風に呼ばれた冒険者 アリアンロッドRPG2E

ぽろり

プロローグ 改名


 彼女には才能があった。

 容姿も整っていた。

 運動神経だって悪くない。


「どうして……紙が勝手に飛んでくのよぉ!」

「さあ。なんででしょうね」


 しかし、冒険者に必要な”ツキ”がない。それがゼクシア・ローレンツから”彼女”への評価であった。

 彼女とは、ルルカ・ルカ。

 ギルドを立ち上げたばかりのうら若きエルダナーンだ。

 はたちを少し超えたばかり。ライラック色の長髪が印象的な、風の魔法使いメイジ


 今は情けなく机につっぷして、書きかけの書類を必死に押さえている。

 抱きかかえているといったほうが正しいか。

 ルルカがギルドの改名届けを書こうとすると、なぜか届け出用紙が派手に吹き飛ばされる。

 それで済むならいいが、インクがこぼれたり紙が破れたり天井が雨漏りしたりランプの灯りが消えたりとろくなことにならない。


「まだ続けます? これ」

「ぐ……」


 事情があって、ルルカは立ち上げたばかりの自分のギルドの名前を変えたかった。だがその簡単なことができない。

 部屋の中には汚損した改名届けが二十枚は散らばっていた。


「ど、どうして……ぐ、う……あひゃあ!」

 ビリビリビリビリ!


(また紙が破れた)

「また紙が破れましたね」


 この部屋にいるもうひとりのエルダナーン、ゼクシア・ローレンツ。かけだしの神官アコライト。長所は良い加減なところ。悪いところはい〜かげんなところ。ルルカのギルドの立ち上げに参加したメンバーで、二人の年の頃は同じ。金髪でかなり美人系の顔立ちなのだが、大きな丸メガネで印象が和らいでいる。


「まあいいんじゃないですか。ギルド名はとりあえずそのままでも」

「いいえ、絶対イヤ! 何がなんでも……ぉおお!」


 雄々しい声をあげて書類を机に押さえつけるルルカをゼクシアは眺める。

 しかしその目は優しかった。

 なんで?


 面白がってるわけじゃないんです。いやちょっとは面白がってもいるのですが。


(……これでツキがまわってくる気がする)

 ゼクシアの勘が告げていた。このルルカ・ルカというツキのない魔法使いに女神が微笑むとすれば、このギルドがきっかけのはずだ。だって神っぽいものがギルドの運命を変えてしまうことをこんなに拒んでいるのだから。

 何か”ある”に違いない。しらんけど。


「うおおお〜〜〜〜っ! 飛ぶな……、飛ぶなァ!! 紙ごときが……くっそ!」

「口が意外と悪いですよね、ルルカさん」

(名前って意外と大事なんですよ、ルルカさん)


 ゼクシア・ローレンツ。肝心なことは言わないアコライト。


 ――コンコン。

 書類と格闘するルルカをよそに、部屋の扉がノックされた。

「はいはい、あいてますよ」

 ゼクシアが軽く答える。

「すみません。こちらでギルドメンバーを募集してると聞いたのですが――」

 若くて可愛らしいが落ち着いたトーンの声。

「はーい、お入りください」

「失礼します」

 扉が開き、ヴァーナ(猫族)の少女が現れる。


「え? ちょっと待っ――、今取り込み中で……! あ、はは、ごめんなさ――、このクソ紙がぁ!」

「加入希望ですか?」


 少女が部屋に入ると同時に、開け放たれた扉から謎の突風も入ってきた。

 ビュウゥ、バサバサバサバサバサバサバサバサ!!


「あああ〜〜〜〜〜〜!!」

「あーあ」

 またしても書類が室内で風で荒れ狂う。二十数枚の書きかけの書類で小さな竜巻ができるほどに。


「ごめんなさい! わたしが扉を開けたせいでしょうか」

「あ〜、そういうわけじゃないんで。気にしないでくださ――」


 ゼクシアが言い終わる前に、ヴァーナの少女が室内を縦横無尽に駆け回った。

「――――」

 無言のまま吹きすさぶ紙片を両の手で次々と捉える。しなやかなステップ。無理な姿勢になっても回収を優先し、ときには体の面を使って逃げる紙を押さえる。

 シュバババババっと。あっという間にヴァーナの少女はすべての書類を回収した。


「これで良かったでしょうか」

「えぁ……。……え、ええ! もちろん! あなた、すごい身のこなしね!」

 書類をルルカに手渡す。猫族特有の尻尾をふりふり。

「名前は?」

「……ジェーン。といいます」

「ジェーン、いい名前ね。私はルルカ。ギルドマスターのメイジよ。ギルド加入希望ということだけど、もちろん大歓迎! その素早さならシーフかしら? ちょうど探してたのよね! あなたみたいな腕利きが入ってくれるなら心強いわ!」


 早口だなぁとゼクシアは思っていた。

 まあ、たしかに腕利きの探索者シーフはほしいところではあるし。ジェーン。ちょっとだけ影がある少女だけど、まあシーフってだいたいこういうものかも。という偏見。


 ルルカがジェーンの肩をがっしとつかんだところで――。

「すみませ〜ん」

 開けっ放しの扉の向こうからもうひとつの声。今度は少年だ。

 今日は千客万来ですね。


「紙が飛んできたんですけど〜」

「あ〜すみません、ウチのですね。こちらで回収します」


 腰に片手剣を提げ、ハードレザーの鎧をまとった少年が入室してくる。

「どうも〜」

 背中には盾。明らかに戦士ウォーリアのヒューリンの少年。


「なになに……、えっと……。改名届け……」

 少年は入室しながら手にもった紙を読み上げた。

「ギルド名『ダガ……、あ! ここでしたか。いや〜〜、ちょうどよかったです。受付の人に聞いて探してたんですよ、このギルド」


「あ゛……、ちょ、ちょっと、ギルド名は、その――」

「改めましてすみません、ギルド『†エンドゲーム†』の方ですよね。あなたはギルドマスターのルルカさん?」


「『†エンドゲーム†』……?」

 ジェーンがぴんっと耳を立てた。

「ダガーエンドゲームダガー……、このギルドってそんなに格好いい名前だったんですか!?」

「いや〜、そうなんですよ〜。受付の人に聞いて、僕も興味をもったんです。超かっこいい名前だな〜〜って」

「ダガーエンドゲームダガー、『†エンドゲーム†』、ダガーエンドゲームダガー……」


 ジェーンが口の中で繰り返す。目がとてもキラキラしている。

「ルルカさん……、いえ、ギルドマスター! 『†エンドゲーム†』、加入したいです!」

「あ、僕はマルシャといいます。僕も加入したいです〜、『†エンドゲーム†』に、ね」

「はい! 『†エンドゲーム†』に!」

「何度でも口にしたくなる……いい名前ですよね〜」

「最高です……っ。すごすぎる……こんなにエクセレントなギルド名……っ」

 ジェーンとマルシャと名乗ったウォーリアの少年はもう意気投合している。


「あ゛っ、あの……、え゛……っと。加入希望はありがたいんだけど、今うちのギルドにはちょっと事情があって……」

「そ……そうなんですか? 入れないってことですか?」

「う……」

 猫族のヴァーナなのに、ジェーンが子犬のような瞳でルルカを見上げた。

 

「そういうわけでもないんだけど……、あはは……」

 逃したくない。腕利きのシーフ。おまけに素直そうで可愛い。

 ウォーリアもまあちょうど足りなかったところだ。

 立ち上げたばかりのギルドで資金も心もとない。手っ取り早くメンバーを集めてお金を稼がなければ。そろそろ酒代が。


「残念です……。ダメなら他を当たることに――」

「事情があるなら仕方ないですねぇ〜」


 がっし。

 再びルルカはジェーンの肩をつかんだ。ついでにマルシャのも。


「よ……ようこそ! 『†エンドゲーム†』へ! 加入歓迎するわ!!」


(あーあ)

「あーあ」

 酔った勢いでつけたダサい名前だから改名したいとあれほど言っていたのにな、とゼクシアは思いつつ、ひとつだけ付け加える。


「ダガーは発音しなくていいですよ」


 アリアンロッドRPG2E

 冒険の風が『†エンドゲーム†』を招く!

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