第1話:戦いの前夜

 硫黄島から南にある孤島、尉樹羅島いじゅらとうは約五百人の島民が住む島で昔から古い神を祀る火山島である。


 1944年の11月20日、山岳に少し入った小さな丘の上に円形型の古墳の前で一人の青年の様な顔立ちを残す九八式軍衣袴を着て帽垂れ布を着けた略帽を被った男性軍人が古墳に向かって手を合わせ、深々と頭を下げる。


「尉樹羅様、私を含め私の仲間達は日本を守る為に玉砕は免れません。ですが、私の愛する人だけはどうか、お守り下さい」


 古墳に向かって願いを言うと後ろから白色の軍帽と第2種軍装を着た四十歳前半の男性海軍軍人が歩いて来る。


「正太郎、祈りは終えたか?」


 祈りを捧げていた正太郎は振り向き頷く。


「ああ、終わったよ一郎伯父さん。赤牟あかむの修理は終わったの?」

「いや、でもスクリュウーは終わったから残すは舵だけだ」

「舵の修理はどのくらいでおわるんだ?」

「一日あれば十分だ。ただ・・・」


 一郎は少し悩む様な表情をする。


「実はな正太郎、俺達だけが生き残っても悪いし、ここで軍人らしく戦って日本と家族の為に戦死するよ」


 それを聞いた正太郎は険しい表情をする。


「伯父さん!生きることは恥じることじゃない!未来の為に生きることこそ祖国の!日本の為になります!」


 正太郎は軍人としてではなく一人の人間として一郎の決意を強く否定するが、一郎は何故か笑顔になる。


「アッハハハハハ‼心配するな正太郎、俺の決意は軍人としての建前だ。正直、迷っているんだ。家族の為に生きるか、それとも可愛い甥っ子を守る為に残るかってね」


 正太郎は一郎の迷いを聞いて彼は心の中で語る。


(ああ、そうだ。伯父さんは俺と同じく軍人の誇りよりも家族や仲間を大切する人だ。そりゃ、俺も伯父さんと同じ立場になると迷うよな)


 正太郎はフッと笑うと右手を一郎の左肩に置く。


「ごめんね伯父さん、強く言ってしまって。それとありがとう。もし生きたいと思ったら俺達に構わず、この島から離れてくれ」


 一郎は笑顔で頷く。


「分かった正太郎。もしここに残ると決めたら全力でお前達を支援するよ」


 それを聞いた正太郎は手を放し、軽く頭を下げる。


「ありがとう、伯父さん。それと一つだけ頼みがあるんだ」

「可愛い甥っ子の頼みだ。出来る範囲で何でも言ってくれ」


 すると正太郎は右を向き大空を見ながら深呼吸し、再び一郎の方を向き言う。


「もし島を離れると決まった時は俺の為に島に残った婚約者である蛯子を連れて行ってくれ」


 正太郎の頼みを聞いた一郎は笑顔で頷く。


「分かったよ正太郎。任せろ、叔父さんが必ず送り届ける」

「ありがとう、叔父さん」


 その後、二人は古墳へと繋がる石階段を横並びになって談笑しながら降りて行く。



 同年同月の21日の早朝、島の南部山岳地帯では連隊に所属する独立歩兵第14大隊は独立砲兵第15大隊の兵士達が地下塹壕と陣地を構築する作業をスコップやツルハシで行っていた。


 同時に作られた地下武器庫に手の空いている兵士達が三八式歩兵銃、四四式騎兵銃、九九式短小銃、四式自動小銃、九七式または九九式狙撃銃、一〇〇式機関短銃二型、九六式または九九式軽機関銃、八九式重擲弾筒、九七式または九九式手榴弾が入った木箱と各種の弾薬が入った木箱に四人がかりで九二式重機関銃が運び込まれる。


 その光景を休んでいた兵士達が少し興奮しながら見ていた。


「こりゃ凄い!最新の銃まであるぞ!」

「どうやら領内への侵攻が迫っているから俺達や硫黄島、沖縄に優先的に増強が行われているんだと」

「通信兵の話しか。俺もその話を知り合いの通信兵から聞いたよ。それに増強は歩兵だけじゃなくて砲兵部隊や戦車部隊も同じらしいぜ」


 一方の砲兵陣地にも九五式野砲、機動九〇式野砲、九九式十糎山砲、機動九一式十糎榴弾砲、九六式十五糎榴弾砲、九九式小迫撃砲、九七式曲者歩兵砲、二式十二糎迫撃砲、九八式臼砲が配置されて行くのと同時に迷彩ネットが取り付けられて行く。


 北部山岳地帯で独立歩兵第16大隊は独立戦車第17大隊の兵士達が地下塹壕と陣地を構築する作業と同時に武器の配備が行われていた。


 一方の戦車陣地は至る所に掘られた鉱山の穴を利用していた。配備されたのは三式中戦車 チヌ、四式中戦車 チト、五式中戦車 チリ、二式砲戦車 ホイを彫られた穴に入れ迷彩ネットを入り口に取り付けていた。


 ネットを取り付ける作業をしていた兵士の一人がふと疑問に思う。


「しかし、何でこんにも穴ぼこだらけなんだ?」


 するとチトのハッチから戦車帽を手に取って出て来た戦車長が笑顔で答える。


「それはな、避難した元鉱山作業員の島民から聞いたんだ。この島の山々には巨大な銀鉱脈があってな。でも硬い火山岩盤のせいで上手く掘削出来なくて柔らかい場所を探る為に掘りまくったんだと」


 疑問を抱いた兵士は戦車長の答えを聞いて納得する。


「なるほど。だから穴ぼこだらけなんですね」

「ああ、でも肝心な銀はほんの少ししか採れなくて結局、固い岩盤が原因で大量の銀鉱脈を残して閉山したんだと」


 戦車長は手に持ってる戦車帽に戦車眼鏡を取り付けながら説明する。


「なるほど。そうだったのか。じゃ今も鉱脈があるんですか?」

「ああ、手付かずでな。それより手っ止まっているぞ。まだ準備不足だと米軍が知ったら、すっ飛んで来るぞ」

「あ!はい!すぐ取り掛かります!」


 疑問を抱いた兵士は慌てながら作業を再開する。


 その日の夜、島の中央山岳部にある硬い火山岩盤が原因で閉山した銀鉱山を利用し構築された連隊司令部で正太郎は各大隊隊長と共に部隊の配置と作戦会議を行っていた。


「初めに部隊の配置と作戦だ。独立歩兵第14大隊は独立砲兵第15大隊と共に島の南部に配置、残りの独立歩兵第16大隊は独立戦車第17大隊と共に北部へ配置する。北と南で挟撃するかもしれないアメリカ軍を迎え撃つんだ。無論、ペリリュー島での防衛戦を元に徹底した持久戦でアメリカ軍をこの島に釘付けにするんだ」


 正太郎は立ってテーブルに広げた島の全体が正確に描かれた地図を元に木製の指棒で説明をする。


 すると右手前に座っている独立歩兵第14大隊の隊長が挙手をする。


「連隊長、作戦は分かりました。しかし我々としては北の洞窟の入江におります海軍の重巡洋艦、赤牟あかむも今回の戦いに参加してくれれば最大の戦力になりますが」


 意見を聞いた正太郎は目を閉じながら腕を組んで軽く頷く。


「確かに私としても赤牟あかむも今回の戦いに参加して欲しかったが、どうやらフィリピンを脱出する時に最重要な書類を積んで来たらしく修理が終わり次第に本土に戻るらしい出馬いずま少佐」


 それを聞いた独立歩兵第14大隊の隊長とその他の大隊長達も納得する。その後は細かい物資や弾薬の配給、負傷兵を鉱山にある治療場へ運ぶ手段を話し合った。



 そして会議は問題なく終わり、各大隊長は配置場所へと向かう。その日の夜、一方の正太郎は鉱山にある連隊長室で机に座り届く事はない報告書を豚の革で作ったカバーを付けたノートに記録する


『大日本帝国陸軍所属ノ第七師団(別名は北鎮部隊)隷下れいかノ独立混成第四四連隊コト「馬加まくわり部隊」ハ上陸ガ迫ル米軍ヲ迎ヱ撃ツ為ニ尉樹羅島ノ防衛構築ヲ完了。連隊ニ属スル独立歩兵第一四大隊ト独立砲兵第一五大隊ハ南部ヘ配置、独立歩兵第一六連隊ト独立戦車第一七連隊ヲ南部ヘ配置サレタシ。』


『マタ一ヶ月前ニ、フィリピン島カラ本土ヘ戻ル途中デ米軍潜水艦ノ魚雷攻撃ヲ受ケ、修理ノ為ニ北ノ洞窟ノ入江ニ作ラレタ軍港ヘ入港。修理ハホボ終ワリ明日ノ早朝ニハ出航ス』


 報告書を書き終えた正太郎は一息し、ノートを閉じ下に置いてある木箱から『亜冷斗烏あざとう』と書かれたラベルが貼られた瓶に入った日本酒と『鯖ノ味噌煮』と書かれた三つの缶詰めを取り出す。


 箸を机に置き缶切りで蓋を切っていると奥から白米と味噌汁が入った二つのお茶碗と塩焼きなった三匹の鮎があるお皿を乗っけお盆を持った紅白の巫女装束を着た美しい黒髪を後ろで結んだ美女が笑顔で現れる。


「正太郎、夕食を持って来たわよ」


 彼女が持って来た料理を見て正太郎は笑顔で喜ぶ。


「ああ、ありがとう蛯子」


 そう言うと正太郎は木箱から二つの湯飲み茶わんと箸をもう一つ出す。そして持って来た料理を蛯子は机に乗っけてゆき、正太郎は出した缶詰めを全て開ける。


 そして向かい合う形で蛯子は正太郎の前に座る。そして二人は手を合わせ軽く頭を下げる。


「「いただきます」」


 二人の談笑しながらする食事は薄暗い鉱山内を暖かく明るくする物であった。すると蛯子が何か申し訳なさそうな表情をする。


「正太郎、実はさっき一郎の伯父様から言伝を預かっているの」

「伯父さんから、一体何だって?」


 そして蛯子は持っていた箸とお茶碗を置く。


「正太郎すまない、約束は守れない。甥っ子を守る為に残ると」


 言伝を聞いた正太郎はフッと笑う。


「伯父さんらしいや。分かった蛯子、ありがとう。伯父さんには後できちんとお礼を言っておくから」

「分かったわ。それより正太郎、伯父様から聞きましたよ。私を赤牟に乗せて本土に行かせようとしていたんですって」


 全てを知った蛯子から言われた事に正太郎はギクッとし手に持っていた箸とお茶碗を机に置き、苦笑いをする。


「あははっ・・・ああ、そうなんだよ。俺の大切な婚約者であるお前を死なせたくなくってなぁ」


 正太郎の真意を聞いた蛯子は嬉し涙を少し流す


「そうだったのね。ありがとう正太郎、私を大切に想っていて。でもいくら正太郎が私に行ってと言っても大切なあなたを置いて行くのは出来ないわ。あなたの居ない世を生きるくらいなら正太郎、あなたと一緒にこの島で死にたいわ」


 そう言う蛯子の瞳は迷いのない決意の眼差しをしており、その瞳を見た正太郎は心の中で自分を恥じた。


(ああ、俺はまた馬鹿だ!蛯子は俺や伯父さんと同じく一度、決めたことは絶対に変えない強い意思の持ち主!正直、俺も蛯子と離れるのは・・・)


 すると突然、蛯子は身を乗り出す様に正太郎にキスをする。


 突然のキスに正太郎は驚くが、その反面、嬉しさが沸き起こる。そして正太郎の唇を放した蛯子は笑顔で言う。


「正太郎、どんな時でも私は居なくなったりしなから。だから・・・」


 すると正太郎は立ち上がって右手で彼女の頭を優しく笑顔で撫でる。


「心配するな蛯子。俺は何処にも行かないよ。俺も正直、お前と離れるのは嫌だ。一緒に居よう、いつまでも」


 それを聞いた蛯子は笑顔で喜ぶ。


「嬉しい、嬉しいわ正太郎。ええ、私もいつまであなたの側に居るわ」

「ありがとう蛯子。それじゃ夕食を続けるか?」

「ええ、そうね」


 二人は再び箸とお茶碗を手に取り夕食を食べ始める。


 夕食を食べ終わった後、蛯子は空いた食器を片付けると正太郎は二つの湯飲み茶わんを机に置き日本酒を注ぐ。


 片付けを終え戻った蛯子は再び正太郎と向き合う様に座る。そして二人は飲み合いながら正太郎は笑顔で蛯子に話し掛ける。


「しかし、お前との出会いは何か運命を感じたな。一目見た時からお前の笑顔が忘れられなかった」


 それを聞いた蛯子はポッと赤くなると笑顔になり、左手で頬を触る。


「ええ、私もあなたと出会った時に見せた明るくも温かみを感じた笑顔が忘れなかったわ」


 二人はそう言い合うと自分達の出会いを振り返るのであった。



あとがき

本作は三話構成の短編恋愛と架空戦記を合わせたクトゥルフ神話作品です。

本作は『ゴジラvsキングコング』で描かれていますラゴス島の戦いをイメージモデルにしています。

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