第2話:若き軍人と不定形の巫女
時は一年前の1943年、ミッドウェーでの日本海軍艦隊の大敗がきっかけで劣勢となった日本は占領下と領内の南方に面する島の防衛強化を行っていた。
同年7月の初頭、尉樹羅島の防衛の為に正太郎が指揮する独立混成第44連隊を乗船させた強襲揚陸艦「あかつき丸」の二番艦「いんすます」が輸送船三隻を連れて入港、先に連隊を上陸させる。
44連隊は横四列になって綺麗に列を組み小さな町中を行進する。そして補装された土の道の左右には島民達が大いに歓迎し、兵士達に向かって小さい国旗を振ったり万歳を贈る。
その後は三隻の輸送船から大量の銃器類や火砲類、物資、燃料、そして本土決戦に備えて先行量産された新型戦車のチヌ、チト、チリ、ホイがクレーンで下されていた。
一方、九八式軍衣袴を着て帽垂れ布を着けた略帽を被った連隊長の正太郎は町から少し離れた森林に囲まれた丘を石階段を使って一人、上っていた。
階段を上り終えると正太郎は右腕で夏の暑さと疲労で流れる汗を拭くと古墳の入り口前まで歩く。
「ほーっこれが尉樹羅古墳か。確かに島民の言う通りだ。この古墳は島を統治していた権力者のお墓と言うよりも古い神を祀るって感じだな」
そして正太郎は左手に持っていた花束を入り口の石段に置き、さらに肩から掛けていたバックからお饅頭と小さな瓶の日本酒を取り出し置き、次に小さい束となった線香にマッチで火を点け置くと一歩、後ろに下がり両手を合わせて軽く頭を下げる。
「尉樹羅様、島の防衛の為にお世話になります。それと地下陣地や塹壕の構築の為に山岳を掘りますので何卒、お許し下さい。これも島を、日本を守る為です」
「あらーっ兵隊さんが尉樹羅様にお参りですか?」
正太郎は突然と聞こえて来た女性の問いに答える為に祈りを止める。
「あっ!はい、そうなんです。しばらくお世話とご迷惑をしますので。その地に守り神が居れば必ず挨拶をするって言うのが我が家の家訓でしって」
そう笑顔で答える正太郎は声がした右の方へ向くと、そこには巫女装束を着た美しい黒髪を後ろで結んだ美女が笑顔で花束を両手に持って立っていた。
彼女を見た正太郎は笑顔が消え、茫然となり顔を赤くする。一方の彼女も正太郎の笑顔を見て全身に電気が走ったかの様に痺れ、茫然となり顔を赤くする。
「「あ!あの!」」
「俺!正太郎って言います」
「私!蛯子と言います」
二人は同時に名前を言うと二人はハッとし、そしてお互いに好きになり恋心を抱いた事を理解する。
■
それから三日後の朝、軍服を着た正太郎は仮の連隊司令部として使っている和式の民家で島の防衛作戦の制作を和室で胡坐になって机で行っていた。
「よし!防衛はこれで大丈夫だ」
正太郎は作った作戦資料を黒の小さな金庫へと入れる。
「すみません!ごめん下さい!」
玄関から男性の声がしたので正太郎は向かうとそこには少し古びた服ともんぺを着た白髪の老人が笑顔で居り、正太郎は笑顔で接する。
「あぁーっ
「こんにちは、正太郎。ちょっとお聞きしたいことがありまして上がっても?」
「もちろん、いいですよ。さあさあ、どうぞ」
「ありがとうございます。あっ後とこれは家で作ったイナゴの佃煮です。お茶の時のお菓子にどうぞ」
山辺は後ろから小さな瓶に入ったイナゴの佃煮を出すと受け取った正太郎は喜ぶ。
「これはこれは、ありがとうございます」
その後、正太郎は和室に山辺を案内し座布団を彼に貸す。そして受け取ったイナゴの佃煮をお茶菓子として用意する。
「すみません。山辺さんの佃煮しかなくて」
それを正座して聞いていた山辺は笑顔で首を横に振る。
「いいえ、構いませんよ」
「ありがとうございます。しかし、山辺さんの作ったイナゴの佃煮は本当に美味しんですよ。兵士達の間でも人気なんですよ」
「そうですか。それじゃもっと大量に作って送りますね」
正太郎はお盆に乗った緑茶が入った二つの湯飲み茶わんと佃煮を乗せた皿を置いて行き、山辺と向き合う様に胡坐で座る。
「それで聞きたいこととは?」
お茶を一口飲んだ山辺は手に取った湯飲み茶わんを置き、少し真剣な表情で答える。
「実は蛯子のことなんですよ」
「蛯子?あの
「はい、蛯子はこの島で古くから祀られています尉樹羅様の巫女をしていますが、あまり自分の事を語らない不思議な
「どこから来たか聞いたんですか?」
山辺は腕を組んで正太郎の問いに答える。
「私も聞いてみたんですが、何も答えなくて。でも明るく温厚な性格をしていまして愛想も人付き合いも良くて別に我々、島民は気にはしていまんがね」
山辺を聞いた正太郎は納得する。
「なるほど。そうなんですね」
「それともう一つ、実は昨日、あなたが蛯子と会って親しく話をしているところを島民が見ていましてね。もしかして正太郎さんは蛯子のことが好きなんですか?」
山辺がズバッと言った事に正太郎はハッとなり顔を赤くして照れながら答える。
「え⁉ええ、そうなんですよ。古墳で初めて会った時の彼女の笑顔が忘れられなくて」
「一目惚れですか?」
「はい、そうなんですよ。ずっと国の為に尽くすことしか考えていなかった私も・・・」
すると正太郎は右手で頭の後ろを軽くかきながら照れた表情で続きを言う。
「彼女を、蛯子を俺の嫁にしたいと考えてましてね」
正太郎は蛯子に対する秘めた想いを言って山辺を見ると何故か彼が顔を赤くしていた。
「あの、どうかしましたか?山辺さん」
山辺はハッとなり慌てながら両手を左右に振る。
「い!いえ!何でもない!ただ、ちょっと熱くなってしまっただけです」
「そうですか・・・」
正太郎は心配しながら山辺の言った理由に納得のいかない様子であったが、深く探ろうとはしなかった。
それから一時間、二人は談笑した後に山辺は用事があると言って正太郎の家を後にするのであった。
山辺はなぜか一人、石階段を上り古墳へと着く。すると山辺の体全体が何かが這う様にうねうねと動き出し、そして肉が潰れ、骨が砕ける様な音を立てながら着ていた服が脱げながら変化する。そして山辺は全裸の蛯子へと変身する。
「ふぅーーーっ他人に変身するのも楽じゃないわね。でも彼の想いを知ることが出来たわ」
蛯子は顔を赤くし笑顔で両頬を両手で触る。
「まさか正太郎が私と結婚したなんて、凄く嬉しいわ」
そして蛯子は念力の様な力で巫女服を飛ばし、一瞬で着ると笑顔で舞う様にクルクルと華麗に回る。
「フフフッ、アッハハハハハハハ!嬉しいわ!あぁーーーっ‼早く!早く!正太郎の子を宿したいわぁーーーーーーっ!」
蛯子は溢れ出る喜びを言葉にするが、そんな彼女の瞳には光がなく混沌の様な暗さと太陽に照らされて映し出された影は人ではなく、この世の物ではない複数の触手が蠢く恐ろしい不定形な生物をしていた。
■
1943年8月11日の朝、仮の連隊司令部となっていた正太郎の民家で防衛線構築の会議を座布団を引いて正座をして行なっていた。
「皆、いいか?もはや従来の水際戦術では敵軍を追い返す事は不可能だ。島全体を地下要塞にして、そこに身を隠す」
上座に座る正太郎は縦長のテーブルに広げられた島の全体図に向かって木製の指し棒で図をなぞって説明をする。
「そして、あえて米軍を島の中へと誘導し、気が緩んでいる隙を突いて徹底的に叩きのめす。もはやこれしか敵をこの島に足止めさせる方法はない!」
正太郎の説明を左側の上座に近い所で聞いていた独立歩兵第16歩兵大隊の隊長が挙手をする。
「連隊長殿、なぜ撃滅ではなく足止めなのですか?そして、なぜ地下に身を潜めるですか?」
独立歩兵第16歩兵大隊の隊長は険悪な表現で話しを続ける。
「誇り高き帝国陸軍兵士であれば穴蔵に篭らず!正々堂々と真っ向から敵と戦うものです!足止めなど生温いです!最後の一兵まで敵を撃滅することこそが日本の勝利繋がると私は確信しております!」
彼の話しに同感する様に他の大隊長も頷くが、正太郎は指し棒をテーブルに置き冷静に説明する。
「君達の気持ちは私も凄く分かる。でも!今は誇りよりも一人でも多くの帝国国民の未来を守る事が大切だ!我々の未来はこの島で終わる!だが、決して無駄ではない!」
正太郎はバンッと島の全体図に向かって右手を強く叩く。
「今は我々が出来る事は敵に勝つよりも!国の未来を守る事が最優先だ!祖国を守る事も一兵士として!どんな誇りよりも名誉な事ではないのか!」
強い使命と意志で熱弁する正太郎の姿に各大隊長は心を打たれ感動のあまり涙を流す。
そして正太郎はさらに熱弁を続ける。
「諸君!今は軍人の誇りを捨て一愛国者として私を信じて!戦ってくれ!」
熱弁を終えた正太郎は堂々と皆に向かって深々と頭を下げる。
その姿に各大隊長は涙を拭き、堂々と勇ましい姿で意を決した。
「「「「はい!連隊長殿!」」」」
それから会議は順調に進み、四日後には閉山された鉱山を利用して島の要塞化の作業が開始した。
■
作業開始一週間が経った同年8月17日の昼。海底火山で形成された尉樹羅島は岩盤が硬く作業は難航していたが、閉山した鉱山の坑道を利用して着実に地下陣地と塹壕などの構築が進んでいた。
昼の作業班と交代した朝の作業班は島民達が作ったおにぎりや鮎の塩焼き、味噌汁を堪能していた。
「うーーーん。こりゃ美味い」
「ああ、早朝から始めていたから塩っぱい味が体に染みる」
「この鮎の塩焼きなんて絶品ですよ。わたの苦みだけじゃなくて身だって脂が載っていて握り飯が進む!」
すると出来立てホカホカの大量の握り飯と鮎の塩焼きをお盆に乗っけて持って初老の女性が笑顔でやって来る。
「はーーーーーーーい!兵隊さん!おにぎりと鮎の塩焼き、持って来ましたよ!沢山食べて元気を付けて下さい!」
持って来た握り飯と鮎の塩焼きに朝の作業班の兵士達が大喜びしながら取り合う様に手を伸ばす。
一方の正太郎も民家で胡坐で握り飯と鮎の塩焼き、味噌汁を食べながら机でノートに記録をしていた。
『一九四三年七月十七日、島ノ要塞化ハ順調ニ進ム。燃料ヤ物資、弾薬ハ問題ナク定期デ来ル輸送船ニヨッテ不足ノ心配ハナイ。シカシ、食料ハ常ニ不足中デアル。シカシ、島民ノ協力デ当分ハ不足ノ心配ハ無イ』
すると玄関の扉が開き、誰かが入って来る。そして和室の襖が開く。それに気付いた正太郎は左を向くとそこには手拭いで包んだ物を左腕に乗せ、巫女服を着た蛯子が笑顔で立っていた。
「正太郎!お萩を作って持って来たわよ。沢山、食べて」
正太郎は笑顔で頷く。
「ありがとう蛯子。じゃ一緒に食べよか」
「ええ、じゃお茶も入れたいから台所を借りるわよ」
そう言うと蛯子は台所へ向かう際に後ろで結んでいた長い黒髪が靡き、その光景に正太郎はつい見惚れてしまう。
この一週間、二人は文通や直接、会ってお茶をしたりしていく内に相思相愛の仲まで深めていた。
そして食事を終えた正太郎は記録を書き終えたノートを金庫に入れると空になったお皿とお茶碗を持って台所に向かう。
台所でお茶とお萩の用意をウキウキしながらしていると正太郎がお皿とお茶碗を持って現れたことに少し驚く。
「あら、正太郎。空いた食器なら私が運んだのに」
すると正太郎は笑顔で首を横に振る。
「いいんだよ。しかもこれは俺の家の家訓なんだ」
「家訓?」
「ああ、男は些細な事でも女を助けることこそ誇り高い男であるってね」
正太郎の家で教えられている家訓に珍しく思いながらも蛯子は感心する。
「へぇーーーっ素敵な家訓ね」
正太郎は照れながら食器を流し台に置く。
「まぁね。それよりもお萩とお茶の用意は出来ているか?」
「ええ、出来ているわよ。持って行くね」
「じゃ蛯子は
「ええ、分かったわ」
二人のやり取りはまるで夫婦の様で戦時下の緊張化を和らげるものであった。
和室に戻った二人はそこでお萩を食べながら談笑しながら正太郎は自身の幼少期を語り蛯子は笑う。
「でも、まさか正太郎が昔はガキ大将みたいな子供だったなんて」
「別にガキ大将になりたくてなったわけじゃないくて近所の意地悪な金持ちや偉い軍人の子供をボコボコにしていたら自然とね。なぁ蛯子、やっぱり俺でもお前の過去は語ってくれないのか?」
正太郎の問いに蛯子は申し訳なさそうな表情で答える。
「ええ、ごめんなさい。でも、これだけは信じてほしいの。私はあなたのことが好きよ」
それを聞いた正太郎は少し照れながら右手で頭の後ろをかく。
「ああ、ありがとう。蛯子」
すると正太郎は机に置いてあった置時計を見てハッとなり立ち上がると帽垂れ布を着けた略帽を被り、和室を出ようとするので蛯子は彼に聞く。
「ねぇ正太郎、どこに行くの?」
襖を開けながら振り向いて笑顔で答える。
「ああ、農家さん達が育てた夏野菜を収穫するから手伝いに行くんだ。兵士達の食事を作っているからな。少しでも恩返しをしたくて」
答えを聞いた蛯子は納得し、彼女も笑顔で立ち上がる。
「ねぇ正太郎、私も付いて行っていいかしら?」
「別にいいが」
快晴な青空の下、蝉が鳴り響く中、正太郎は蛯子を連れて広大な畑に着くと収穫作業を始めようとしていた農家さん達が正太郎に気付き笑顔で出迎える。
「あーあ、連隊長さん。すみませんね、畑の手伝いをお願いしてしまって」
正太郎は笑顔で首を軽く横に振る。
「構いませんよ。兵士達が腹一杯に食事が出来るのも農家をやる島民の皆さんのお陰ですから。兵士達を代表して感謝がしたいので手伝わせて下さい」
正太郎の純粋な気持ちを聞いた農家さん達は暖かさを感じさせる微笑をする。
そして正太郎は上着を脱いで籠とハサミを持ち畑に入る。入った畑にはナスやキュウリ、トマトが瑞々しく実っており正太郎は慣れた手捌きで取って行く。
蛯子は畑の外から正太郎が手伝いに来ていた子供達に取り方を教えながら楽しく収穫する光景に蛯子は見惚れてしまう。
そして蛯子はある程度、籠に野菜を乗せて畑から出て来た正太郎に言う。
「ねぇ正太郎、今晩、古墳の奥にある私の神社に来て。私が今まで話せなかった身の上を全て話したの」
蛯子からの誘いに正太郎は照れる様に右手の人差し指で鼻の下を擦る。
「いいのか?分かった夜、必ず行くよ」
「ええ、待っているわ」
そう言うと蛯子はウキウキとしながら一人、神社へと戻るであった。
■
その日の夜、蛯子に誘われて古墳の奥にある神社へと着いた正太郎は裏へと周り、蛭子が住む民家の戸をノックする。
すると戸が開き、笑顔で蛯子が彼を出迎える。
「いらっしゃい、正太郎。さぁ、入って」
「ああ。じゃ、おじゃまするよ」
正太郎は笑顔で軽く頭を下げると中へと入り玄関を上る。
そして蛯子に連れられて着いたのは風呂場であった。
「畑の手伝いで汚れているからサッパリとしてから私の身の上を話すわ」
正太郎は笑顔で頷く。
「ああ、分かった。んじゃ疲れを癒すか」
正太郎は脱衣所の戸を閉めて汚れた軍服を脱ぎ籠に入れる。
用意された手拭いを手に取ると目の前の戸を開けて湯煙が薄らと立ちこめる風呂場に入る。
正太郎は木製の風呂椅子に座り、この島で取れた薬草で作られた天然の石鹸で体を洗っていたが、脱衣所で誰かが服を脱いでいる事には気付いていなかった。
「ふーーーーーう。この石鹸、いい香りがしていいな」
使っている石鹸の感想を言っていると突然、風呂場の戸が開き正太郎は戸を見るとそこには前を長い手拭いで隠し、裸になって髪を短く後ろに結んだ蛯子がいた。
「うわぁーーーーーーーーっ‼︎蛯子!お前何でここにいるんだ!」
驚く正太郎の姿が可笑しかったので蛯子は右手の指先で口を押さえてクスクスと笑う。
「ごめんなさい、一緒に入りたくて。背中、洗ってあげるね」
「い、いいよ!一人で出来るから‼︎」
「そんな遠慮しなくていいわよ♪」
「いや!遠慮じゃなくて」
蛯子は正太郎の背中まで歩き両膝を曲げて前を隠していた手拭いを取ると石鹸を付けて泡を作る。
そして蛯子は上から下へと丁寧に洗うと次にゆっくりと両手を正太郎の股の間へと運ぶ。
正太郎は再度、驚くが、同時に蛯子が彼の背中に押し付けいるGカップ程はある巨乳の感触にドキドキしながら顔を赤くする。
(や!やべぇーーーー!蛯子の胸、柔らけぇー!まるでシルクみたいだ!)
正太郎は心の中で蛯子の胸の感想を語っていると彼の股の間を洗う蛯子は両手から感じる物にニヤリと笑う。
「あらあら♪正太郎のここって凄く素直なのね♩可愛い♬」
正太郎はハッとなり慌てながら股を閉じ両手で隠す。
「す!すまん!これは!えっと!そのー!」
蛯子は正太郎の股の間から手を放すと今度は両腕を絡める様に彼に抱き付く。
「いいのよ正太郎、むしろ私は嬉しいわ。私の体で感じてくれて」
「そ、そうか。アハハッ」
正太郎はそれを聞いて少しホッとすると蛯子は木製の風呂桶を使って湯船からお湯を掬い上げると、ゆっくりと正太郎の体にかけて洗い流す。
「ありがとう蛯子。それじゃ今度は俺がお前の体を洗うよ」
「ありがとう正太郎、じゃお願いするわ」
正太郎は持っていたて手拭いで前から蛯子の体を洗う。正太郎は背中で感じていた蛯子の胸を手先で感じていた。
(おおぉ‼これが蛯子の胸!背中で感じていたよりも遥かに柔らかい!)
すると蛯子が気分よく歌を歌っていた。
「我らが神よ尉樹羅様、我らの母よ尉樹羅様、楽土の神の子にして万物の神、世の汚れを洗い流し世を統べたまえ。尉樹羅の母よ、我らは今、恩方へと戻ります」
不気味なテンポと口調ではあったが、どこか落ち着きと安心感、そして安らぎを覚えたので正太郎は手を止め蛯子に聞く。
「なぁ蛯子、その歌は何だ?不気味だけど心が落ち着くんだが」
すると蛯子は笑顔で右頬を触りながら答える。
「この歌はね古墳を崇拝する信者達が尉樹羅様を称える歌なの。でもこの歌にはある秘密があってね」
「秘密って?」
「信者達の筆頭だった父上が恋した神である母上の為に作った歌で、いわば父上が母上に送った恋の歌なの」
「なるほどね。甘酸っぱいなぁ・・・ん?『神である母上』?」
正太郎は一瞬だけ蛯子が言った事に疑問を覚えたが、蛯子の美しい体を見て疑問は一瞬にして消え去り彼女の体を洗うことを再開する。
その後、正太郎は蛯子の体を湯舟のお湯で洗い流した後、二人は向き合う様に湯舟に入り疲れを癒すのであった。
■
湯船で疲れを癒した二人は風呂場を出て蛯子が用意した寝巻きの浴衣に着替える。
白い生地に緑で大きく描かれた鯛の浴衣に着替えた正太郎は不思議に思い、同じ生地で青で大きく描かれた蛸の浴衣に着替えた蛯子に聞く。
「なぁ蛯子、この浴衣は何で鯛なんだ?」
着替えを終えた蛯子は笑顔で答える。
「それはね、ダゴン様を意識した物なの。で、私が着ている浴衣の蛸はクトゥルフ様を意識した物なの」
蛯子の口から出た聞き慣れない言葉に疑問を抱いた正太郎であったが、考える前に蛯子に右腕を掴まれて外へと連れ出される。
雲一つない満月が青白く輝く静かな夜空、暑くなった体を優しく冷やす穏やかな海風に草木からはスズムシやキリギリスが音を奏で遠くのから波の音がしていた。
連れて来られたのは尉樹羅古墳で蛯子は浴衣の中から鍵の束を取り出し、両開きの入り口を固く閉じる錠前を外す。
「おい!蛯子、古墳に入って大丈夫なのかよ?」
入り口の戸を全開にした蛯子は振り向いて頷く。
「大丈夫よ。それにこの中じゃないと私の身の上を話すことが出来ないから。さぁ入って」
伸ばされた蛯子の右手を取った正太郎はゆっくりと古墳の中へと入りる。
正太郎を中に入れた蛯子は入り口を閉めると中は光一つない暗闇に正太郎は驚く。
「うわぁ‼︎
するとマッチを擦る音と同時に持ち手が付いた燭台に置かれた蝋燭が灯り、蛯子は壁にある石の燭台にある蝋燭に一つ一つ、点けていく。
火が灯ると灰色の石壁には緑と青、そして黄色の色彩で縄文時代を連想させる模様が描かれていた。
「どう言う事だ?この模様は親父が小笠原の浜辺で発見と研究をしている土器と同じだ」
正太郎は疑問と驚きを覚えるが、燭台を持った蛯子はそんな彼の左腕を掴む。
「さぁ、行きましょう。こっちよ」
そして正太郎は蛯子に連れられて目の前の石階段をゆっくりと降り、そして行く途中で蛯子は左右の石壁にある石の燭台の蝋燭に火を点けて行く。
(外から分からなかった。中はこうなっていたのか)
正太郎は心の中で語っていると最下層に着く。
だが最下層はさっきまでの洗練された入り口と石階段とは違い、鍾乳洞の様なゴツゴツと空間になっており、さらにここだけ至る所に火が灯された蝋燭がそのまま置かれていた。
奥に進むに連れて正太郎はある矛盾を悟る。
(おかしいぞ!周りの岩は全部、石灰岩だ!海底火山で出来たはずの島なのに、なぜ石灰岩があるんだ!しかも明るいのに天井が真っ暗だ!一体この地下は何だ?)
すると突然、ストーンヘンジの様に巨大な長方形の石柱が立っていた。そして正太郎と蛯子は円の中へと入る。
円の中心には何故か白の布団が敷かれており、石柱には見た事もない絵が描かれていた。
「何だこれは?人は分かるが、このウニュウニュした物は?これは頭が
そう言いながら石柱に描かれている絵を見ながら思考を巡らせる正太郎を蛯子は後ろから肩を笑顔で優しく叩く。
「ねぇ正太郎、布団に来て」
正太郎は振り向き、少しキョトンとした表情で頷く。
「あ、ああ」
そして正太郎は胡坐で蛯子は正座で向かい合って座ると正太郎は抱いていた疑問を蛯子に言う。
「なぁ蛯子、ここは一体何なんだ?火山島なのにここには石灰岩があって、何より石柱に描かれている絵は何だ?」
蛯子は目を閉じ、ゆっくり深呼吸をして正太郎の問いに笑顔で答える。
「ここは多重次元の空間なの」
「多重次元の空間?」
「そうなの。そして石柱に描かれている絵は歴史なの」
正太郎は石柱をぐるっと見渡す。
「歴史って、これがか?」
「ええ、絵の物語はこうなの。『我らの母、異形の神なるイジュラノミコトノカミは外なる神の王、アザトースの
「あ、あははっ蛯子は冗談が上手いなぁ」
苦笑いをする正太郎であったが、蛯子は笑顔を崩さなかった。
「いいえ、冗談じゃないわよ。私は母のイジュラと人間の父との間に生まれた子なの。その証拠に、ほら」
すると蛯子は両腕を正太郎に向けると腕と背中から無数の
その光景に正太郎は血の気が引き、さらに恐怖と狂気が彼を襲い腰が砕ける。
「ごめんなさい正太郎。好きになった人が人間じゃない存在だと嫌いなるよね?」
蛯子の悲しい表情を見た正太郎は冷静を取り戻し、急いで首を横に振り真剣な表情をする。
「そんなことはない‼お前が何者であろうと好きになった女を嫌いになるかよ!蛯子‼」
正太郎は勢いよく迫り彼女を強くも優しく抱きしめる。
「お前が好きだ!心から愛している‼だから俺の元から離れないでくれ‼」
抱きしめられながら正太郎の熱い想いを聞いた蛯子は目を閉じながら涙を流し、彼女も笑顔で彼に抱きしめる。
「うん!ありがとう正太郎!私もあなたが大好きよ!愛しているわ!」
蛯子も正太郎に対して想いを言うと二人は熱いディープキスをしながら、お互いに浴衣を脱がし合い、布団へと倒れ込む。
それから一時間、布団の上で激しく愛し合った二人は裸のまま掛け布団を被って川の字で寝ていた。
「蛯子、戦争が終わったら一緒に本土に行こう。そして結婚式をしよう」
右側で寝る正太郎が笑顔で言うと左側で触手を消した姿で寝る蛯子も笑顔で頷く。
「ええ、勿論よ。愛してるわ正太郎」
「俺もだよ蛯子、愛してる」
正太郎は左手で蛯子の頬を触りにながら熱きキスをし、そのまま抱き合いながら眠るのであった。
あとがき
本作に登場する邪神、イジュラは私が生み出したオリジナルの邪神でアザトースの娘です。モデルは「妖怪ハンター」に登場する怪物、「ヒルコ」となっています。
ちなみに島は「SIREN2」の舞台、「
これからも頑張って、私の作品がクトゥルフ神話体系に組み込まれる事を願っています。
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