。」


茉莉「そういえば明後日だっけ。班で集まるの。」


未玖「そうだね。今度は個人じゃないって誰か言ってた気がする。担任だっけ。」


茉莉「わかんない。話聞いてなかった。」


未玖「あはは、もー。何やってんの。」


彼女は相変わらず

明るい雰囲気でそう言って

楽しそうに笑っていた。

未玖は人見知りであるんだろうけど、

こうして人となりを知って話す分には

陽気な子で話していて

こちらまで明るくなれるような気がする。


未玖「じゃあぼうっとしすぎて事故に遭ったりしないようにね。」


茉莉「うん。またねー。」


未玖「また明日!」


未玖は茉莉がどうして

ぼうっとしていたのか、

何か悩み事があるかもと

思わなかっただけかもしれないが、

何も聞かずしてそのまま

笑顔で立ち去ってくれた。

それがありがたくもあり、

1人取り残されたような気分を

勝手に味わっては、

ほんの少しだけ寂しさも覚えたよう。


茉莉「…帰るかぁ。」


ここでスマホを開いて

昼間のことを確かめてもよかったのだが、

その勇気がわかず

結局鞄にしまい込んでしまった。


昼休みの間、勇気を出してTwitterに

茉莉の昔の友人について

知っている人がいないかと

問いかけてみたのだ。

何故か茉莉の過去のことや

現在のことについて

誰かが情報を漏らしているらしく、

何かと知っている人がいるらしい。

恐怖を覚えると同時に、

それならば利用してやるしかないといった

反感のような心まで湧いてゆく。

けれど、もし本当に全てのことを

知られているのであるとすれば、

いつだって犯罪に

遭ってしまうかもしれないし、

それこそ末必の故意で

事故を起こすことだって

できるかもしれない。


茉莉「…っ。」


冬の気温のせいだろうか、

いつも以上に空がくすんで見えた。


そうか。

茉莉たち巻き込まれたみんなは

いつだって命を奪われる状況に

あるのかもしれない。

ある意味時限爆弾のくっついた

首輪を付けられているのと

一緒なのではないか。


…なんて、ゲームのやりすぎかな。

飛躍しすぎているようにも思うけれど。

実際、客観的に見て

どうなのだろうか。


家についてすぐ

またベッドに寝転がる。

最近帰ってはすぐに

大の字で寝転がることが

ルーティン化しているせいで、

机に向かう習慣が溶けて

なくなってしまった。

もうすぐ…とはいえあと1年あるけれど、

受験生になると言うのに。


茉莉「…。」


昼間のことを思い出す。

それは、腹を括って

Twitterで茉莉の昔の友人について

聞いたことだった。



『茉莉のことを知っている方に

聞きたいことがあります。

茉莉の昔の友人を探しているんですが

知ってたりしませんか。

わかってること

・シマというあだ名で呼んでた

・逸れた当時(10年くらい前)で

 茉莉より確か年上

ほぼほぼ情報ありませんが

もし何か知ってる方いたらリプください。

お願いします。』



というツイートをしたのだ。

その結果を見るのが怖くて

寝転がっていたのだけれど、

夜になってもそうしているわけにはいかない。

何時間経ただろう、

窓の外が暗くなってきたのを

視界の隅で確認しながら

そっとスマホを手に取った。

ずっと動画を見ていたせいで

充電はからから、

おまけに本体が少しだけ

暑くなっている。

これはただ単に

スマホが頑張っている証拠なのか、

茉莉の熱なのか

わかったものじゃない。


恐る恐るTwitterを開いた。

すると。


茉莉「…!」


そこには、どこから仕入れた情報なのか

「関場羽澄」という人が

どうやらシマであるという

文字列が並んでいた。

いくらネットであれ見つからないだろうと

ある程度腹を括っていた、

将又諦めかけていたものだから、

本当に見つかるなんて

信じられなかった。


本当にシマなのだろうか。

それだけ疑問に思うも、

けれど、彼女なのだろうと

信じる他なかった。

縋れるものがこれしかなかった。


それからなんと

個別で連絡を取ることになり、

DMで言葉を交わす。

普段DMやLINEで

怖いと思うことはあまりないけれど、

今回はその限りではない。


周りの人が言うに、

この羽澄と言う人が

長いこと探していたシマなのだ。

もしかしたら嘘を

言われているのかもしれない。

けれど、もし本当だったら。

本物のシマだったら。


茉莉『こんばんは。急に連絡してしまってすみません。』


指が震えそうになる。

震えていたとしてもきっと

冬だし寒いからだと

適当な言い訳を脳内で考える。

妙に心拍が早い。

耳や顔に血がものすごい速度で

巡っているのがわかる。

さっきまで手先は

動かしづらいほどには

冷えていたはずなのに、

今では手汗が沸るほど

暖かくなり切っている。


羽澄さんもスマホを手に持っていたのか、

すぐに既読がついた。

いくつかの顔文字と一緒に

送信されてくるあたり、

もしかしたら陽気な人なのかもしれない。


羽澄『こんばんは!とんでもありません、連絡嬉しいです!ところで、羽澄のことを探していると聞きましたが…。』


茉莉『そうなんです。単刀直入にお聞きしますが、羽澄さんは10年ほど児童養護施設から2人で逃げ出したのを覚えていますか…?その一緒にあそこから逃げ出した茉莉です。』


もっと詳細に書きたかった。

雪景色の中2人で駆け出して、

電車に乗っている時に

シマは歌を歌ってくれて。

田舎や都会の景色を

交互に見ながら

ぼうっと話を続けたことまで。


でも、なんて言えばいいのか

どうしてもわからなくなってしまって

そればかりの文字だけを送信した。


入力中であろう

無言の時をただ過ごす。

待つだけ。

待つことしかできない。

1分、1秒がいつも以上に

長く長く感じる。

時計の針が進まない。

今だけ時間が止まっているかのよう。

今ならこのスマホを

窓の外に放り投げたって、

どこかでぴた、と

止まってしまうのではないかと

思ってしまうほど。


そして、時間にして約1分も

経ていない頃だったろう。

返信がきたのだ。


茉莉「…!」


羽澄『本当に申し訳ないんですが、羽澄は忘れてしまっているみたいで…。ごめんなさい。』


茉莉「…。」


文字から心底申し訳ないと

思っているのだろうなと

自然に感じてしまう。

そう思っていないと、

そちらの方向へと

意識を向けていないと、

今目の前に空いた落とし穴に

そのまま突っ込んでいきそうな感じがした。


茉莉「……くははっ…そりゃそっか。」


逃げ出した当時の年齢も

茉莉より年上だし、

物心はあったはずだから

覚えてるだろうなんて

安易な考えすぎたんだ。

そうだ。

そんな劇的な再会なんてないんだ。


茉莉「…むしろ、茉莉が覚えてる方がすごいだけだったりして。」


なんとなく、目頭が熱くなった。

なんとなく裏切られたような気持ちになった。

なんとなく1人になったような気がした。


茉莉の周りにはいろんな人がいる。

巻き込まれた友達、育ての親、

兄ちゃん、ネットで繋がった人。

今回こうしてシマと、

羽澄と連絡を取れたのだって

ネットの人たちのおかげだ。

1人じゃない。

1人の力でもに。

そのはずなのに。


茉莉は1人になったんだって

直感的にそう感じた。


茉莉『本当に覚えてないの…?』


羽澄『ごめんなさい…。逃げ出した事実は覚えているんですけど、その先どうして最近までいた方の施設で引き取られることになったのかあまり覚えていないんです。多分羽澄が嫌だと駄々を捏ねたんだろうとは思いますが…。』


羽澄の字が震えて見える。

文字だって冬のせいで

寒がっているみたい。

手がうまく動いてくれない。


そっか。

茉莉と羽澄の間には10年の時が空いている。

その間に何があったかなんて

何にも知らない。

たった今、羽澄は最近まで

児童養護施設で暮らしていたんだって

知ったくらい。


そっか。

羽澄は茉莉のこと

覚えていなかったんだ。


茉莉『そうだったんですね。』


羽澄『はい。』


茉莉『そういえば昔、シマが苗字に入ってたりしましたか?羽澄さんのことをシマって呼んでいた記憶があって気になったんです。』


羽澄『今は関場なんですけど、昔は島田だった気がします。本当に羽澄のことを知ってるみたいでびっくりしました。』


すぐさま

『あ、疑っていたわけではなくて!』と

文字が続いている。


確かに、突如10年前の知り合いが

「あなたのことを知っています」、

「あなたを探してました」なんて

連絡が入ったら怖くもなる。

身に覚えのない人であれば尚更

身構えはするだろう。

それなのに、こんなに親身に

対応してくれて感謝しかない。


長くメッセージを続けていても

迷惑になってしまうと思い、

後ろ髪引かれる思いをしながらも

そろそろ終わりの言葉を

考えなきゃなと思っている時だった。

視界の隅でメッセージが

送られてきたのが見えた。


羽澄『急ですみませんが、茉莉ちゃんは今どのあたりに住んでいますか?もし予定が合えばなんですが、今週末、関東あたりで会って少しお話ししませんか。』


茉莉「え。」


その言葉を見て

一瞬思考も、もちろん手も

何もかもが止まった。


茉莉の最後の記憶の中の彼女は

髪が短かったっけ、長かったっけ。

それすらだいぶ危うい。

今文面だから

なんとか落ち着こうとすることはできるけど、

会ったら、会ってしまったら。

本当にいいのだろうか。

嬉しさと困惑のふたつが

混濁してしまって

手が震えそうになった。

喉が酷く乾いているのが

これでもかと言うほどわかる。

舌と口の裏が

くっついてしまいそうなほど。


それでも。

やっぱり会ってみたい。


知りたい。

空白の10年間のこと、

離れ離れになった後、

羽澄がどんな人生を歩んだのかを知りたい。


そして、これから先

友達として過ごせる

未来があるのか、知りたい。


茉莉『羽澄さんがよければぜひ。茉莉は神奈川に住んでます。』


羽澄『本当ですか!羽澄もです!そしたらー』


勝手に次々に話が進んでいくようで、

茉莉もちゃんと返事をしていた。

そうして流れるように、

はたまた川に足を突っ込んで

川下へと自らの足で

しっかり踏み出していくように。


数分のメッセージのやり取りだったけれど、

今後の長い人生の中で

何か重要なものを

決定づけられるような、

崖の淵に立っているような気分になった。

やり取りがひと段落つき、

そこで漸くスマホを置く。


茉莉「…。」


どうやら本当に

10年前に逸れたシマと出会うらしい。

羽澄と、出会うらしい。

羽澄は「来れなくなりそうだったら

言ってくれれば大丈夫ですから」と

ひと言添えていたっけ。

言葉からだろうか、

もしかしたら何かしら怯えているような、

不安、不満がっているような印象を

与えてしまったのかもしれない。

それか、逃げ道を

用意してくれたかだろう。


茉莉「……今週末…。」


改めてカレンダーを見返す。

そこには今日の日付と

今週末の日付が目に飛び込んできた。

どうやら5日ほど後になれば

10年ぶりの再会が待っているらしかった。

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