四季の泡

先生「えー、前回の総合の時間ではグループ決めをしていただきましたが、今回は各自で修学旅行先のことを調べててもらいます。」


それが木曜日早々耳にした言葉だった。

毎週集まって何かするかと思っていたのだが

個人学習の時間もあるらしい。

調べたことをまとめて

グループで発表するなんてことも

あると耳にしていたものだから

ずっと気を張らなければと思っていた。

発表はあろうとなかろうと

どちらにせよ自由時間に

どこにいくのかという話し合いくらいは

しなければならないだろうな。

今から気が重たくて仕方がない。


いつも通り木曜日の最後の授業が

総合の時間となっており、

数学やら何やらを乗り越えて

その時間にたどり着いていた。


スマホを取り出して

修学旅行先である北海道について調べる。

あくまで調べ学習だし

楽しいことはこれと言ってない。

修学旅行は旅行ではあるけど

修学でもあるから

考えなしに楽しめないところが難しい。


ここまで難しく考えてる人は

あまりいないだろうななんて思いながら

調べ学習を進めて、

気づけば放課後になっていた。


茉莉「…。」


そそくさと帰る準備をする。

思えば未玖とよく

一緒にいるとはいうものの、

行きや帰りでも

一緒というわけではない。

何かと1人の時間が多いのだ。

それを苦に思っているわけでもなく

恥じているわけでもない。

ただ1人でいる方が

ちょうど型にはまるような、

パズルピースがぴったり合うような、

そんな心地よさがあるのだ。

世間では人との関わり合いが

あるほうがいいなんて言われたり、

友達は多い方がいいとも言われているけれど、

個人的には狭く深くがしっくりきた。


小さい頃から交友関係は

広くはなかった。

中学生の時もよくつるむ人が

1、2人居ただけ。

小学生時代の茉莉も

人と関わるのが苦手で

ずっと1人で泥団子を作っていたり

虫の更新を眺めたりしていた。

アブラゼミの声と手に張り付く砂、

帽子を被っているのに滴る汗。

1人で黙々と何か

集中できることをしていた。

他の出来事が、過去の出来事が

脳内を掠める瞬間、

妙な心の痛みが走り

苦虫を噛み潰したような、

心が軋む感触があったから

見ないようにしたかった。


それより以前は…

更に寡黙だった記憶がある。

児童養護施設にいた時、

あれだけ多くの子供達と

一緒に過ごしていたのに、

これと言って仲良くなった人はいなかった。

周りの人の多くは年上で

みんないい人ではあった、と思う。

けど、みんなそれぞれに何かを抱えていて

それが暴発する時だってあった。

中学生や高校生の人ほど

大人に見切りをつけている

気がしたのを覚えている。

茉莉もああなるんだろうなって

無意識のうちに思っていた気すらする。

可愛がってもらえるとかはなかった。

だってみんな自分のことで

大変そうだったから。


シマとだって逃げ出したその日に

仲良くなったようなものだし

…実際、その1日だけが

シマとの記憶でしかないわけで。

だからあそこでも1人だった。


それより過去の記憶はない。

本当のお母さんと

どのような時間を過ごしたのか、

そもそも過ごしたのかすらわからない。

1秒くらいは一緒にいたと思うんだけどな。

当たり前の如く覚えていない。


でも、やっぱり

探したいと思ってしまう。


茉莉「…あ?」


考え事をしていると

いつの間にか家の近くまで

たどり着いていた。

想いに耽るあまり

まるでワープしてしまったよう。

でも、ところどころ

外を歩いた記憶や電車に乗った記憶が霞む。

ちゃんと自分の足で

帰ってきていたらしい。


兄ちゃんとここに越してきて

もう1、2年くらい経つ。

2人暮らしは初めあれこれ遠慮したり

気を遣ったりしていた気がするけど、

なんだかんだで少しずつ解れてきた。


かちり。

乾いた冬らしい音が鳴り響く。

そして家の中には誰もいない。

いつも通り、ひとりぼっち。

兄ちゃんは最近バイトの他にも

長期インターンなり

面接練習なりで大変らしい。

大学3年生だというのに

既にことは動いているようだ。


茉莉「たでまー。」


1人だからと気楽に声を飛ばす。

鍵を閉める音が

今度は重々しく聞こえた。

外から開ける時は

もう少し明るい音だった気がするのに。

やっぱり家の中から閉める時は

鍵側の気分も窮屈になるものなのだろうか。


自分の部屋に鞄を投げて、

まずは布団に顔を埋める。

何もしたくないなとすら

思ってしまう自分に反感。

テレビだけでもつけて

何かしら音を取り入れようか迷ったが、

それだけで解決できるような

考え事ではないかと

動くことすらやめた。


今1番気になっていること。

それがシマの行方だった。

たった1日しか

長く共にいたことはないのに、

茉莉にとってこれだけ

大きな存在になっているのだから、

なんだかんだでいい思い出と

なっているのだろう。


茉莉はその一件で

人生はこの通り

180度変わったわけだけれど、

シマ自身はどう思っているのだろう。

感謝しろ、と思ってるかな。

それとも茉莉の人生が変わって

酷い目に遭っていないか

心配してたりして。

…それはないか。

記憶にある限りのシマの性格は

ガキ大将のようなものだ。

これらの空想全てが

シマが茉莉のことを

覚えている前提でしかないのに。


シマのことを知るには

きっと茉莉たちのいた児童養護施設にも

確認を取らなければならず、

その場所を茉莉は知らない。

兄ちゃんはどうかさておき、

育ての親しか知らないのだ。

しかし、中学生の時に聞いたら

「子どもだから」と、

「まだ早い」と突っぱねられ

教えてはもらえなかった。

今思えば中学生にそのことを伝えるのは

酷だったのかもしれないなと

ほんの少しばかりは思う。

けれど、今や高校生。

教えてもらえるに違いない。


…そう思ってはいたのだが、

また教えてもらえなかったら

どうしようだなんて

小さい不安と不満が募る。

かと言ってシマのことを

頭から離すなんて容易にはできない。


散々迷った結果、

茉莉の過去の多くを知っている人に、

陽奈に連絡を取ることにした。

どうして身内でもないのに、と

思うかもしれないが、

茉莉個人的に1番

相談しやすい人だった。


他校なので詳しいことは不明だが、

授業が終わってしばらく経ていると踏み

連絡を入れようとした。

が。


茉莉「…あ。」


「お疲れ様」、そして

「今時間があれば電話かけていい?」

とまで打ってはっとする。

電話できないんだった、と。

陽奈は声を出すことができなくなって

もうどのくらい立つのだろう。

もう生活には慣れたのだろうか。

不便なこともあるだろうけど、

辛い思いせずに生きれたら…

…そんなのは綺麗事にしかすぎないか。

半ば考えることを諦め、

メッセージだけで

やり取りできるかを問うた。


茉莉『少しだけ相談したいことがあってさ。今時間大丈夫?』


すると、暇だったのか

すぐに既読がついた。

可愛い絵文字が隅に見える。


陽奈『うん、大丈夫。』


茉莉『ありがと!』


一拍だけ心の中で数えてから

ゆっくりと文字を打つ。

陽奈は茉莉の過去のことを

色々と知っているのだから、

今更怖がる必要なんてないと

何度も唱えていた。


茉莉『今ね、茉莉が小さい頃の友達を探してるの。…覚えてるかな、扉の先で見たと思うんだけど。』


陽奈『電車のところ?』


茉莉『そう!座ってた目の前に、小さい頃の茉莉とその友達がいたの。』


陽奈『その子を探してるんだ。』


茉莉『うん。』


あの時、何で自分の過去のことを

吐露してしまったのかわからない。

切羽詰まっていたのだろうか。

それとも、陽奈には

相談してもいいと、

信頼できる人だと判断したのだろうか。

あの扉の先のことを

もう1度思い浮かべてみる。


幼いシマと茉莉と雪景色を。





°°°°°





茉莉『あれね、あの前にね。…茉莉、施設から逃げ出してきたの。』


陽奈『…。』


茉莉『あ、やばい施設とかじゃなくって、児童養護施設ね。』


陽奈『…。』


茉莉『その、さっき言った思い出せない大切な友達に誘われて、2人で逃げたの。』


陽奈『…。』


茉莉『理由は…確か、施設内で職員からのいじめがどうこう…みたいな感じだった気がする。もう何年も前だし、定かじゃないけど。』


陽奈『…。』


茉莉『その施設があった場所には毎年冬に雪が降ってた。』


陽奈『…!』


茉莉『…茉莉とあの子を…目の前にいるちっちゃい茉莉の隣にいる…この子を繋いでくれるのは、唯一雪の降る景色な気がしてるんだ。』



---



茉莉『ずぅっと電車に乗ってさ。乗り継いで乗り継いで…なんとかものすごい都会にまでたどり着いたんだ。多分、東京のどこか。』


陽奈『…。』


茉莉『それでね、茉莉がちょっとトイレに行った隙に、この子とはぐれた。』


陽奈『…。』


茉莉『それが最後。』


陽奈『…。』


茉莉『…それ以来、その子がどうなったのか全くわからない。どうしてあの時いなくなったのかも、今生きているかも全て謎のまま。』


陽奈『…。』


茉莉『時々思い返すの。この逃げている電車内のこと。…楽しかったなって。』


陽奈『…。』





°°°°°





陽奈は静かに

…声を出せないのだから

そうするしかなかったのかも知れないけど、

それでも優しさを持ってして

隣で聞いてくれていたのを覚えている。


振り返ってみて思うのが、

逸れた時、本当に茉莉は

お手洗いに行っていたのかということ。

随分と昔の記憶なものだから、

逸れたと言うことはわかっていても

その前後で何をしたかまでは

あまり定かではなかった。

逸れて、その後当時ちっちゃかった

兄ちゃんに声をかけられて、

そのままー。


茉莉『探してるんだけど…どうすればいいかなって。』


陽奈『確かに1億人以上から1人を探すのは…。』


茉莉『同じ児童養護施設だったっていう繋がりはあるけど…それだけで見つかるもんなのかな。』


陽奈『昔茉莉ちゃんがいた施設に連絡してみたらどうかな。』


茉莉『それが教えてもらえないんだよね。昔、中学生の時に聞いたけど子どもだからか駄目って言われたの。』


陽奈『そうだったんだ…。他に施設のことや場所を知ってる人は…?』


茉莉『いないと思う。わんちゃん兄ちゃんが知ってるかもってくらい。』


陽奈『駄目元かもしれないけど親御さんに聞くか、他のご家族に聞くか…かもね。』


茉莉「…だぁーよねぇ。」


陽奈に聞こえていないことをいいことに

大きなため息と共にそう吐いていた。

きっと陽奈に聞いたって

これ以上情報が出てこないのはわかっていた。

ただ単に応援して欲しかったというか、

逃げたかっただけなのだ。


茉莉『ありがと、すっきりしたし今後何すればいいか割と決まったかも。』


陽奈『よかった。あまり力になれなくてごめんね。』


そんなことないよ。

いつも力になってくれて

ありがとうとすら

打とうとした時。

先に陽奈からのメッセージが

画面上に表示された。


陽奈『茉莉ちゃんならきっと見つけられるよ。』


たったそのひと言。

そしてその後に送られた

可愛らしいスタンプ。


妙に耳に血が行き渡り、

頬や目元が暖かくなるような気がした。

それだけでどれほど

救われたような気持ちになれたろう。

大丈夫だよ、信じて進んでいいよと

前進するための許可を

得たような気になっていた。


陽奈がそういうのだから大丈夫。

そんな気持ちにすらなっていく。


茉莉『ありがとう。また何かあったら連絡するかも。』


それを最後にスマホを閉じる。

真っ暗な画面に、

布団の上に散った髪の毛と

疲れていそうな茉莉の顔が映った。


茉莉「…はぁ。」


そしてまた大きくため息を吐く。

家鳴りこそしなかったが、

ここら一帯の空気が

ずしんと重くなったような気がした。


でも、大丈夫だと、

見つけられると陽奈も言っていたし

信じて進むしかない。


そろそろ腹を括らなきゃ

ならない時なのかもしれないと

胸の辺りがぞわぞわと鳥肌立つような

感覚を覚えながらそう思った。

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