災禍の残り火

1. 災禍の残り火

【2章予告】

 冒険を共にした仲間が凶刃の前に倒れる。

 少女はかつて故郷の滅亡を知った時と同じように、再び近い未来に起こる不吉な出来事を夢に見た。


 そんなおり、†エンドゲーム†にとある依頼が寄せられる。

 それはゼクシアとルルカにとって因縁深い地での遺跡調査の依頼だった。


 果たして冒険者達はブリガンティアによって告げられた不吉な未来を跳ね除けることが出来るのだろうか。


 アリアンロッド2E『災禍の残り火』

 冒険の舞台が君達を待つ!



  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 見事クエレブレを退治して漁村を救い、†エンドゲーム†は少しばかり名の通ったギルドとなった。


「いや〜、まさか神殿から名指しで依頼が来るなんて思いませんでしたよ〜」

「†エンドゲーム†……。名前が売れてきたのかも!」


 剣士のマルシャと探索者シーフのジェーン。年少組の前衛二人は素直にはしゃいでいる。


「やっぱりギルド名がいいからですかね〜」

「当然! きっと神官長さんからの覚えもめでたいよ!」


 頭がめでたいギルド名だと思われ――こらこらジェーン、そんな誰もいない場所をやぶにらみしないでくれ。猫族のヴァーナの悪い癖だよ。


「はぁ〜……もうさすがに看板の名前を変える時期は過ぎ去ったかしら……」

「諦めましょう。私たちはエンドゲームです」

「ゼクシア、こっそり†を抜いたわね?」

「…………」


 年長組の後衛二人、ルルカとゼクシアはややげんなりした表情だ。

「しっかし待たせるわねえ。神殿直々の依頼っていうからちょっと舞い上がっちゃったけど……」

「ま、一介の冒険者の扱いなんてこんなものですよ」


 グランフェルデン大神殿から†エンドゲーム†への名指しの依頼。しかも差出人名は神官長ソーンダイク。

 依頼の説明を受ける場所もいつもの受付と受付嬢アリエッタではなく、直接応接間に通されている。


「そーよね。まさかほんとに神官長様が出てくるわけでなし」

 とはいえもう三十分は待たされているのだった。


「チッ……ったく。期待させてくれちゃってさー」

 応接間の長椅子にだらしなく腰掛け、ルルカは天井を仰ぐ。大神殿だか何だか知らないけどクソ高い天井しやがって、とか思いながら。口も行儀も思考もだいぶ悪くなってきたな。


「皆さん、お待たせしてしまい申し訳ございません」

「んぁ?」


 ルルカが部屋の入り口に視線を戻すと、そこに立っていたのは――。


「し、神官長!?」

「こんにちは。†エンドゲーム†の方々ですね。本日はお呼び立てして恐縮です」


「ハ、ハイッ! いえっ! こちらこそ恐縮で」

「今来たところです」


 さすが神官長は格が違う。おかしなギルド名でもまったく動じず淀み無く言い、ルルカとゼクシアは珍しく緊張している。


 現れたのはソーンダイク。若くしてグランフェルデン大神殿の神官長を務めるハーフエルダナーンの青年である。


「いや〜、待ってましたよお。神官長さん、僕たちに任せてくださいよ」

「お任せください! この†エンドゲーム†に! なんでも解決してみせます!」


「ええ、心強い限りです。†エンドゲーム†の皆さんが難しい依頼を解決してくださったことはアリエッタから聞き及んでおります」

 マルシャとジェーンがぐいぐい前に出ても動じない。さすが神官長様だ。

 冒険者相手の場数が違う。


「ギルド長のルルカ・ルカさんですね? 保護者の方からもお手紙で話をうかがっております。神官としての修行をちゃんと積んでいるか気にされているようです」


「え゛っ」

 皆の視線がルルカに集まる。


「月に3通ほど届いております」

「あ……はは、ま、まあ……暇をみて……ぼちぼち」


「あれ? ルルカさんって神官じゃなくて魔法使――もご」

 いらないことを言いかけたマルシャの口をゼクシアが塞ぎ、ジェーンもすぐに察して二人を背に隠した。


「すみません少し脱線してしまいましたね。話を戻しまして……」

 ソーンダイク神官長も何か察したのかそうでないのか、泰然とした態度を崩さないまま続ける。

「皆さんにお願いしたい依頼というのがグランフェルデンから北東、霧の森の近辺に位置する焼け落ちた森についてなのです」


「それって……十五年前の」

「ええ。大火災のあったウィリデ大森林を調査していただきたい」

「…………」


 ウィリデ大森林には”水の時代”の遺跡と秘宝があると言われており、エルダナーンの氏族が幾つかの集落を作って防人を務めていた。

 しかし十五年程前、妖魔の大軍勢による襲撃があった。

 防人たちの周到な準備と勇戦で遺跡が暴かれることはなかったが――。一度敗北して躍起になった妖魔たちは途中で作戦を変えた。

 防人の氏族を根絶やしにし、森を焼き尽くすことを選んだのだった。妖魔たちの再襲撃は苛烈かつ執拗でほとんどの氏族が大火災と共に行方不明になり、僅かな生き残りも散り散りになったという。


「――ウィリデの災禍」

「ご存知でしたか。今日まで防人達の魔法の加護で遺跡は守られてきましたが……」

 ルルカがソーンダイクを見据えた。

「さすがに弱まるわよね。氏族ごと根絶やしにされて、十五年も経ったら」

「……はい」


 十五年前のあの日の、明るく朱い夜空をルルカは思い出していた。冷たさと炎熱が混ざりきっていない、まだらの空気の不快さと焦げ臭さ。


 あたり一面火の海だった。


 この広がる大火を一瞬で絶つためには、空気を断つしかない。水で消すのは遅すぎる。土では延焼を食い止めるだけだ。火で炎は消せない。神だって無力だ。


 必要なのは、風。

 炎の根本まで烈風を届かせて薙ぎ払ってすべて断絶させてすべて空にして音もそこで止んでしまうほどの数瞬を生み出せれば――。


「……わかったわ。ウィリデ大森林の遺跡に赴いて調査する。そういうことですよね、神官長」


「話が早いですね。その通りです。妖魔たちの動向を確認し、もし遺跡の深部にまでたどり着ける状態になっているのなら」

「防人の秘宝を回収する……ですか?」


 神官長に真摯に向き合って答えるルルカを見て、他の三人は微妙に眉をひそめた。


「先輩、妙にやる気……」

「う〜ん、でもなんか顔色悪いですね〜」

「ですね。ていうか明らかに妖魔が出る危険な依頼ですし。ルルカさんらしくないというか」


 妖魔妖魔……とゼクシアはぼんやり考えた。そういえば何か伝えなきゃいけないことがあるような。


 その間にもソーンダイクとルルカの話は進んでいく。もう完全に依頼を受ける方向だ。


「依頼の一番の目的は、遺跡内部にある妖魔達が狙っているなにかを回収することです。残念ながら現状ではそれが”水の時代”の強力なマジックアイテムなのか邪神に関わるものなのかも分かりませんが――」

「ええ、わかっています。あれほどの代償を支払って守られた遺跡ですもの。きっと何かが――」

「長旅になりますので馬車や食事は神殿側から手配させていただきます。また、妖魔達の狙いや遺跡の状況が分からないため皆さんの報告をもとに増額も――」


(あれ? ……ん? 強力なマジックアイテム?)

 しかもそれを狙っている妖魔がいるという話で。


「あ!」

 ゼクシアはやっと夢の内容を思い出していた。

 予知夢の中でルルカが嬉しそうに抱えていた杖。

 きっとあれがマジックアイテムで、でも奪われてしまった。

 何か言おうとするがゼクシアの口はうまく動いてくれなかった。だって何からどう伝えれば。このタイミングで。


「わかりました。依頼をお受けします。調査もしっかり行ってきます」

「はい。皆さん、よろしくお願いします」


 ゼクシアが固まっている間に話はまとまってしまう。

 ソーンダイク神官長は一礼してから応接間から退室する。


 ついでルルカは三人に向き直った。

 満面の笑みで。


「ふふ……、ふふふ。みんな聞いた?」

「ど、どうしたんですか先輩。急に笑いだして」

「だって……”水の時代”の遺跡よ。おまけに防人の秘宝! きっとすごいマジックアイテム……! ああ、そんなものをこの手でつかむチャンスが来るなんて! ふふふふふ!!」


「す、すごいですね? 先輩!」

「いや〜、なんか不安になりますけど」

 ちょっと引いてるジェーンとマルシャ。


 そしてゼクシアは――。


「ルルカさん……」


「なに?」


「あなた死にますよ!」


次回、『死ぬのはお前だ』

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