あなたに会いたかった

PROJECT:DATE 公式

つまらない話

見渡す限りの青空。

そう。

世界の多くは青色で作られている。

神様が青色が好きだったのか、

それとも地球が青を愛していたのか。

1面の青空。

そこに寝転がる。


大の字で空に寝転がるのは

とても気持ちがよくって、

ぐっと背を伸ばすと

そのまま飛べてしまうのでは

ないかと思うほどだった。


ゆっくりと目を閉じる。

それだけで溶けていけそうな気がした。

これまでの心の中に沈む澱を

全て洗い流せるような気がした。

あの時の後悔を、

あの場所での後悔を。

振り返ると振り返るほど

雪崩れてくる後悔を

全てなかったことにできる。

そう思った。

きっと他の誰かも

そう思ったことがあるはずだ。


足首に水っぽい感触があり、

それは徐々に膝、腰へと

侵食していくもので、

そのままでは溺れてしまうと思い、

咄嗟に体を起こして地に足をついた。


海の音がバイオリンの音のような

漣を作って足元を冷やしていく。

ぴちりと足首に当たって跳ねる飛沫は

星の子供のように弾けた。


1歩踏み出してみる。

すると、さらに脛まで冷やしてくる。

意識してみればどうやら冷たいようだ。

そしてどうやら風も吹いているよう。

整えたであろう髪の毛も

背中を押すほどの強風のせいで

綺麗さの面影もない。


海は酷く青いものだと思っていた。

鬱陶しくなって靴を脱いで、

そのまま走り抜けたくなるほど

青くて仕方のないものだと思っていた。

けれど、初めて見た海は何だか緑っぽく、

青と夜明けを混ぜたような

微睡のような色で、

茉莉は何故かほっと息を吐いたんだ。


茉莉「…。」


それから海は濁っているところが

数多あると知っていった。

小さい頃、海に人が立ち入っては

人が青色を吸うからだとばかり思っていた。

青色を吸って、濁った色を吐いて、

それで元気に日々を過ごしてるって思ってた。

いつだって海は無条件に

悩みを聞いてくれるから。

でも、誰かが言ってたの、

悩みを聞く方だって

傷つくんだよって。

だから、人間の心の食べ物は

海とか空とか、

とにもかくにも青色だと思った。

が、どうやら違うらしい。

もっと別の、環境問題だとか…

それこそ世界の気温だとか、

ゴミの問題だとか、食物連鎖のバランスだとか。

そう言ったことが原因らしい。

人間は青色を吸わないらしい。


じゃあ、あの子は。

シマと呼んでいた茉莉の初めての友達は

どこに濁った色を吐いて

あれだけ明るくしてたんだろう。


茉莉「シマ。」


名前を呼んでみる。

長いこと口にしていなかったからかな。

口が覚えてない。

体が覚えてない。

当たり前のように頭も覚えていない。


シマという名前と

微かな面影を残して、

彼女の多くを忘れてしまった。

シマはどうなのだろう。

茉莉のことを覚えているかな。


…。

まだ海を見てるかな。


刹那、ぱらぱらと粉雪が

演出家と見紛うほど美しく降ってきた。


茉莉「…会いたいな。」


緑色に近い青色の海は、

いつの間にか星の屑の海になっていた。

からりからりと音がする。

何だか硬い感触が脛にぶつかる。

星の屑は自ら光ることなく、

その全てが「誰が見つけてくれ」と

言わんばかりに漂うだけ。

まるで海に投げ捨てられた

ゴミ同然の動きをしていた。


そっか。

これがきっと海の本体なんだ。

茉莉はそっと目を閉じる。

それから海と、そして淡い雪に

さよならを告げるようにして。


茉莉「会えたらいいな。」


そうひと言だけこぼした。


これは茉莉にとってとても大切な

…否、とんでもないな。

意味もなく暗いだけの話。

誰も何も聞きたがらない

ひとりぼっちなだけの話。


報われることなんてない

つまらない話。





°°°°°





4時。

まだ暗い。

5時。

まだ暗い。

6時。

まだ暗い。

7時。

ようやく明るくなってくる。


その間、TwitterやYouTubeを見て

無駄な時間を過ごす。

今シーズンのゲームのランクも

すぐにあげ切ってしまったせいで

これと言ってやることがない。

他のfpsゲームを

ダウンロードするのもいいけれど、

それはそれで何だか気が向かなくて

手が出なかった。

気が向いたら課題をしたり、

朝ごはんを作ったりする。

今日はご飯を作る気分だったもので

リビングに顔を出せば、

既にいい香りが漂い始めている。


兄ちゃん「おはよう、早いな。」


茉莉「そちらこそー。何で?バイト?」


兄ちゃん「気分だよ気分。」


茉莉「えー?珍し。彼女とデート?」


兄ちゃん「今日じゃないですー。」


茉莉「そーなんだ。明日は雪だよこれ。」


兄ちゃん「俺だって早く起きる日くらいあるわ。」


茉莉「へえ。本当に何もないの?」


兄ちゃん「まあそろそろ学期末の勉強しなきゃかなくらい。」


茉莉「大学って3年生になっても授業あるの?もうほとんどないかと思ってた。」


兄ちゃん「少なくはなるけど、就活が忙しくってさ。でも今期全部単位が取れれば来年は週に1回ゼミだけ受けりゃいいのさ。」


茉莉「え、1時間半だけってこと?」


兄ちゃん「そうだ。」


茉莉「1週間で!?」


兄ちゃん「そういうこった。」


茉莉「いいなあ、いいなあ。しかも春休みって2ヶ月くらいあるんでしょー。」


兄ちゃん「あるよ。でも今年は就活な。」


茉莉「ここ最近も大変そうだったもんね。」


兄ちゃん「思ってる以上にたいへーんでつらーいぞ。」


茉莉「うへぇ、やだやだ。」


兄ちゃん「自分のアピールポイントやこれまで頑張ってきたことをまとめたり、面接練習をしたり、会社に出向いて職業体験したり…。」


茉莉「職業体験?遊びみたい。」


兄ちゃん「常に頭回すんだよ。会社から見られてるってこった。インターンって言ってな、それに行ってると採用される可能性が上がるんだ。」


茉莉「なんか頭痛くなってきた。」


兄ちゃん「茉莉は4,5年後に考えりゃいいんだから、今の間はぽけっとして飯食ってろー。」


兄ちゃんは得意のチャーハンを作るべく

フライパンをかこんかこんとしながら

そう言っていた。

インターンだとか面接だとか。

茉莉からすれば遠い世界のように見える。

茉莉もいつかそれらを

するようになるのだろう。

きっとそうだろう。

けど、その未来はびっくりするくらい

全く見えなかった。

今から「結婚した時のことを想像して」と

言われる並に思い浮かばない。


そもそも茉莉って大学進学するのかな。

金額の面ややりたいことがない面など

それらを考慮した上で

高校進学すら迷っていたのだ。

大学ともなれば

もっと専門的なことを学ぶ。

適当にってわけにも

いかなくなってくるだろう。

まあ、それでも何となく大学に行って

何となく就職して…

という人は多くいるのだろうけど。

大学に行くにしても

茉莉もそうなっている可能性が高いな。


茉莉「あ、そーだ。」


兄ちゃん「ん?」


茉莉「修学旅行、来年の春前くらいにあるっぽい。」


兄ちゃん「おー、楽しんでこいよー。」


茉莉「え、行くことになってんの?」


兄ちゃん「当たり前だろうよ。」


茉莉「だって費用…10万くらいするでしょ…?」


兄ちゃん「子供がんなこと考えなくていいの。遠慮すんな、遠慮すんな。」


茉莉「でも…。」


兄ちゃん「かーちゃんもとーちゃんも同意してる…ってか行かなかった方が怒るぞ、あの人ら。」


茉莉「そうかな。」


兄ちゃん「そうに決まってら。それに、もし引け目を感じるんならちゃーんと勉強していいとこの大学行ってくれ。」


茉莉「…。」


兄ちゃん「でも、とか、学費が、とかいいから。それでも気になるんなら就職してから考えろー。お子様にはまだはえーんだから。」


茉莉「茉莉、もう中学生じゃないけどね。」


兄ちゃん「それでもまだお子ちゃまだ。」


茉莉「高1でも?」


兄ちゃん「茉莉が20歳超えたら分かるよ。ほうらできた。熱いうちに食えー。」


茉莉「はーい。」


からんからん。

今度はお皿にチャーハンが盛られる。

朝からチャーハンとは

思えば結構重たいよななんて思いながら、

けれど胃袋は慣れたもんで

朝からでもそれを受け付ける準備はできていた。

ぐるると自分にだけ聞こえる程度にお腹が鳴る。

この絶妙な振動の気持ち悪いこと

ありゃしないななんて思う。


茉莉「兄ちゃん、ありがとねー。」


兄ちゃん「はいよー。」


兄ちゃんはいつも適当そうに見える。

遊んではいる方だし、

やることはやってるだろう。

けど、単位は案外そんなに

落としてなかったり、

バイトをバックれなかったりと

案外ちゃんとしてる。

夜勤バイトを入れることもあるけど、

翌日の授業は絶対出てる。

不真面目な真面目って存在するらしい。


そんなやや多忙なやや真面目は

茉莉のことを気にかけてくれる。

どこにそんな心の余裕があるんだって思う。

雨鯨が解散した時も

「そうか、でもいい友達ができてよかったな」

と寂しげもなく言った。

雨鯨のことは兄ちゃんにも

話すほどだったらしい。

それくらい茉莉の生活が

変化していたらしいと思うと

不思議で仕方がない。


そういえば世界線が変わったらしい4月以降、

よくよく過ごしてみれば

その雨鯨に加入していたことと

不可思議なことに巻き込まれている以外

変化しているところはなさそうと気づいた。

だから兄ちゃんとの間に

齟齬はあまりなく、

変に気を使う必要もなくて安心した。

兄ちゃんはいつも通りだった。

いつも通りがひとつ

身近にあるだけでも

安心の度合いって全然違う。


チャーハンを掻きこんで

手早く準備を進める。

跳ねた寝癖は水で押し付けて、

忘れそうになった筆箱と宿題を

通学鞄へと押し込む。

そうして慌ただしく玄関を出る。

マンションを出て見上げれば

冬らしい天気とその気温が身に染みた。


冬休みが終わってまだ

3日しか経ていないのに、

教室内は既に新年の話など

忘れ去られたかのように

話されなくなっていた。

多くの人はもう試験について話している。

高校1年生から受験を

意識している人もいるらしい。

さすが進学校。

気を抜いたらすぐに

置いていかれるだろう。


席に着くとすぐ

いつも一緒に過ごしている

未玖が近くに来てくれた。

艶やかではねひとつないボブにした髪の毛は

いつ見ても綺麗だなと思う。


未玖「おはよう。」


茉莉「おはよー。」


未玖「今日さ、あれだよね。修学旅行の班決め。」


茉莉「ねー。」


未玖「誘いたい人いる?」


茉莉「いないなぁ。逆に聞きたいくらい。いる?」


未玖「マジでいない。」


茉莉「5人班だっけ。」


未玖「4から6か7人くらいだったはず。3は駄目だね。」


茉莉「2は言わずもがなって感じかー。」


未玖「他の3人班の人がいれば成り行きでくっつくしかないかなあ。」


茉莉「だね。」


未玖「男女別々でグループ作りかぁ…。」


茉莉「学校も揉め事減らしたいんでしょ。」


未玖「最近の子はませてるもんねぇ。」


茉莉「未玖も若い子だよ。」


未玖「あはは、確かに。」


修学旅行。

中学の時は苦い思い出ができたっけ。

茉莉も悪かったは悪かったんだけど、

その非の部分を必要以上に

駄目出しされていざこざになっちゃって。

結局その人とはまだ

和解できていないまま。

和解することも無さそうだけど。

当時は迷いすぎて

…というより言われた言葉が図星で

刺さりすぎちゃったもんで、

ゲーム仲間に相談したこともあったっけ。


受験なんて受ける気などさらさらなく

ぼけっとしていたら

総合の時間になっていた。

今日はこの班決めの山を越えれば

家に帰れることをモチベーションに

何とか乗り越えるしかなさそうだった。

できるものなら休みたかったななんて

いつものように思いながら

体育館で列になって座る。


今回は北海道に行くそうで、

先生からあれこれ説明のあった後、

ようやく自分たちで

グループを決めるようにと

時間をとってもらえた。

グループを正式に作り終えた後は

班長やら何やら役割を決めて、

役割を決め終えたら自由解散らしい。

早く決まればいいけれど、

茉莉の周囲の人で

班長やりたがる人なんてまずいない。


先生「では自由に決めてください。」


そう言っては手にしていたマイクを置いた。

それまでもひそひそと

声が聞こえていたというのに、

一気にわっと声が広がる。

重力を感じながらのっそりとその場を立って

未玖の姿を探すと、

案外すぐに見つけられた。


未玖「他の人どうしよっか。」


茉莉「あてある?」


未玖「ないかなー。部活も入ってないし。」


茉莉「わお、同じ。」


未玖「新しい人と友達になれるって思って知らない人に声かけるしかないかな。」


茉莉「ポジティブすげー…。」


未玖「待って待って、うちも人見知りだから。」


茉莉「茉莉は人見知りってイメージなんだー。」


未玖「あ、いやーそういうわけじゃ。」


茉莉「言質言質ー。」


こうして話している間だけは

何にも急かされていないようで、

まるでいつもの教室内のようでよかった。

実際は周りでじゃんじゃん

グループ作りがされているというのに。

そのいつもってやつは

存外いとも簡単に壊れちゃうよなと

つまらない妄想を広げようとしてやめた。

広がってるのは空だけでいいや。


自分で人見知りと言う未玖も

マイペースな人で、

あんまり焦っている雰囲気はない。

2人で辺りを見渡しながら

のんびりと話していると、

ふと、とんとんと肩を叩かれた。

振り向いてみれば、

どうやら全く知らない2人組。

片方は右側の触角が長くて

後ろ髪をひとつ結びに、

もう片方は目が大きくて

ぱっちりとした目が特徴的な

お団子をした女の子。


「やっほ、まつりん。」


茉莉「ん?」


未玖「え、知り合いの人?」


茉莉「いいや…。」


ひとつ結びの人が

やたら大きな声で話しかけてくる。

未玖ではなく完全に茉莉を見ていて、

少なくともこちらに

話しかけていることは確か。

だけれど、どうにもこうにも

茉莉の記憶にこんな人はいない。

頭を悩ませていると、

その人も気まずくなったのか、

はたまた気合いを入れ直したのか、

咳払いをひとつ。


「こほん。忘れられちゃうなんてうちの名前はまだ轟いていない感じかなん。」


「こーら、困ってるでしょ。」


すかさずお団子の子が

ひとつ結びを肘で小突く。

「あいてっ」なんて小さく漏らしてから

改めて向き直った。


湊「まあ最後に会ったのって4月くらいだったしね。うちは高田湊。湊でいいよん。こっちは相棒のこち丸。」


千穂「金子千穂が本名だけどこち丸でもいいよ。」


未玖「こち丸…!いいあだ名。」


湊「んでしょー?んで、こちら茉莉ちゃんでございます。ちょっとしたよしみでねー。」


茉莉「どうも。国方茉莉です。えっと…友達の熊谷未玖です。」


未玖「よろしくお願いします。未玖って呼んでください。」


湊「おっけー、よろしくねん!そーだ、ところでところで本題なんだけど…おまつりん、グループは決まったかい?」


茉莉「見ての通りまだ。」


湊「よしきた。どう、組まない?」


未玖「いいの?」


茉莉「他の人とかは?」


千穂「うちのところ、いつメンの数が多くってさ。溢れちゃったからお邪魔させてほしいの。どうかな。」


願ったり叶ったりといえばいいだろうか。

初めましてなことに変わりはないが、

相手方は茉莉を知っているようだし

多分変な空気にはならないだろう。

そう思いたい。

見る感じ湊って人は

ムードメーカーっぽい。

きっと千穂もそう。

あり得るとすれば、

茉莉がぼけっとしすぎるせいで

苛つかせてしまうことがあるかも…かな。

考えれば考えるほど

温度感が合わなそうなんて思ったが、

班員が増えるのは互いに嬉しい。


短い間だが未玖と目が合う。

もちろん、と言った具合に

彼女の奥底では決断されているようだった。


未玖「もちろん!よろしくね。」


湊「うやったぁ!よかったぁ。」


よろしくねなんて

みんなが言い合っているうちに、

湊がずい、と近くに寄ってきては

顔を近づけてきた。

何が起きるのか、あまりに突然なことに

ぎょっとして体が固まる。

そのままにしていると、

耳に顔を近づけられた。


湊「うち、秋だよ。」


そう小さい声で囁く。

確かに秋、と言っていた。

何のことだろう、なんて思う。

今は冬だよな…とも考えて、

もしかして秋そのものの神様か

何かだろうかとまで発展した。

四季のうち秋を司る…とか。

…そんなわけないか。


湊は顔を離すと

にこっと満足げに笑った。

元気っぽい雰囲気なのに、

その時だけ面倒見のいい

お姉さんのように見えた。


千穂「なーに吹き込んだの?」


湊「別にぃ?愛の告白っ。」


千穂「また馬鹿なこと言って。2人とも、この子危なっかしいから危害加わったらごめんね?」


湊「そんな猛獣じゃないよーん。」


茉莉「あはは…。」


そう言って1度みんなで

輪になって座る。

その中でも秋たったひとつの単語が

脳内を巡っていた。


秋。

あ、そっか。

なんか見覚えがあると思った。


雨鯨でいたじゃんね、秋って子。

たまーにTwitterで

リプライを送ってくれたこともあったっけ。

そうだ。

その秋だ。

文字列からの情報と

彼女の口調や性格の情報が

妙に整合している気がした。


どうやらネットの人とたまたま出会う

なんてことが本当にあるらしい。

それにしてもどうして彼女は

茉莉のことを知っていたのだろう。

4月に出会ったことがあると言っていたけど

そんな記憶は一切ない。

もしかしたら世界線が違う茉莉が

出会っていたのかもしれない。

また口を閉じている間に

目の前では会話が進んでいた。


千穂「そっちは他に誘いたい人いる?」


茉莉「いないよ。」


千穂「じゃあ一旦これで」


湊「ねね、あそこにいる子。1人じゃない?」


千穂「え?」


茉莉「…っ!」


湊は突然指差したもので

そちらの方向を見てみれば、

1人、ぽつんと隅で

佇んでいる人がいた。

座った人たちを見下すような

冷たい目をしている。

そして、トレンドマークとも言える

左右のお団子、そこから垂れる長い髪。

言わずもがな茉莉にとって

因縁の相手とすら言える相手だった。





°°°°°





「迷惑。」





°°°°°





茉莉「…マジかー。」


小さく、誰にも聞き取られないほど

小さな声で呟いていた。

中学時代のこと含め、

噂が高校でも巡っているのなら

彼女が1人残るのも頷ける。

驚愕なのに女子だけで

グループを作らなきゃならないってのが

とってもネックだななんて思う。

もし男女混合であれば、

あの子は、渡邊さんは

引っ張りだこだったろう。


湊「連れてきてもいい?」


千穂「知らない子でしょ?」


湊「うん、でも良いっしょ!」


千穂「私はいいけど。2人はいい?」


未玖「うちは全然いいよ。てかあの子めっちゃ美人…。」


茉莉「あー…。」


湊「まつりん?」


茉莉「…どっちでもいいよ。」


湊「…?おっけ、じゃあ連れてくるね。」


引き攣った笑顔だったのだろう、

湊は少しだけ頭の上に疑問符を浮かべると、

悟ったように「みんな仲良くするんだよー」と

ひと言置き土産をしていった。


未玖「なんか高嶺の花感すごいんだけど…こんな芋っ子のうちが絡んでいい人とは思えないよ。」


千穂「あはは、大丈夫大丈夫、何とかなるでしょ。」


未玖「あんな可愛い子いたんだね。」


千穂「わかる。今まで知らなかったけどどこのクラスの子だろうね。」


茉莉「…。」


呑気に話している2人をよそに、

見たくもないのに

湊が渡邊さんを誘っている様子を

眺めてしまっていた。

見たくないほど見てしまうのだ。


どうやら困難を極めているのか、

少し話しているのが見える。

ほいほいとついてはこないらしい。

かと言って班が

決まっているわけでもなさそうで。


本当、それは唐突だった。

ふと。

彼女が、渡邊さんか

こちらを見たのだ。

確と目があったのがわかる。

少し前に廊下ですれ違った時のような、

もしくはそれ以上の

鋭い眼差しが刺さる、刺さる。

あそこまで攻撃的な目なんて

一体どうやったらできるのだろう。

茉莉も茉莉で

怯えたような表情しか

できていないのだろうけど。

彼女からしてみれば

鬱陶しいことこの上ないだろうな。

茉莉にも非があったのに

まるで自分だけが悪者のように扱われ、

きっと茉莉は被害者づらしている。

「可愛いお顔が勿体無い」なんて

冗談のひとつでも

言えたらよかったんだけど。


茉莉「…。」


する術何もなく

ただ目を背けた。

時間を経て恐る恐る見てみれば、

今度は知らない先生を交えて話している。

見たこともない先生だったから

もしかしたら副担任、

もしくは保健室の先生だとか、

カウンセラーの先生だったり

するのかもしれない。

憶測の域を超えない中、

話し合いは終えたのか

湊と渡邊さんの2人して

こちらに向かって歩いてきた。

多くの人は既に

班が決まっているらしく、

次の工程はまだかと

雑談してる姿が窺えた。


湊「おすおすー!こちらの美少女は渡邊彼方ちゃん!うちのグループで一緒に行くことになったよん。」


彼方「…。」


茉莉を一瞥しては

何を感じるわけでもない

冷たい瞳をしながら

地面を見つめていた。

その無関心さが追憶の壁をなぞって

心底ぞっとする。


千穂「よろしくねー。」


彼方「…。」


それぞれが自己紹介を始める。

それを聞いているのか聞いていないのか

わからない顔でことが進む。

先生たちははぐれものが

いないことを確認して、

次の説明へと移っていった。


今度は役割決め。

また一斉にわっと声がし始めた時だった。


彼方「あんたはさぁ。」


耳を掠める空気の含有量の多い

萌え声のような高い声。

鼻の付け根から出ていそうなか細い声。

間違いなく他の誰でもない

渡邊さんのものであり、

間違いなく茉莉に

向けられたものでしかなかった。


あー。

こうしていつもって壊れるんだろうな。

あっけない。

嫌なら最初から嫌といえばよかった。


彼方「うちが入ってもよかったわけ?」


茉莉「…もちろんそりゃ」


彼方「どうせどっちでもいいって言ったんでしょ。」


茉莉「…っ!」


刹那、班の中の空気が

嫌と言うほど凍りつくのがわかった。

それでも渡邊さんはけろっと

…否、吹雪の中に佇む

魔女のような顔をしている。

返す言葉に迷っていると

すかさず通る声が耳に届いた。


湊「まあまあそんなバチらずにねん。さて、班長どうしようね。」


おどける様子も怯える様子もなく

湊が話を進める。

まるで今の一瞬の空気が、

凍てついた空気がなかったよう。

それから順に湊と千穂が

話を進めて役割が決まっていった。


嫌なら最初から嫌といえばよかった。

…いや。

違う。

どっちでもいいなんて

言わなきゃよかった。


結局湊のおかげあって早々に

千穂は班長、茉莉と未玖で生活の係、

渡邊さんと湊で保健の係となった。

班長以外はこれといって

仕事はなさそうだけれど、

決めなくちゃいけなかったから仕方ない。

仕方ない、で済ましたかった。


湊「んじゃあ解散で!」


千穂「やっぱり班長は湊の方が良かったんじゃない?」


湊「えー、うち補佐がいいー。参謀的立ち位置ってかっちょいーじゃん?」


彼方「…しょうもな。」


湊「もー、そんなこと言ってちゃー綺麗なお顔が台無しだよん。じゃ、またねー。」


そう言うと、鞄を持っては

颯爽と体育館から出ていった。

続けて渡邊さん、千穂と

それぞれで解散していく。

渡邊さんが帰り際に

何も言わないどころか

睨んできたことくらいは

想像に容易かった。


何だか生きた心地のしない時間だった。

思いっきり息を吸いきれず

深く吐くだけ吐いておく。

未玖と2人だけの時間が

3億年ぶりに訪れたような気すらした。


茉莉「…はぁ。」


未玖「あの子と何かあったの?」


茉莉「まあ少しね。つまんない話だよ。」


未玖は何かを察したのか

「ふぅん、そっか」と流すように言った。

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