とぐろ巻く脅威

1.波乱の依頼

【1章予告】

 エリンディル北部、トワド内海に面するとある漁村にとある脅威が迫っていた。

 突如外海から現れたその怪物は一夜にして村を破壊して回り、恐怖を振りまいたという。


 生き残った村人達は這う這うの体で逃げ出し、事態の解決を冒険者たちへ依頼したのだった。


 果たして冒険者たちは水底に潜む脅威に打ち勝ち、村を救うことができるのだろうか?


 アリアンロッド2E『とぐろ巻く脅威』


  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ルルカ・ルカ。風の大魔法使い(予定)。

 そうだなぁ、大魔法使いと書いて……風の大魔法使いディジニ・ウィザードなんて読みはどうかしら?

 さらさらとメモしてみる。少し気分が良くなった。うんうん。

 クロスさせた足を机にのせて頷いている。行儀が悪いです。


「先輩、書類のお仕事ですか?」

「なわぁ!?」

 いつの間にか室内にいたジェーンが話しかけてきて、ルルカは慌ててメモを隠した。だいぶ恥ずかしいですからね。


「ジェーン、ノックくらいはしなさいね」

「あ、すみません。扉が開いてたものですから」

「そうだったの? うーん、しっかり閉めたつもりだったけど……建付けが悪いのか、風のいたずらなのか……」


 この場合は一度扉を閉じてからあらためてノックをするべきでしょうかと生真面目に聞いてくるジェーンに適当に答えつつ、ルルカはため息をつく。


 仕事がない。

 いや、あるにはあるのだが、迷子を探してほしいとかお祭りの興行レースに出てほしいとか旅館の宣伝を手伝ってほしいとか些末な依頼ばかりなのだ。……些末か? まあともかく。


 もっとこう……ビッグな仕事がしたい。

 せっかく古き都グランフェルデンまで来てギルドを構えたのだから、国や歴史や文化の中枢に関わるような仕事がしたい。そしてゆくゆくは風の魔法を極め巨悪を打ち倒し……。


「? でぃじにうぃざーどってなんですか、先輩」

「えっ!? ななななに、そんなこと言ってな――」

「なんだかとってもかっこいい響きです……!」

「……気にしないで。忘れてちょうだい」


 探索者シーフのジェーンと剣士ウォーリアのマルシャが合流してから二週間。ジェーンの”先輩”呼びにもすっかり慣れてきた。


 だが……とにかくこのままではいけない! 小人閑居してなんとやらという。まあ私は小人じゃありませんけど。と頭のなかで付け加えながらルルカは立ち上がった。


「ジェーン! 仕事を探しに行くわよ!」

「あ、はい! でも……そんなに都合よく見つかるでしょうか?」


 ジェーンが至極もっともな心配を口にしたところで、外からガチャガチャと金属鎧が鳴る音が聞こえてきた。

 

 往来に出てみると、何人かの衛兵ガードが慌てた様子で神殿のほうへと走っていく。ガッチャガッチャ。

 その金属鎧には神殿の紋章が刻まれている。


「なにかありましたかね」

 ちょうどゼクシアも顔を出した。やはり音が気になったらしい。


「……事件の気配ね。私たちも神殿に行きましょう! デカいヤマにありつけるかもしれないわ!」

「なるほど。じゃあマルシャさんも呼びますね。さっき屋上で素振りしてるところを見たので」


 てっきりゼクシアが呼びに行ってくれるのかと思ったが。


「マルシャさああああああああーーーーーーーんんんんん!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「……声でか」


 ゼクシアが屋上に向かって大声を出す。めちゃくちゃよく通る声だ。さすが神官アコライト。遠いところにおられる神様に祈りを届かせなきゃいけないのだからこれくらいは当然といえよう。


「そ、そのデカい声は……! さぞかし名のあるアコライトとお見受けした」

「それほどでもないですけど」

 衛兵のひとりがゼクシアを振り返った。やはり神職において声のデカさは正義なのだ。


「あなたを見込んで頼みがある。緊急の依頼が神殿に寄せられている。ぜひ力になってほしい」

「そこまで言うなら仕方ないですねぇ」


 有能なアコライトは態度もデカい。遠いところにおられる神様に気づいてもらうためには存在感もデカくないと。

 ほどなく現れたマルシャも連れて、四人は神殿へと向かった。


  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 神殿内に入って依頼斡旋所に向かう。

 すると小柄なフィルボルの少女、受付嬢のアリエッタがすぐに駆け寄ってきた。

「お待ちしてました! 衛兵の方が腕利きの冒険者がもうすぐ来ると言ってたんですが――ルルカさん達のことだったんですね!」

 こちらは有能な受付嬢。冒険者の顔と名前はしっかり覚えている。


「えっと……、だがー、エンドゲーム、だがー……の皆さん!」

「そ、その名前は言い直さなくても……」

 苦い顔をするルルカを差し置いて約二名が前に進み出た。


「はい! 『†エンドゲーム†』のジェーンです!」

「いや〜、この時を待ってましたよ〜。『†エンドゲーム†』のマルシャです。僕たちに任せてくださいよ。きっと解決してみせます、『†エンドゲーム†』が……ね」


「こら、二人とも! ギルドリーダーは私!」

「ダガーは発音しなくてもいいですよ」

「ゼクシアまでふざけないで! 緊急の依頼があるって言ってたでしょ!?」


「あはは……、で、ではルルカさん」

 ルルカの剣幕を見て、アリエッタ嬢は誰と話すのが一番手早く穏当に済むか瞬時に理解したようだ。やはり有能な受付嬢である。


「ええっと、今朝届いたばかりの依頼なのですが……」

アリエッタがあらためて依頼書を取り出してルルカに見せた。


『つい先日の嵐の夜、突如海から巨大なヘビのような魔物が現れて村を襲いました。

 幸い海の様子を見ていた漁師の男が怪物の接近にいち早く気付き、村人達を逃がしてくれたため死者は出ていません。ですが家や船は破壊し尽くされ最早人が住める状況ではありません。

 再建しようにもいつまた怪物が襲ってくるか分からない以上村へ戻ることも出来ないのです。

 どうかお願いします怪物を倒し私達の村を取り戻してください。』


「巨大な……ヘビ……?」

 つぶやくルルカをよそに、ゼクシアがごく自然な動作で依頼書を受け取った。ジェーンとマルシャも回し読み。

 家や船が”破壊し尽くされた”。穏やかじゃあないね。


「は、はい。ヘビというのはあくまで未確認情報です。村まるごと避難しなければならないような、大きな怪物で……えっと……正体も不明で、他の冒険者さんも尻込みしてしまって……」


 詳細を伝えるアリエッタの声がだんだん小さくなっていく。


「すみません……かなり危険な依頼なので、無理強いはできないです。だってあの鯨漁で有名な村の方々がたちうちできないような――。村まるごとの避難で受け入れ先の物資も逼迫していて……」


「フ……」

 しかしルルカは不敵に笑った。


「報酬はいかほどかしら?」

「やっぱり無理ですよね、こんな危険な――。……え? 報酬ですか?」

「ええ。報酬を聞いているの」

「依頼を受けていただけるんですか!?」


 ルルカはめちゃくちゃかっこいい立ち居振る舞いをしてるつもりである。


 シャランラ〜と効果音が鳴ってキラキラ輝きそうな。受付嬢アリエッタにとってもまさに救世主のように見えているであろう。

「ええ……。引き受けてあげる」

 かっこよくキマった。最高に。


「あ……ありがとうございます! だがー、えんどげーむ、だ――」

「いいから報酬! 報酬を教えてちょうだいっっっ!!」


 恥ずかしいギルド名はさえぎって。

 依頼報酬は、怪物の討伐を成功させれば4000G、情報を持ち帰るのみで2000Gという破格のものだった。


(海から来た未知の怪物……。クジラより大きいかもしれないなんて、もしかしたら伝説級かも……。倒せば名声、おまけに……4000G! 風の大魔法使いディジニ・ウィザードの記念すべき第一歩よ!)


 ひとまず進むべき道は見えたようですが、そんな危険な道を選んで大丈夫ですか?

 道をただ辿るだけでは目的地に着けないこともあるでしょうに。



次回『街道上の襲撃』 初のバトルです!

 

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