5.海蝕洞に乗り込む

 

 丸一日をかけ、また多大な犠牲を払いながらもなんとか罠は完成した。犠牲と言ってしまったけどルルカさんはちゃんと生きてます。


 罠は大きな落とし穴と捕鯨用の弩のセットなので、かなりの大物が相手でも実用に耐えるであろう。


 今は夜明け前。疲れ切った一行は村内の家屋にて野営をしている。


 ギリギリギリギリギリギリギリギリギリ……。


 不気味な音がするが、問題ない。

 これはルルカが歯ぎしりしている音である。よほど悔しいことがあったんだろうなぁ。


 シーフのジェーンは耳が良い。加えて、その種の訓練を受けた出自なので寝ずの番もできる。半覚醒の状態で休みながら、マルシャとゼクシアが見張りを交代したのもわかった。


 もうすぐ朝。朝のにおいがする。

 日が昇り始めると潮風の方向が変わるのだろう。冒険の合間の穏やかなひとときだ。


 ブン! ブン! ブン! ブン! ブン!


 不審な音がするが、問題ない。

 これはマルシャが素振りしている音である。ふにゃふにゃした性格のくせに早朝の訓練は欠かさない。よほど強く習慣付けられてるんだろうなぁとジェーンは寝ながら感心した。マルシャが訓練を欠かさない理由はまた今度の機会に。


 ブン! ブン! ブン! ブン! ブン!

 ギリギリギリギリギリギリギリギリ……。


 ……やっぱりちょっとうるさいかもしれない。


 日がしっかりのぼってから一行は身支度を整えて、昨日作った罠の状態を確認する。

「我ながら……ほんとに……はあぁ……」

 四人のうち、ルルカだけは地面に謎に突き刺さっている折れたマストを気にしていた。意外に引きずるタイプみたいだ。


「†エンドゲーム†参上……、っと」

「こら。バカな落書きしないの」

「いや〜、こんなの風に吹かれたらすぐ消えますよ」

「…………」


 それは昨日の失敗もすぐに消えますよということなのだろうか、とルルカは思った。しかしマルシャはやっぱり何も考えてないだけかもしれない。


「では……。洞窟も調査してみますか?」

「そうね。しっかり回復もできたことだし」

 ジェーンが提案したのは昨日の罠作りの合間に見つけた洞窟のことだった。いわゆる海蝕洞というやつで、いかにも何かがいそうな雰囲気を醸し出している。


 運動が得意なマルシャとジェーンが先導し、岸壁沿いにある入り口までロープを這わせていく。

 海蝕洞は意外なほど奥が深そうだった。足首くらいまで海水に浸かってしまう洞窟という感じだ。曲がりくねってはいるが風が吹いてきている。入り口は複数あるのかもしれない。


「……匂いますね」

「そう……?」

 先導しているマルシャが少し真剣な顔をしている。

 ただジェーンは何も感じなかった。耳と鼻は彼女のほうが数倍良いはずだから、マルシャが感じた匂いが何なのかはわからない。


 何にしろ警戒を厳にして進もうと思ったところで――。


「……!」

 ジェーンの耳が背後からの音をとらえた。

「後ろ! 何か来ます!」

 水音が複数。

 暗闇のなか、人型の何かがぬらりと姿を現す。


「ギルマンね!」

 ルルカがすぐに敵の正体を看破した。

「……たぶん!」

 と思ったがわりと適当だったみたいだ。しかしまあやることは変わらない。相手が半魚人っぽい風貌をしていることも一目でわかる。

 

 まずジェーンが相手の出鼻をくじくために動く。だがさすがに半魚人たちのほうに地の利があった。


 近づきすぎた――。ギルマンは手にもった粗末な銛でジェーンの横腹を薙ぎ払う。


「《プロテクション》」

 まともに受けてしまったが、ゼクシアの神聖魔術が壁の役割を果たしてくれたおかげでかすり傷で済んだ。

 月と予言と魔術の神ブリガンティアに祈るか泉河と豊穣の神アエマに祈るかどっちにしようかなぁ、迷うなぁ、といい加減ながらも真剣に悩んで詠唱したのが功を奏したらしい。なんでだよ。なんでそれで功を奏すんだよ。神はゼクシアに甘い。


 もう一発受けそうになったところだが、今度はマルシャが盾で防いだ。ようやく相手が五体ほどいることがわかった。

 ちょっとまずい。軽率に動いてしまったかもしれない。


「――吹き飛べ!」

 と思ったところでルルカの風の魔術が炸裂する。

 ジェーンは生唾を飲み込む。相変わらずすごい威力だ。この狭い場所で味方を巻き込まない技量も並大抵ではない。


「この……クソ魚風情がぁ! おとといきやがれ!!」

 口もすごく悪い。たぶんストレスがたまっていたのだろう。

 ギルマンの前衛はあっという間に消し飛んだ。だがまだ後衛が残っている。


 半魚人だからさすがにそれなりの知能はある。あのすごい形相で魔術を連打しているエルダナーンを狙うしかない。そう判断して一体は弓に矢を番えた。

「失礼します〜」

 しかしそのときにはもうマルシャが前進してきていて、弓矢ごと折るほどの強撃バッシュ

 逃げ出そうとしていた後衛のもう一体はジェーンが仕留めようとしたが、すんでのところでかわされる。


「逃がすかぁぁぁ!!」

 最後の一体も風の魔術エアリアルスラッシュで見事に消し飛んだ。

 やっぱりストレスたまってたんだな、と他の三人は思った。風の魔術で使役される精霊達もルルカにはちゃんと従おうと思った。怖いから。


 一行は危なげなくギルマンを退けて小休止。

 こうして冒険に出て、仲間同士の連携が良くなってきたかも、とジェーンは少し嬉しくなった。


「あの、ルルカ先輩」

「ん、何?」

「かっこよかった、です!」

「……へ? あ、はは、ま、まあね! ちょっと良いところなしだったから、戦闘くらいはね!」

 にこにこ。でれでれ。尻尾が左右に揺れる。


「マルシャも! かばってくれてありがとう!」

「いや〜〜、どうってことないですよ。このチェインメイルの調子も良くて、動きやすくて」

 チェインメイルが輝く。そして……輝く。語彙が足りない。


「ゼクシアさんも!」

「私、また何かやっちゃいましたか?」

 まあこの人はこんな感じでいっかぁ。


「ふぅ……よし。まだ奥はありそうね。このまま進んでみましょう!」

 朝はどんよりと曇っていたルルカの目も輝きを取り戻している。魔法って気持ちいいから。ヨイショにも弱いから。


「そうですね。村の破壊の痕跡からして、さっきの半魚人達は本命じゃないでしょうし。もっと大物がいる可能性がありますね」

「そ……そう! 私もそれを今言おうとしてたのよ!」

 ゼクシアの良いタイミングのフォローでルルカは冷静さを取り戻した。なんかまだ奥あるしなんとなく進んじゃおう〜くらいの無警戒さだった。危ない。


 海蝕洞の最深部に到達する。

 するとそこは巨大な空洞で、地下水脈が流れ着く地底湖になっていた。


「ジェーン、警戒よろしくね」

「はいっ」


 人がなんとか通れるくらいの大きさの水脈がいくつか集まって巨大な地底湖を形成しているようだ。湖といっても半分は地下水で半分は海水だろうが。

 何にしろ怪物が身を隠すにはおあつらえ向きの地形だし……何かの巣のようにも思える。


 すん、とジェーンの鼻が動いた。

「あ、この匂い」

 マルシャも勘づく。


 海蝕洞に入ったばかりのときにマルシャが言っていたのはこのことだったのか、だとしたらずいぶんと勘の良い――なんて考えてる場合ではない。


 地底湖の水底で”それ”はとぐろを巻いていた。


 目が合った。合ってしまった。

 気配に気づいて鎌首をもたげる。


「どどどどどわあああ!!」

 ざぶんと地底湖の水が溢れ、全員の足をとる。


 最奥に鎮座していたのは巨大な海蛇のような怪物だった。長い全身は堅牢な鱗に覆われており、イルカくらいなら丸呑みしてしまいそうなその大口には鉄すらも噛み千切ってしまうのではないかと思わせる鋭い牙が生えている。


「でっっっ………………か……」


 ざあああん、と威勢のいい音と共に更に大量の水があふれだしたのは、巨体が水面へと上昇してきたからだ。

 とぐろを巻いていてなお船ほどもある巨体が眼前に立ちはだかる!


「っ、引きましょう!!」

 ジェーンはすぐにルルカの体を掴み、かばいながら後退し始める。しかしあふれだした大量の水と、地底湖の地面の苔やぬかるみが足をとって思うように進めない。


 もっと悪いのはゼクシアとマルシャのペアだった。水流でゼクシアが完全に足をとられて転んでしまっている。

 助けなきゃ、と反射的に思う。


「……ジェーン、行っちゃダメ」

 だがルルカが制した。

「私を助けなさい」

「……っ」


 ルルカはここで全滅してはいけないと言っている。ルルカとジェーンだけでも助かれば、仮にゼクシアとマルシャが痛恨打を受けても救助できるかもしれない。全員で受けてしまうのが一番いけない。

「はい!」

 ルルカとジェーンは支え合い、寄せては返す荒い水流をかきわけて水路まで戻る。


 問題はゼクシアとマルシャ――。


「はは、もしかしたら弾きますよ」

 マルシャはゼクシアの支えになりながら剣と盾を構えた。

「この体格差で何ができるっていうんですか」

「さすがゼクシアさんは冷静ですね〜……」

 やっとゼクシアが立ち上がったところで、巨蛇の体が動いた。


 全身をゆっくりとうねらせる。

 だがゆっくりに見えるのは巨体だからだ。

 動きを目で追えていたのは束の間、うねりはすぐに巨大な尻尾での薙ぎ払いとして到達する――。


 マルシャはインパクトの瞬間まで目を見開いていた。

 最後の最後まで迫る尾を見る。鱗の流れを読む。

 予測される衝撃の大きさからして、盾で受け流しても完全に力負けする。腕が盾ごともぎとられてもおかしくない。


 だったら――構えた剣で引き切るしかない。


「《プロテクション》!」


 少年剣士の無謀にゼクシアと神は応えた。加護を得て無謀は勇気になった。盾の前に構えた剣に与えられた防護神聖魔術プロテクションが、接触と同時に堅牢な鱗の数枚を引き裂いた。結果、衝撃が盾の上下に分散する。


 マルシャとゼクシアは盛大に薙ぎ払いを受けて水路脇の壁に激突はしたが、数秒息ができない程度で済んだ。


「ジェーン!」

「はい!」


 マルシャは自分で立ち上がって水路に逃げ込み、ゼクシアはジェーンが運ぶ。


「……クエレブレ」

 ルルカはつぶやく。

 正体を看破するエンサイクロペディア時間は十分にあった。

 これでギルドからの依頼の半分は達成したが、どうする?


 君たちは這々の体で水路を戻っているところだが。何々してもいいし、しなくてもいい、というやつ。


次回、『とぐろ巻く脅威』

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