4.罠を作ろう

 商店の倒壊に巻き込まれ、エンドゲーム一行は生死の境をさまよった。

 何せ全員がペチャンコだ。ただではすまない。


 朦朧とした意識のなかでゼクシアは神の声を聞いた。

 神は言っている。ここで死ぬ定めではな――、えっと、違う。コホン。そういうことではなく。


 ゼクシアはあまり敬虔ではないが神官である。これで一応、神の声を聞いたことがある。幼い頃に月と予言と魔術の神ブリガンティアから言葉を授かったのだ。


 幼いあの時と同じように、ブリガンティアはゼクシアに言葉を授ける。あなたにはまだやるべきことがある、と。


(はあ? じゃあペチャンコにしないでくださいよ)


 …………。


 もっともである。


(だいたいですね。遅すぎるんですよね。幼い頃のことを蒸し返して申し訳ないですけど。あの時も手遅れになってから――)


(――まあ済んだことなんでいいですけど。それで?)

 

 文句を言っているようではあるが、ゼクシアは事実を述べているだけだ。怒ってもいない。気持ちの切り替えも速いしいつだって今が優先だ。そういうところがなんだかんだで神様にとってもちょうどいいのかもしれない。


 この世界に意味のないことはひとつとして無いからにして――。


(どうせあれでしょう? 神はその者が乗り越えられる試練を与えるのだ、とかそういうことを言うんでしょ?)


 先回りされてしまった。聡明な神官だ。

 …………。

 言うことなくなったな。


 じゃあまあ、そろそろ起きて、仲間にヒールをかけなさい。


(言われなくても)


(全くもう。そんな調子じゃブリガンティア様からアエマ様に鞍替えしますよ)


 夢のなかで言ったつもりだったが、


「……アエマ様に鞍替えしますよ」


 目を覚ましながらゼクシアはつぶやいていた。


 ルルカ、ジェーン、マルシャの姿。完全にノビている。

 ゼクシアも含めて倒壊に巻き込まれているが、瓦礫が奇跡的な形で折り重なってなんとか致命傷を免れていた。


  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 なんとか命拾いしたエンドゲーム一行は、念のため海から離れた場所で野営して回復に努める。

 一晩寝て過ごして態勢を整えた。


「†は必要、だもん……」

 ジェーンも体力が回復して余計なことも言えるようになってきた。だが猫族の耳としっぽはまだ下がりっぱなしだった。シーフとしての感知ができなかったことを気にしているらしい。


「クソがーー!! 神様なんていたって、絶対私たちの敵よ!」


 そんなジェーンを少しだけ元気にしてくれるのがルルカの身も蓋もない悪態だった。


「口わる」

 マルシャも茶々を入れる。パーティの空気をほぐすためにそう言うことにしたのかもしれないが、何も考えていないだけかもしれない。


「まあ私もどうかと思いますけどね。神様のお告げっていっても半信半疑ですし。やっぱりアエマ様に鞍替えしようかなぁ」

「ゼクシアさん、神官ってそんなに軽く信仰変えてもいいんですか?」

「さあ。あくまで内心の問題だからなんでもいいんじゃないですか」

 どこまでも適当なプリーストだ。

「なるほど〜!」

 マルシャもそこは感心するところではない。


「フン……。神が何よ。絶対見返してやるんだからね」

「神様を見返すだなんて……さすがルルカ先輩! すごいです!」

「そ……そうでしょう? そのくらいの意気込みでないとね!」


 なんとか気を取り直して†エンドゲーム†一行は再び村の調査へと向かう。


 とりあえず村のなかをひとしきり調べ、物資を調達することはできた。冒険者への依頼中に必要だったものは神殿の名のもとに接収しても良いことになっている。火事場泥棒にはならないので安心だ。


「マルシャはこの魔法のチェインメイルでも着てなさい。光って目立つからちょうどいいわ」

「はあ。今のハードレザーより強そうなのでありがたいですけど。何がちょうどいいんですか?」

「……囮に」

「あははは、そんなイカ漁じゃないんですから」

 マルシャは軽く笑って意気揚々と魔法のチェインメイルを着る。

「いや〜、この鎧の輝き。そして……、輝き。気分が良いですね〜」

 マルシャには語彙が少なかった。ウォーリアなので。


 あとルルカとしては囮にされるのも嫌がられるだろうと思っていたので、機嫌よく返されて驚きだった。

 やや情緒がおかしな少年だけどウォーリアとしての自覚だけはあるらしい。そういえば倒壊のときもかばってくれようとしてたっけ。


「似合ってるわよ」

「ピカピカ、いいですね」

 現代地球人アーシアンが七色に光る装備のことを”げーみんぐ”と言っていたのを聞いたことはある。妖精が編んだこの魔法のチェインメイルもそんな感じだなとルルカは思った。あとクッソダサいなとも思った。


「マルシャ、似合ってる」

「いや〜ジェーンさんならこの良さをわかってくれると思ってましたよ〜」

「…………」


 ”†”といい”げーみんぐ”といい、ティーンのマルシャとジェーンのセンスにはちょっとついていけない。


 村の探索を終えて次は港と浜の探索だった。

 

 港も破壊の痕跡は大きいが、もともとはよく整備されていたことがうかがえる。 

 停泊している船にも随分立派な大型漁船がある。鯨漁に使うものらしく、弩砲も備え付けられていた。


「船は甲板上は無事ですけど、船底は破壊されてるみたいです」

 今度はシーフのジェーンが率先して探索を申し出てくれている。

 ひとりで大丈夫だから、と身軽に船着き場と船上を飛び回って状態を確認。


「ジェーンさん、本当に猫みたいですねぇ」

「いや〜、最初に見たときからすごかったですよ。あの紙の回収とか」

 のんきに見守るゼクシアとマルシャ。


 その横でルルカはずっと何か考えていた。リーダーとしての責任が彼女を強くしているのかもしれない。 

「そうよ……囮。目には目を、歯には歯を……。もしかしたら、神はこれを伝えたかったのかもしれない……っ」


 甲板上の弩砲を見た瞬間に、ルルカの思考のピースが繋がった。


「みんな、いい作戦を思いついたわ! 罠よ! 罠を作るの!」

「罠ですか?」

「海から現れて地を這う巨大なヘビ……。何が何だか知らないけれど、鯨を仕留める弩を使えば……!」


 ルルカの作戦はこうだった。

 砂浜のほうに大きな落とし穴を作り、目標をそこに誘い込む。完全に動きを止められなくても足止めにはなるはずだ。

 そこでまず目標がいったいどんな姿なのかを確認する程度の余裕はあるだろう。

 次に、もし足止めがうまくいけば弩砲を撃つ。

 手応えがあればルルカの魔法で一気に畳み掛ける――。


「どう? 完璧な作戦でしょう?」

「さすがです先輩! すごいです!」

「ふふ……」

 ジェーンにヨイショされてルルカはライラック色の長髪を風にたなびかせた。


「そんなにうまくいきますかね〜? だいたいそれ、囮になるのは僕ってことですか? 別にいいですけど」

「神様は別に罠を作れとは言ってないと思いますよ。そもそも倒壊したのは罠じゃなくて自業自得」


「う、うるさいわね! じゃあ対案を出しなさいよっ!」

 風にたなびかせた自慢の長髪は潮風でパリパリになっていた。


「まあ、落とし穴を作るのと弩を活用するのは賛成です。ただ、落とし穴は相当大きなものになりますよね」

「そうなるわね。まあそこは私の魔法も活用して、なるべく手早く掘りましょう」

「そんな大きな落とし穴を隠蔽する、大きい布ってありますか?」

「…………」


 現実的なゼクシアの質問でルルカは詰まった。

 彼女を見つめる3つの視線。

 純粋に期待してくれている素直なジェーン。

 半信半疑の正論のゼクシア。

 面白そうだなぁくらいしか考えていない天然のマルシャ。


 ルルカはリーダーとしての威厳をここで見せなければという強迫にかられ、また風に髪をたなびかせた。ぱりぱり。


「大きな布ならそこにあるじゃない――」


 停泊している大きな船。帆船。

 立派なマストがある。

 マストがあるから帆布もある。


「あれを使えばいいわ。今ここに持ってきてあげる!」


 ルルカの杖の先端が光る。風が彼女のまわりで急速に渦巻く。


「《エアリラルスラッシュ》!」


 ルルカの風魔法の一撃は帆船のマストの根本に見事に直撃し、それをへし折った。


 そして――。

「え、あれ?」

 ――マストがこちら側に倒れてくる。


 なぜ予想がつかなかったのか。

 呆けているルルカの顔が倒れ込んでくるぶっとい帆柱の陰になった。


 とっさの判断でジェーンとマルシャはゼクシアをかばう。アコライトの回復は大事ですからね。経験が生きたね。


 倒れ込むマストの下に取り残されたのはルルカだけだった。


「神様なんていたって、絶対私たちの――」


 バキバキバキ……ズゥウウウウウンン!!


「敵だああああぁああああ!!」


次回、『海蝕洞に乗り込む』


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