エピローグ&プロローグ


「ふぅー……。この村にルルカさんの銅像でも建ててもらいますか」

「ばかなこと言ってないで神殿に報告よ報告」


 見事”とぐろ巻く脅威”ことクエレブレの討伐を果たし、エンドゲーム一行は大手を振ってグランフェルデンへと帰還する。


「†は必要です」

 おお、ジェーンよ。ナイス弩砲。

 †エンドゲーム†一行は大手を振ってグランフェルデンへと帰還する。


 神官から報酬を受け取るルルカだったが、その表情はいまいち冴えなかった。


「なんだか……報酬が割に合わないような……。だって私たち、あの怪物を倒したのよ!?」

「確かにちょっと少ない気はしますけど、全員生きて帰ることができただけでも十分です! それに、皆の村さんの笑顔を見れたじゃないですか!」

「それは……そうだけど。う〜ん。立派な仕事をしたっていうことでいいのかしらねぇ……」


「いや〜〜竜の鱗って輝いて見えますねぇ」

「こら、それは売ったらお金になるんだから! 遊んでないで大事に扱いなさいっ」


 ルルカ、ジェーン、マルシャが戯れているのを横目に見ながらゼクシアは考える。


 これは、”運”が巡ってきたな、と。今までのルルカに唯一足りていなかったものが。

 あるいは運命フェイトかもしれないが。


 神はいつだって望んでいる。災禍と戦うための駒を。

 ちょうどそこにいる冒険者。神にとって都合の良い彼ら。あるいは彼らにとって都合の良い神。”火の粛清”に一番都合のいい日は、いつ?


 どちらにせよゼクシアにとって不足はなかった。ルルカに着いたのは間違いではなかった。これからはきっと退屈している暇はないだろう。


 かつて山と鍛冶の神ゴヴァノンは言ったという。

「このハンマーは重い」

 するとちょうどよい重さのハンマーがそこにあった。冒険者ハンマーは神々の望まれたように十全に”役に立った”。


 信じようと、信じまいと。

 冒険者ハンマーがどうなったかはわからないが、それで神は満足されたのである。


 どうかね? いい話だろう。

 こらこら、矢を射るな。神に歯向かうなど許されない。


  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 一件落着して数日。

 ゼクシアは夢を見た。


 ふと気がつくと、ゼクシアは曇天の下に立っていた。地面はある。だがその遥か下方に、うっすらと透けて宿のベッドと寝ている自分が見える。うつぶせだ。

 夢見の悪そうな表情である。


 なるほど?

 自分の背を見ることができれば、夢の中にいるということだ。


 足元から視線を上げ、辺りを見回す。

 焼け焦げた木々が見える。


 これは予知夢なのだろうとゼクシアは悟った。幼い頃から難度か見た覚えはある。


 月と予言と魔術の神ブリガンティアの思し召しだ。これがあったおかげで、ゼクシアは幼い頃に起こった災禍から逃れることができた。

 だが――。


「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


 クソデカため息。


「予知夢を見たからって……役に立ったことはないんですよねぇ。だいたい予知の通りに悪いことが起きるだけじゃないですか」


 夢のなかでゼクシアは自分の意思で言葉を紡ぐ。なかなかの精神力だ。


「今回だってどうせ……。はぁ。私に少しでも目をかけてくれてるなら、もうちょっとなんとかしてくださいよ、ブリガンティア」


 ついに神に敬称をつけずに言い放ったゼクシアは夢の推移を見守る。


「あ、私……、か」


 夢の中。

 周囲の森は、焼け焦げた森から茂った森へと変容している。幼い頃から現在までの早送りにめまいを覚えたゼクシアだったが――。

 その目は†エンドゲーム†一行を確認していた。ルルカ、マルシャ、ジェーン、そしてゼクシア自身。


「これは私の故郷近くの森……。なんだってこんなところに」


 夢のなかで一行は何事か喋っている。どんな内容かまではわからない。

 だが晴れ晴れしい表情だ。ルルカは特に嬉しそうにしていて、見慣れない大ぶりな杖を抱いている。


「……死亡フラグ」


 悪運にしか愛されていないルルカがこんなに嬉しそうな表情をしているなんて、良くないことが起きるに決まっている。


 だからこそブリガンティアはこの予知夢を見せているのだろう。


 わきあいあいと何事か話している四人。ルルカが杖を高くかざし、ジェーンも嬉しそうに拍手する。マルシャと、もうひとりのゼクシアも笑顔だ。


 更にそこに、見慣れない壮年の男性が現れた。


「……こいつか」


 ごく普通の村人といった出で立ちの男性だが、顔だけが漆黒の渦巻きのような異様だった。

「うわ……、きもちわる」

 だがその男性が奇怪な容貌に見えているのは夢を見ているゼクシアだけのようだった。夢のなかのルルカもジェーンもマルシャも、そしてもうひとりのゼクシアも違和感を持つことなくにこやかに対応している。


 漆黒の異様のなかで男が笑った、ような気がした。

 すると――。


 貫いた。

 刃が。

 鮮血。

 背まで。

 ルルカの腹部から。


「――――」


 絶句してしまう。

 ルルカが倒れ伏す。動揺するジェーンとマルシャの前に、蠢く男の体が立ちふさがる。体の各部が鋭い刃のように変形している。


 戦闘態勢をとるジェーンとマルシャ。だが全く間に合っていない。刃が変形しながら二人を手酷く切り裂き、異様の男はルルカが取り落とした何かを拾う。


「あれは……」


 いつの間にか、夢のなかのもうひとりのゼクシアと夢見るゼクシアの体と視点が同化していた。もう自分の背中は見えない。

 かわりに見えているのは、傷を負ったジェーンとマルシャ。そして血溜まりを作りながら倒れ伏しているルルカ。


 これではダメだ。

 助かりっこない。

 回復魔法が間に合わないほどの致命傷。

 おまけに大事なものを奪われて――。


「あああああっ!!」


 ――伸ばした手。


 差し込む朝日。


 チュンチュンとのどかな小鳥の声が聞こえる。


 宿のベッドの上。


 窓から外を覗くと、この部屋からは見慣れた街の景色。平穏そのもの。午前中の市場の喧騒。しばらくして聞こえる教会の鐘の音。


 ゴーン、ゴーン、ゴーン……。


「……夢」


 夢独特の不確かさ。急速にさっきまでの映像が途切れゆく。だが夢の中ですら感じた濃い血の匂いは覚えている。ルルカが何かを奪われて、倒れていた。


 奪って行ったのは……黒い渦巻き? 男? 判然としない。魔物なのか、人間だったのか、怪現象だったのか。


「とにかく、みんなに共有しないと」


 ――ゼクシアが去ったあとの部屋。開けっ放しの窓と扉。風が通り抜けていく。


 神はいつだって望んでいる。


 ちょうど良い駒を。


次回、『災禍の残り火 1.予知夢』

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