2.街道上の襲撃


 馬車の準備はもう出来ていた。アリエッタや衛兵の言う通り、至急の依頼だったのだろう。

 エンドゲーム一行はグランフェルデンから街道に沿って西へ進む。「†」入れなくていいよね?


「むにゃ……いえ、入れてください。絶対必要……です」

「こら、ジェーン。寝言言わないで」

「ふあ」

 猫族のあくび。と伸び。体がめちゃくちゃ伸びるような気がする。

 がたがた揺れる馬車の中。

 お世辞にも寝心地は良くないはずだ。


「まったく……。初の大きな依頼だっていうのに、もう居眠りするなんて。神経太いわねぇ」

 ルルカに何か返事をしようと思ったジェーンだが、すぐに異変に気付いた。ぴんと立った琥珀色の耳が動く。フードで隠れてるから見えないけど。


「私なんて緊張して口の中が乾いちゃって……お尻も痛いし……。はぁ、ちゃんと詠唱できるかしら。あかまきがみきまきがみあおまきがみ」

 ルルカは異変に気付いていないようだ。

「しっ。ちょっと静かにしてください」

「え、あ、はい」


 馬車の中でマルシャとゼクシアにも目配せする。その一瞬でマルシャは意図を察して馬車から飛び出した。ジェーンもすぐに続いた。きょとんとしているルルカと、御者に合図しているゼクシアを横目に見ながら。


「いや〜、お出ましですねぇ〜」


 マルシャが腰の剣をすらりと抜いた。なかなか様になるなぁとジェーンは思った。もう一度マルシャと目が合う。すると彼は大ぶりな動作で盾も構えた。


「外に悪漢がいますよ!!!!! ルルカさん!!!!」

「声でか!? わ、わかってるわよ!」


「チッ! 勘のいいやつらだ……おいお前ら!! 命が惜しけりゃ金目のもん置いていきな!!!」

 馬車の行く手を塞ぐように数人の山賊が現れた。ゼクシアにまけじとデカい声で脅してくる。

「あ、ほんとにいたんだ」

 デカい声は敵を釣り出すのにも役立つ。


 相手はただの山賊だ。特別な訓練を受けているようには見えないし、魔法使いもいない。

(烏合の衆だなぁ)

 とジェーンは思った。


 事実、彼女が単独行動して回り込んでいることに誰も気付いていない。マルシャが構えた盾と馬車の影の死角を活かしたのだった。

 

(まず二人)

 山賊のほうもまったくの無策ではなく、何人かは馬車の背後にも回り込もうとしていた。ジェーンのほうが先に気付いて別行動の二人を落とす。

「ぴぎゃ!?」「もげ!」

 山賊が待ち伏せに使うくらいの場所だから、木々や廃墟があって見通しは悪い。

 ジェーンにとっても有利な環境だった。

 それにしても山賊って断末魔までかっこわるい。


「どうしましたか〜? 行かないならこっちから行きますよ」

 マルシャが盾を構えて突進し、正面のひとりをバッシュで跳ね飛ばす。

 山賊たちは包囲が完成してから動く手筈だったのだろうが、ジェーンとマルシャの崩しで統率に乱れが生じている。


 その間にルルカが呪文の詠唱を始めた。

 山賊にいよいよ焦りが見え始める。

「くそっ、やばいぞ……どうなってやがる……っ。あ、こら、お前ら!」

 うん、やっぱり烏合の衆。

 正面の二人がばらばらにマルシャに殴りかかってしまう。


「どんどんかかってきて下さいね〜」

 盾と剣をうまく使ってマルシャが山賊の刃をいなす。二人くらいなら何のその。


(……けっこうやる)

 いつもへらへらしているマルシャだが――というか今もなんかへらへらしているように見えるが、剣士としての腕前はなかなかのようだ。

 動きに無駄があまりない。基礎ができている。やりたいことがはっきりとわかる。それは敵に動きが読まれやすいという面はあるけれど――山賊程度が相手ならシンプルさと速さで打ち勝てる。


(……もうひとり)

 仲間としては合わせやすいのも事実だった。

 マルシャが相手している敵の背後を突いて一人倒す。更にその脇にもうひとり。


「て、テメェ! どこから!」

「危ないよ、そこ」


 ジェーンが一旦飛びのいたところにルルカの風魔法が炸裂した。

 土煙をあげつつ山賊が吹っ飛んでいく。


「やったか!?」

「ルルカさん、それは言わないほうがいいですよ」


 後衛のゼクシアとルルカも遊んでいたわけではない。

 それぞれが己の役割をこなし、山賊の頭数は数十秒で半分ほどに減っていた。


 戦況を確認してからルルカがすかさず次の詠唱を始めた。彼女の得意の風魔法。

 シーフのジェーンの耳にならその詠唱の声は届く。


 好きな詠唱だった。

 魔法使いメイジの詠唱も十人十色だ。よくわからないけれど、精霊とか元素とかこの世界の構成とか、そういうものに訴えかけて魔法が出来上がってくるのだとジェーンは解釈していた。

 一喝して力で統率するような詠唱もあれば、優しくおだてて流れを作るような詠唱もある。切実なもの、一生懸命なもの、信頼、命令、協力、懐柔……詠唱には個性が出る。


 ルルカの詠唱は傲慢で、でも真摯だった。この私の声に答えなさい。この天才の声に答えなさい。私は天才なんだから。答えろったら答えろ! この! こらそこ! サボるな怠けるな休むな! 行け行け行け!!


「《エアリアルスラッシュ》!」

 どう、と暴力的な風が巻き起こって地面ごと山賊を跳ね上げた。ぎゃあぁぁ、という断末魔がドップラー効果で歪む。

 その場にいる誰もが空高く飛ばされていく山賊(多分山賊:Fくらい)を見送ってしまった。


「い、威力エグいですね……」

 砂埃が晴れるとマルシャが若干引くくらいの大穴ができている。


「ひ……!」

「魔法使いなんて相手してられっかよ!!」

 ルルカの魔法の威力を目の当たりにして残党はちりぢりに引いていった。

 記念すべき初勝利だ。


 マルシャは剣を鞘に収め、盾を背負い直す。ルルカの魔法があけた大穴をしげしげと眺めながら。

「先輩の魔法、すごいですよね」

「いや〜、僕は初めて見ました。ルルカさんが本気出してるところ」

「ふふん」


 なぜかジェーンが肩をそびやかす。

 自分を天才だと信じる者しか天才にはなれない。自分ならできると信じる人にだけできることがある。ジェーンはいつもそう思っていた。


 前衛の二人が馬車のそばに戻るとゼクシアがすぐに歩み寄ってくる。

「はいはい、ちょっとヒールしますからね」

「傷なんてほとんどないですよ」

「まあまあ、私がちょっと疲れるだけでタダみたいなもんなんですから」


 ジェーンの耳がまたぴくりと動く。

 今度はゼクシアの”祈り”を聞く。


 ゼクシアの祈りはルルカの詠唱とうってかわってめちゃくちゃ適当だった。

 まあ別に〜私の祈りなんてどうでもいいでしょうし〜、聞き入れてくれなくてもいいんですけど〜、一応お願いしときますね〜、まあ神様ならこれくらいできますよね? できて当然ですよねぇ? できてもらわないと困るんですよ〜。


 キラキラキラキラ〜しゅわわわぁ〜ほわぁ〜ん。


(……なんでこれでうまくいくんだろう?)


「おお〜、やっぱりゼクシアさんのヒールは効きますね〜! 実は攻撃受けたときにちょっと打ち身になったかなと思ったんですけど」

「無理しないでくださいね」

 優しく、というよりはどうでもよさそうに言うゼクシアと、


「うーん、さっきのは出だしはよかったんだけど、力を打ち消し合ってしまったような……」

 ぶつぶつ言いながら自分の魔法の威力を検証しているルルカ。


 耳をぴこぴこと動かすジェーンであった。フードに隠れて見えないけど。


 再び馬車に乗り込んで、エンドゲーム一行は事件のあった村に向かう。

「†は必要です」

 †エンドゲーム†一行は事件のあった村に向かう。



次回、『探索、そして下敷き』

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