第4話 視点「バイト暮らしの青年」
もともと半休の予定ではあったが、今日はいつも以上に早く終わった。
キョウカとの時間を考えるだけで妄想が膨らむ。
俺はニヤついた口元を隠そうともせずに鍵を回し、玄関扉をくぐる。
ただいま、と口を開きかけて、甘い叫び声にかき消される。
「なんだ?」
衣擦れと、肉がぶつかり合う特有の音が聞こえる。
発生源のリビングに駆け込むと、床に敷いた布団の上でキョウカとまったく見覚えのない男がセックスしていた。
「てめぇ、なにしてんだよ!?」
キョウカに覆いかぶさっていた男を突き飛ばす。
髭面で、くすんだ目をした三十代くらいの小汚い男だった。
やっぱり見たことがない。
「んだよ、今日は午後まで帰ってこないんじゃなかったのか?」
男は、なぜかキョウカの方を見てつぶやく。
「今日は?」
その意味を悟り、一気に腹の底から怒りが込み上げてきた。
「お前、今日が初めてじゃないな?」
「そうだよ」
悪びれることもせず笑う男を殴り飛ばしてやろうと迫ると、キョウカが立ち塞がる。
「キョウカ、お前どういうつもりだよ。勝手に男連れ込んでヤってたのか?」
胸ぐらを掴んで問いただすと、キョウカはあっさりとうなずく。
あまりのことに絶句していると、男がわざとらしく大声で笑い出す。
「てめぇ!!」
殴りかかると、男は両の手のひらを突き出して制止してくる。
「まぁ待てよ。勝手に手を出したのは悪かった。だけどこの女にも選ぶ権利ってもんがあるだろ?」
「ふざけんなっ! 誰のおかげで路頭に迷わずに住んでると思ってんだよ!?」
「はは、そういうことか。体と引き換えに見ず知らずの女子高生を泊めてやってたわけだ」
痛いところを突かれ、返す言葉が見つからない。
「通りで似てないわけだ」
俺たちの顔を交互に指さして見比べ、男は腹を抱えて笑い出す。
「お前だってその女子高生とセックスしたんだろ? 同罪だ」
「んなことわかってるさ。何かあってもお互い黙秘といこうぜ」
言いながら、人差し指を立てて唇に当てる。いちいち仕草が芝居がかっていた。
「ていうかさ、どうせお前はほとんど家を空けてんだ。その間俺がキョウカちゃんの相手したっていいだろ? それとも、3Pでもするか?」
「いいよ」
「は?」
即答するキョウカにさらに怒りが湧く。
はらわたはとっくに煮えくりかえっていた。
キョウカのOKに男はしたり顔を向けてくる。
「ふざけんな、誰がお前なんかと! 今度キョウカに手を出したら警察に突き出してやる!!」
「はっ、そんときはお前も捕まるけどな」
「うるさい、とっとと帰れっ!」
汗臭い男を叩き出し、後ろ手に玄関扉を閉める。何を考えているのか、リビングに立つキョウカはニヤニヤ笑っていた。
キョウカを責めたかったし、追い出してやりたいとさえ思ったが、できるわけがなかった。
この前は追い出されたら困るなんて言っていたが、俺が出て行けと言ったらキョウカはあっさりと出て行くだろう。
そしてすぐに次の相手を見つけ、新しい日常を歩むのだ。
損をするのは、残された独り身の俺だけ。
キョウカだけを生きがいにしてきた俺が今、キョウカを追い出したら、俺の人生には何も残らない。
その先にあるのは死ぬよりも怖い生き地獄だ。
俺は結局何一つ言葉をぶつけることができないまま、キョウカを押し倒してセックスした。
❇︎
「……ん?」
その夜。股の上に誰かがのしかかる感触で目が覚めた。キョウカにしては積極的だ。さすがに反省したのかもしれない。淡い期待を抱きながらまぶたを開くと、馬乗りになっていたのはあの小汚い男だった。
加齢臭なのかなんなのか、プールの塩素みたいな匂いが鼻腔をつく。
「は?」
頭が真っ白になった次の瞬間、俺は月光に当てられて光った小さな何かを叩きつけられ、そのまま意識を失った。
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