深爪

修学旅行の班を決めてから数日が経た。

その間に既に1月は半分を終え、

共通テストも終わっていったらしい。

1年のうち24分の1が終わったと思えば

そのスピードに驚く他ない。


変化のなさそうな日々だけれど、

高校1年生とはいえ

受験の話が出てきていたり、

はたまた例の

修学旅行の話も時折耳にする。

最近は何だか

未来の話が増えているように思う。

置いてけぼりにされているようで

意味もなく焦りそうになった。


茉莉「…。」


一斉にかりかりと

机の上で黒鉛の転ぶ音がする。

ああ、そうだ。

今は小テスト中なのだった。

はっとして止まっていた手を動かす。

緊張からか単なるミスか、

文字を書き間違えてしまっては

小さくなった消しゴムを手にする。

そしてまたシャーペンを握る。


静かなのが心地いいと

感じてしまうもので、

みんなで静かに一斉に

同じことをしているのが、

言葉にするのは難しいのだが

ぬるま湯に浸り続けているようで

わずかに心地よかった。

茉莉の、肩からはみ出した個性や過去も

今の状態では隠れているような気がした。


茉莉自身、重い過去を

背負っているわけではない。

加えて、修学旅行のことを除くと

今、葛藤という葛藤が

あるわけでもない。

受験のこともすぐには

考えたくていいだろうし、

暇だなと思うことはあるけどそれまで。

だからこれと言って

不幸というわけじゃない。

むしろ幸福な方だと思う。

親と呼べる人がいて、

兄と呼べる親しい人がいて、

楽しい話題で盛り上がれる友人もいる。


だけど、茉莉は周囲から

少しだけずれているように感じる時があった。

イメージで語るなれば、

地球儀に棘が生えるように

時折馴染めていないと思ってしまうのだ。

だから、今のような

みんな統一された場所、空間は

心の収まりが良かったのだ。


合わせていれば

勝手に時間は過ぎてくれる。

だから好きだった。

だから楽だった。


茉莉「…。」


…あーあ。

話を聞く限り、

大学ではそうも行かないんだろうな。


あーあ。

修学旅行のことを相談するにしても

未玖に自分の過去を

話すまでもない…というか。

話さなくてもいいかなと

思ってしまうし、

結局湊って人と茉莉とでは

これまでどんな関係地を結んでいたのか

全くもってわからないまま。


そうだ。

今日の放課後は暇だし、

湊の雰囲気を見るに

適当な返事でもして

元気づけてくれるかもしれない。

まるで元気づけてもらいたいが故に

話しかけに行くようなものじゃないかと

疑問が浮かんでは笑ってしまう。

人と関わるのが面倒なんて言いながら

なんだかんだ人を頼っているのだから。


小テストと授業を終えると

いつものように未玖と話したり、

また授業が始まって

ペンを回してみたり。

何となく窮屈に感じたのかもしれない、

放課後になって早々

荷物をまとめて廊下に出た。


何となく。

そう、何となく。

授業中でも考えていた。

考えていてふと思った。

未玖でもない人に

話を聞いて欲しいのかもしれない。


班決めの時にクラスを聞いていたので

すぐさま向かうと、

ちょうど彼女が廊下に顔を出した時だった。


湊「うおっと…っておまつりん?」


茉莉「やほ。」


湊「何か用事?」


湊は何か急いでいそうだったのに、

迷うことなく足を止めて

こちらを見つめていた。

さっきまであれこれ話したいと

思いながら考えて歩いていたはずなのに、

いざ目の前にすると

何だか吹っ飛んでしまった。

緊張でもしていたのか、

それとも元気そうな彼女を見て

それとなく元気が出たのか。


茉莉「んー…いいや、特に。」


湊「そお?」


茉莉「うん。たまたま歩いてただけ。」


湊「ふぅん?」


口角を妙に少し上げて

嬉しそうに笑みを堪える湊が

一体何を考えているのか

今は特にわからなかった。

今の一瞬で彼女の脳裏には

何がよぎったのだろう…?


茉莉「なになに。」


湊「いーや、素直じゃないなあってだーけ。」


茉莉「…茉莉の話?」


湊「あったり前よん。この後忙し?」


茉莉「暇だよ。」


湊「んじゃあ食堂行こ!うちカツ系食べたーい!」


茉莉「え、え?」


湊「ほうら早くー。」


駆け足で廊下を走り

階段を駆け降りていく彼女。

一瞬きょとんとしたのが悪手だったようで、

すぐに姿を見失った。

食堂に向かって足を進める。


何を思ったのだろう、

湊は何を感じ取ったのだろうか。

あの一瞬の会話で

そんなにわかるものだろうか。


食堂に行ってみれば

既に食券を買い終えた後だったのか

買いに行っている姿を見かけた。

券売機の近くで待っていると、

手元にはカツ丼ではなく

なぜかうどんが乗ったトレーを持って

こちらに恐る恐るよってきた。

汁がこぼれないように

気をつけているようだ。


湊に連れられるようにして

窓際の席に座る。

まだ帰りのホームルームが

終わってすぐだったからか、

生徒はほぼいなかった。

対面に座った湊は鞄を下ろした後

嬉しそうな顔をして

すぐに手を合わせた。


湊「いただきまーす。」


茉莉「さっきはカツ系って…。」


湊「いざ選択を迫られたら迷った挙句、内心決めてたのとは違ったのを選ぶってことあるでしょ?」


茉莉「あるかなぁ。」


湊「現に今、うちにあったっしょ?」


茉莉「確かに。」


湊「これ、なんで起こるか知ってる?」


茉莉「湊の気分でしょ。」


湊「それもある。うちが変わったか、選ばれる側が変わったかの2択しかないんだよね。」


茉莉「えっと…何の話?」


湊「体をあっためるにはカツ丼よりうどんだったってこと!ほら、どっちにしろ「どん」ってついてるしあんま変わりないってことで。」


どうやら湊は、

決めていたものよりも

上位の選択肢が現れた…とでも

言いたいのだろう。

そもそも食堂に来たのは

カツが食べたいんじゃなくて

何かを食べることで

温まりたいというのが目的らしい。

教室は十分に暖かかっただろうし

不思議に思っていたけれど、

「あちち」と言いながらも

麺を啜る彼女を見ていたら

どうでも良くなってきた。


湊「んでさ、まつりんはなぁに悩んでんの?」


茉莉「え?」


湊「え?って…違ったかなん?」


茉莉「あー…いや、完全に違うとは言えないけど、別にそこまで重くは捉えてないよ。」


湊「嘘つけい。重く捉えてないならわざわざ…ふー…ふー……あちちっ。」


茉莉「落ち着いてー。食べてからでいいからー。」


湊「まあまあ、どぅどぅ。実は猫舌なもんでさ。」


茉莉「…なんでうどんにしたの?」


湊「最初に言ったでしょ?温まるのはこっち!」


お箸を置いては

お椀を包むように手をあてる。

手先が冷えていたのかと思えば

すぐにお箸を手に取った。


湊「そうそう、話の途中だったっけ。重く捉えてないならわざわざうちの前で立ち止まらないし、班決めの時にあんな顔しないとうちは思うんだよ。」


茉莉「…そんな酷い顔してた?」


湊「酷いっていうか…なんかねー、人の心を捨てた感じしてたよん。」


茉莉「くはは…どういうことー。」


湊「いやあ、これがまた比喩じゃなくってね。」


明るい調子のまま話を続けられる。

湊はこちらを見ることはなかったのに、

その目がやけに据えているように見えた。


湊「まつりんから感じたことないくらいつめたーい感じがしたの。」


茉莉「…冷たい?」


湊「そ。電池を抜かれたまま数年放置されたリモコンみたいな感じ。」


茉莉「あ、え?」


湊「忘れりゃ痛くないぞーって言ってるように見えたのだよ。」


茉莉「んー…わかるようなわからないような。」


湊「はっきり言ってくれて構わないよ、ワトソン君。」


茉莉「何ひとつわかんない。」


湊「よし、よく言った。湊さんは悲しいぞ!」


と言いながらも

嬉しそうに麺を啜っていた。

ふと、こうまでしても

暖かい食べ物を選んだのには、

もしかしたら茉莉の冷たい感じを

今も感じ取ったからなのかもしれない。

…なんて考えてしまうほどに

湊は何か別のものを

見ているように感じた。

考えすぎなのだろう。


湊「ま、おおかた予想はつくよ。あの美人ちゃんと何かあったんでしょ。」


茉莉「そう。まあ2年くらい前の話だけど。」


湊「あの子ねえ、うちの班に来る時言ってたよ。」


茉莉「…?」


湊「『気は向かないけど、互いに何かしらのきっかけにはなるでしょうね』って。」


あまり似てない渡邊さんの真似を

しながらそう言った。


茉莉「…。」


湊「良くも悪くも縁が繋がってんだね。」


茉莉「そんなスピリチュアルみたいな話されても。」


湊「たはー、そう聞こえた?」


茉莉「まあ。」


湊「そかそか。まあそれは置いといてさ。初めのお話に戻ろうか。悩み事があるんだしょ?」


茉莉「悩みっていうか何というか。」


湊「今思ってるままの言葉でいーかんさ。」


茉莉「うん。」


能天気な突発屋に見えるけど

どうやらそれだけではないのかもしれない。

それとなく頼れる姉のような

雰囲気を醸し出してくる。

あ、でもそういえば

湊って留年してたんだっけ。

昔Twitterを遡った時に

そんなことを言っていた気がする。

じゃあ実年齢的には

1歳上ということらしい。


茉莉「えっとね、渡邊さんとうまくやっていける気がしないんだ。こう…なんて言えばいいのかな、奥底から互いに理解できないだろうなって感じ。」


湊「なるほどね。」


茉莉「向こうは茉莉のこと幸せ者って思ってるのか知らないけど、何も知らなくていいよね、みたいなニュアンスのことを言ってくるの。」


湊「へえ。何も知らなくていいよね、かぁ。」


茉莉「そう。でもそんなこと言われる筋合いはないっていうか。」


湊「まつりんのこと羨ましかったんだよ。きっと。」


茉莉「…はい?羨ましい?恨めしいじゃなくて?」


湊「あの子にとっての幸せが何かはわからないけどねん。恨まれるようなこと言ったの?」


茉莉「…まあ、嫌がるようなことは言ったかも。」


湊「ま、それは本人に聞いてみなきゃわかんないよね。何が気に入らないかなんてこっちで推測しても行きすぎたら邪推にしかならないし。」


茉莉「うん…。」


湊「もしかしたら知らなくていいよね、ってのと同時に知らない分自分で選ばなくていいよねとかの意味合いもあるのかもしんないなあ。」


茉莉「…!」


湊「知ってるってさ、その分選べることが多いんだよねぇ。選ばなきゃならない場面も多いっていうんだけど。」


茉莉「勉強…進路とかってことだよね。」


湊「それもある。それに就職だってそう。」


茉莉「お仕事でも?」


湊「知らない間は言われたことをこなせたらいい場面も多いよ?けど知ってることが多いと今度は教える立場になったり、より高度な…頭を使って熟す仕事が多くなったりする。」


茉莉「なんかだんだん頭が痛くなってきた。」


湊「あはは、このくらいで深掘りはやめて…とにかく、美人ちゃんは昔から選べること、選ばなくちゃいけないことが多かったんだと思うよ。」


茉莉「…そうなのかな。」


湊「あくまで、かもしれない、の話。美人ちゃんがみんなと仲良くしてくれたらこの上なく嬉しいな。」


茉莉「うん。」


湊「おまつりんはどう思ってるの、あの子のこと。」


茉莉「うーん。」


湊「汚い言葉でも今はうどんに免じて許されちゃうよん。」


茉莉「何だそれー。」


うどんをほぼ食べ終わっている湊は

静かにそう言った。

それに相対するように

食堂には生徒がわずかながらも

増え始めていた。


茉莉「うーん…なんか突っかかってくる怖い人ってイメージかな。」


湊「突っかかってこなかったらいないのと一緒?」


茉莉「…いや、気になると思うよ。」


湊「その心は?」


茉莉「あんなに綺麗な人が昔どうしてあの選択をしたのかわからない…まあ綺麗だからかもだけど…それに、茉莉を見て幸せそうなんて思ってるなら…もしかしたらちょっと違うかもって言い返したい気持ちはあるから。」


湊「みんな誰しも秘密とか間違いとかってあるし、辛いこともあるよねえ。」


茉莉「当たり障りのないこと言ってない?」


湊「お、そこを指してくるとはなかなかいい性格をしますなあ。」


茉莉「どうもー。」


湊「ふふん。おまつりんも美人ちゃんも互いに気になってて少しは嫌だとは思ってるんだろうけど、湊さんからすりゃ似たもの同士のように見えるよー。」


茉莉「…どこが?」


湊「不器用なとことか。」


茉莉「なんかぐさっときた。」


湊「あと…あー、これは言わなくていっか。」


茉莉「何々、気になる。」


湊「いわなーい。何を話すかより何を話さないかの方が大事なんですうー。」


茉莉「まーた難しくそれっぽいこと言ってるー。」


湊「まあ似てるように見えんの。湊さんったら千里眼持ちなんだから。」


茉莉「あー…鋭いのは認めるけど。」


湊「何だいその不貞腐れた顔はー!」


茉莉「くはは、ごめんごめん。」


笑ってはみるけれど、

心の中がすっきりしたわけじゃない。

渡邊さんは不愉快な部分があろうと

茉莉もいる班を選んだ。

あの時、先生からのひと押しが

あったからかもしれないけど、

だけど本当に嫌だったら

断固拒否するはず。

それは茉莉も一緒だ。

本当に嫌で怖くて震えて仕方がなかったら

一緒の班になってもいいか聞かれた時

「どっちでもいいよ」なんて言わない。


お互いに何か抱いていたんだと思う。

それが復讐してやろうという憎悪なのか、

仲良くなれるかもという希望なのか、

それとも、あの時時間を理由に

選べないと全てを諦めたのか。

その形も名前も茉莉は知らない。


茉莉「湊って何も考えてなさそうでめちゃくちゃ考えてるよね。」


湊「ん?ほめてなくなーい?」


茉莉「ほめてるほめてる。なんかね、できてる人だなって。」


湊「嬉しいこと言ってくれるじゃないの、チョコしか出てこないよ。ほい、あげる。」


茉莉「本当に出てきた。いいの?」


湊「あげるあげる。もらっちゃって。」


茉莉「ありがとう。」


湊「いいのよーん。…ま、できてる人だとか姉っぽいとか年上ぽいとかは前々からネットでも言われててさ。湊さんふーしぎ。」


茉莉「馬鹿っぽいのにね。」


わざと揶揄うようなことを口にする。

そういえば、と

思い出した言葉があった。

できてる人は過去に

何かしらがあった可能性が

高いということ。

何かしら…というのは無論

自分の心が壊れかけるような何かだろう。

湊に限ってそんなことが

あるのかどうかと不思議に思ったが、

あり得ない話ではない。


もらったチョコを

ポケットにしまいながら

そんなことを思っていた。


湊「あー!ぷんぷん。激おこぷんまるデラックスだぞ。」


茉莉「ん?聞いたことないやつ出てきたね。」


湊「ま、こんな怒りもどうせすぐ忘れちゃうだろうけどねん。」


茉莉「あ、本当に怒ってたんだ。」


湊「そう見えたかい?ふぉっふぉっ、おじさん…いや、おじいさんの演技力光っちゃったかなっつって。」


茉莉「それもすぐ忘れちゃうよ、おじいちゃんだからね。」


湊「若人よ、海馬は大切にするのじゃー。」


茉莉「くはは…何の会話?」


湊「トリガーに引っかからない限り大切なことも忘れちゃうのさってこと。」


茉莉「…。」


湊「あ、まつりんのこと話してるわけじゃないからね。変に結びついちゃった?」


茉莉「くははー、まあね。茉莉からすれば湊とは先週初めて会ったんだよ。」


湊「うんうん。4月に会ったこともまるっとね。」


茉莉「そう。だから…ごめん。」


湊「んーん、謝ることは全くないと思うよ。れーなのことも見てる感じ、普通の出来事で…世間一般的に見てあり得る出来事でこうなったとは思えないし。」


れーなは18月の雨鯨で

ボーカルを担当していた紅、

すなわち陽奈だと注釈を加えてくれた。

相変わらずというべきか、

あだ名の付け方が独特すぎる。


湊「ひとつ聞かせてちょ。」


茉莉「ん?」


湊「まつりんって記憶がなくなっちゃった以外に何か起こったことってある?」


茉莉「何か…あー、茉莉と友達2人の3人で遊びに行った時トンネルを通ったんだけど、その先が明らかに現実じゃなかったことはあったよ。」


湊「わあお、よく帰ってこれたね。」


茉莉「ね。陽奈のおかげ。」


湊「へぇ…あの子強いもんね。湊さん納得だよ。」


茉莉「…。」


そうだ。

そんなこともあった。

今となっては既に

懐かしいとすら思ってしまう。

あれは確か9月の中旬あたりじゃ

なかっただろうか。

既に4ヶ月も経ているらしい。


最初は陽奈が友達として

家に遊びにきてくれたっていう

空間を…夢みたいなものを見てたんだ。

でも、本当のお母さんの顔が見えなかった。

それは茉莉の記憶が欠けているから。





°°°°°





茉莉「…………。」


陽奈「…。」


茉莉「もう一つ、話してなかった。」


陽奈「…?」


茉莉「茉莉ね、友達がいるの。…正確にはいた、の。」


陽奈「…。」


茉莉「それがさ、思い出せないんだ。」


陽奈「…。」


茉莉「現実では思い出せなかった。けど、今…その子と連絡が取れてて、仲がいいっていう記憶がある。」


陽奈「…。」


茉莉「でも、記憶はあるのに、その子の顔も思い出せない。」


陽奈「…。」


茉莉「何も思い出せない。」


陽奈「…。」


茉莉「見つけ…られないよ。」





°°°°°





そして1番幸せだった時の記憶へと

いつの間にか移り変わっていたんだっけ。

その時、目の前には

茉莉と、顔の見えないその友人。


シマ、と呼んでいたあの子のことが

ふと気になった。


湊「陽奈っぴの声のこと。あれもその一環だったりする?」


茉莉「それについては茉莉もあんまり知らないけど…でも、陽奈は実は強いってことを思うと本当に心の問題で声が出ないのかは疑わしいなって思う。」


湊「なるほどねえ。」


茉莉「…。」


湊「うちの友達にもさ、ちょっとおかしいな?って思う時があってさ。」


茉莉「え…?」


湊「その子、事故に遭った後入院しててお見舞いに行ったことがあるんだけど、明らかに普通の感じじゃなくってさ。」


茉莉「普通じゃない…?」


湊「うむ。片方のお腹を抑えてのたうちまわってたのよ。のちにお医者さんから聞いたら事故とは関係のない場所だから頭を悩ませてる、だとか。」


茉莉「どうなったの…その人。」


湊「今はもう毎日学校に来てるよん。」


茉莉「よかったね。」


湊「本当にねぇ。でもおかしかったのは確かだしちょっと引っかかってるんだよん。周りの人たちが巻き込まれすぎてるような気がするんだ。」


茉莉「…。」


湊「もしかしたら湊さんもいつかはそちら側の立場になるのかもね。」


茉莉「……湊」


湊「そしたらまつりんりん、いろいろ教えてね。先輩風吹かしてちょうだい!」


茉莉「巻き込まれない方法は?とか聞かないんだ。」


湊「回避できるもんなの?」


茉莉「それは…。」


湊「だしょ?だからお願いね。」


茉莉「わかった。…って言ってもできることはあんまないんだけど。」


湊「もしそうなった時、おまつりんの手を借りれるってわかってるだけで心強いってもんさ!」


そう言って湊は手を合わせた。

そして静かに「ごちそうさまでした」と

口にしていた。


この不可解な出来事は

いつ終わるのかはわからないが、

ネットだったかな、

風の噂では1年間だと聞いたことがある。

今年もその通りであるのならかつ

湊が巻き込まれるものだと

想定するのであれば、

きっと来年度から。


来年度。

茉莉は2年生、か。

未来の茉莉は

一体何をしているんだろうな。

湊は、他のみんなは何しているんだろう。


そんなことを考えながらも

午後は緩やかにすぎてゆく。

しばらく談笑すると

湊は「この後部活にいこっかな」と

気軽に言いながら

ほいほいと姿を消した。

いつでもどこでも

フットワークが軽いのだろうと思う。

部活には遅れて行く、と

連絡していたのだろうか。

茉莉と唐突に出会って

誰かと話しているところも見なかったけれど。

湊は軽快に

「ヒーローにも弱点はあったほうがいいのさ」

なんて言いながら去っていったけど、

最強ヒーローのほうが

強くていいじゃん、と思ったっけ。


茉莉「はぁ。」


全ての問題が解決したわけじゃないけど、

少しすっきりした感じがした。

湊が聞き上手なのもあるし、

絶妙に適当そうなところが

ちょうどいいって感じたんだろうな。


茉莉も鞄を持って食堂から

靴箱へ向かう。

きんきんに冷やされた靴が

お出迎えしてくれた。

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