錬金術師アレックス−4

 店員が店に来る前に会ったメグのように、アレックスが錬金術師であることに驚かないのは、商人として錬金術師について何か知っているのかもしれない。

 店員がアレックスの装備している防具や魔法鞄を見ているのがわかる。


「もしや防具や魔法鞄は自作ですかな?」

「全工程ではありませんが、持っている物は大半がそうですね」

「それは大変腕が良いですね」


 店員が防具に錬金術で付加できる能力はどのような物があるかと聞いてきた。

 防具は元になっている素材と、付加する為の素材次第なので物次第だ。

 それでは答えにならないだろうと、今装備している防具の付加している能力について説明する事にした。


 今装備しているワイバーンの革鎧を取って、店員に防具を渡した。

 アレックスの防具には斬撃打撃軽減、魔法による攻撃軽減、疲労軽減、環境適用、擦れ軽減などと、防具に必要な能力は全て付加されている。

 店員は最初は普通に頷いていたが、途中からアレックスの防具に釘付けになった。


「それらを全てこの防具に付加しておられるので?」

「そうですね。流石に素材が大量に必要なので、やってみせろと言うのは無理なんですが、素材さえあれば作る事は可能です」

「この防具は王都でも滅多に見ることのない作品ですよ。もし良ければ当店の装備を作って頂けませんか? 国家資格を取りにこられたのなら、暫くは王都に居られるのではありませんか?」

「確かに王都に滞在する事になりますね」


 村を出る時に兄弟子から聞いた国家資格の取り方や、その後の事を思い出す。

 錬金術師の国家資格は国の機関によって筆記と実技があり、どちらも合格して国家資格を取る必要がある。

 更に資格をとった後も、王都で最長五年の活動を必要としている。


 国の機関から仕事を受ければ活動期間は減りはするが、最低でも三年は拠点を移す必要がある。

 大半の錬金術師は王都で弟子入りをして、師匠の元で修行をしながら国家資格を取っていく。

 地方で錬金術を覚えた者は、師匠筋の錬金術師に居候をして王都での活動期間を終わらせる者が多いと、兄弟子は言っていた。

 アレックスは普通であれば王都の師匠筋を探すのだが、父には師匠筋と呼べるような錬金術師が何故か居ない。


 アレックスは兄弟子も故郷に戻っているので、王都で新しく弟子入りするか、王都に拠点を作った上で、国の機関の作業を請け負い活動期間を減らす必要がある。

 店員が仕事を依頼してきたと言う事は、錬金術師の王都での活動期間を知っているのだろう。

 アレックスとしては新しく弟子入りするのも嫌なので、王都で拠点を作る予定だ。


 店員が更に交渉をしてきて、制作依頼を受けてくれないかと言う。

 国からの依頼がどの程度の報酬が出るか分からないので、顧客は作っておきたい。

 しかしアレックスには今拠点がない。

 店員に拠点がない事を伝えた。


 店員は錬金術師について随分と詳しいようで、普通は師匠筋に居候する事を知っているのだろう。

 店員は不思議そうに何故拠点がないのかと、聞き返してきた。

 アレックスが事情を説明すると、店員はそれなら拠点となる場所を店で用意しても構わないとまで言ってくれた。


「当店の仕事をある程度請け負って貰うという条件は必要となりますが、当店としても損はない話ですがどうでしょうか?」

「えっと、兄弟子から知り合いを頼るようにと言われていまして、その方が無理そうならお願いしても?」

「構いませんが、当店と競合相手の場合がございますので、お名前をお聞きしても?」

「ちょっと待ってください」


 悪い話ではないと思ったが、兄弟子から紹介された人がいる。

 先にそちらを優先するべきだろう。

 兄弟子の知り合いの名前が思い出せないので、預かっている紹介状を取り出して宛先を確認していく。

 紹介状に書かれた宛先を確認しながら名前を読み上げた。


「ジョシュア・ド・ローウィって方です。錬金術師ではなく魔導士だと兄弟子からは聞いているんですが」

「ジョ、ジョシュア卿ですか?」


 兄弟子の知り合いの名前を聞いた店員は顔色を青くしており、兄弟子の知り合いはどんな人なのか心配になってくる。

 兄弟子の知り合いについて店員に尋ねると、ジョシュア・ド・ローウィという人について詳しく教えてくれた。


 ジョシュア・ド・ローウィは伯爵家の三男で二十八歳。

 三十歳になる前に個人で魔導騎士に叙爵されるのは非常に珍しく、王都で知らない人の方が珍しい新進気鋭の魔導士と、店員が教えてくれた。


 アレックスの記憶が正しければ、魔導騎士は騎士と同列の魔導士がなる階級で、貴族に数えられている。

 名前の間にドが入る人は貴族関係者なのは知っていたが、まさか貴族本人だとは思わなかった。


 兄弟子が何でそんな人と知り合いなのか不思議で仕方ないが、冗談で宛名を書くような人ではないので、宛先は本当に本人なのだろう。

 アレックスが紹介状に書かれている宛名を眺めていると、店員が青い顔をしてアレックスに声をかけてきた。


「お客様、お名前を聞き忘れておりました。もしや貴族であられましたか?」

「名乗るのが遅れました、アレックスと申します。田舎の村生まれなので、貴族ではないです」

「これは失礼、私はハンクと申します。店主として随分と失態を犯しました。ハンク防具店の店主をしております」


 店員だと思っていた人は店主だったようだ。

 ハンクとお互いに名乗り遅れた事を謝りあう。

 店の名前と同じということは、一代で店を大きくしたのか気になって尋ねてみる。

 ハンクは自分は五代目で、店主が名前を受け継ぐのだと教えてくれた。

 王都の店だと同じように名前を継ぐ店も多いのだと言う。


 ワイバーンの皮を確認してから同じ部屋で話をしていたので、元の部屋に戻る事を提案してきた。

 応接間に戻ってくると、再び不手際を謝ってきた。

 大変な客の後のようだったので気にしない事と、客の話を聞いてしまった事を逆に謝る。

 ハンクからあの場所では聞かれてしまって当然だと言う。


「本来ならこちらの部屋で対応するお客様だったのですが、どうしても急ぎだと言われてしまいまして」

「なるほど。それで声が通る場所で商談をされていたんですね」

「ええ。正直防具を作れるか怪しかったのですが、アレックス様のお陰で防具を作る目処が立ちました」


 ワイバーンの皮で直前にいた客の防具を作る事にしたようだ。

 ハンクから作業場所が確保されて防具の製作が間に合えば、防具に対する付加を頼みたいと言ってきた。

 アレックスとしても王都での実績作りに仕事は受けたいが、自分が装備しているものと同じものは素材の問題で不可能だとハンクに説明する。


 ハンクも同じ物が作れるとは思っていなかったようで、可能な限りで構わないと返してきた。

 更にハンクは仕事を受けて貰えるなら、可能な限り最上級の素材を用意するので、必要な素材があれば聞いて欲しいと言う。

 アレックスがハンクに拠点になる場所が決まったら連絡すると伝える。

 その後はワイバーンの皮の買取価格について話し合う。


「皮を鞣す前という事で多少値段は下がりますが、それでも王都では希少価値もありますので、金貨百枚と言ったところですか」

「金貨百枚! 王都ではそこまで値段が上がるんですか」


 普通に働いている人が一月に金貨一枚を稼ぐとアレックスは聞いたことがある。

 年間金貨十二枚稼げると考えると、普通の人が稼ぐ約八年分の年収を一瞬で稼ぎ出してしまったようだ。

 八年分の稼ぎではあるが、錬金術は高くなる為、金貨百枚程度であればすぐに無くなってしまう額ではある。


 故郷だとワイバーンの皮は三十枚から五十枚の値段で、倍以上の値段差に驚いた。

 金貨百枚を受け取り、鞣し終わった革については店にきた時に受け取る事にした。

 ハンクに見送られながら店を出ると、ピュセーマに乗って宿へと戻る。

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