明日はなにして遊ぶ?

@sin6241

第1話

 まだ僕が生まれてもいないころ、人類は戦いから解放された。人類は愚かだったらしい、第3次世界大戦は50年も続いた。そして滅びた国の難民も、勝ち続けた国の国民も、みんな疲れはててしまったんだって。もう戦争なんて続ける元気はなくって、でも信じられなかった…もう戦争が起きないなんて、また百年もしないうちに恨みや憎しみ、欲望が戦争を起こさないなんて、誰も信じられなかったそうだ。


 だから人類は決めた、新たな指導者を。それは人間ではなかった。誰かが王様になってももう王様の欲望が戦争を起こすかもしれないから。虐げられた人から選ばれることもなかった、その人が憎しみを捨てられるか信用できないから。


 人類は自分達が信じられなかった。学校やネットで戦争がどんなものなのかなんて、散々学ぶ機会もあったのに欲望を、憎しみを優先した今の自分達も、そしてそんな自分達が教育するこれから生まれてくる子供達も…


 だからAIに任せた。神は駄目だ、宗教も戦争を起こした原因の1つだったから。資本主義も共産主義も、どんな主義主張も争いがあった。まだ試していないのはAI、人工知能による統治だけだった。人類はそれに賭けることにした。次は止まれるか分からないから…


 まずまっさらなAIを作り、あらゆる情報を注いだ。今まで起こした戦争やその原因、あらゆる思想をAIに。そしてAIは判断した、なぜ人類は争うかを。


 比較するからだ。誰かが自分よりいい物を持っている、誰かが自分よりいい服を着ている、誰かが自分よりいい暮らしをしている。嫉妬と、誰かが自分より優れていることを許せない傲慢こそが、争いの原因だと。


 そしてAIは人類の管理方針を決めた。世界を狭めると。誰かと繋がることこそ争いに繋がる。人類は狭い世界を生きるべきだと。繋がりを狭める。教育を狭め、仕事を狭め、交遊を狭める。人間は自分だけで完結するべきだと…


 現実的に考えてそんなことはできない。まず食料だ、生産しなければ餓死するだけだ。そして、人間は暇にも耐えられない。忙しすぎても人間は壊れるが、暇すぎても人間は壊れる。何より子供だ、人間は1人では子孫を残せない。それでは結局滅びてしまう。


 だがAIは解決した。皮肉にも戦争によって発達した技術が可能にした。戦争によって減った労働人口を補うために開発した食料プラントや合成食料を、AIが発展させることで食料問題は解決した。建物も服も、娯楽すらもAIが開発や発展させることで解決した。そして、クローン技術も共に人工子宮を作り、精子と卵子の提供があれば子供すら。そして、2度と戦争を起こさせないための教育も。


 人類はそれに従った。それで争いがなくなるならいいと、自分の子供達が死なないなら別れすら許容した。


 そして、AIによる統治と教育が始まった。すでにある程度育ったり、大人の人間に対してAIは今までと大差ない暮らしをさせた。だが彼らの考えを次代に引き継がせることは、決して許さなかった。新たに生まれてくる子供達は、AIが開発した子守用のアンドロイドによって養育され、AIによる教育を受け育った。他者との関わりを自発的に持たぬよう教育され、労働もなく、一生をAIによる娯楽や、仮想空間での冒険や支配に達成感を覚え、終える。

 

 教育とは洗脳でもある。AIは、人類から徹底的に牙を抜いた。もはや戦争など起こるわけもない、争いとは他者がいてこそだから。もう人間は自分以外の人間と関わらない。いつしかマザーと呼ばれるようになった統治AIと、マザーが作り出した人間の相手のための子機AIだけとしか関わらない。人間同士が殺し合うなんてことは、もはや歴史の中の昔話になった。

 

 そして、人類が戦いから解放されて、千年以上がたった。


 




 朝目が覚めると、適当にゼリー状の栄養食品を流し込む。そしてVRゲームを起動させる。そこでは何にでもなれる。世界を救う勇者にも、世界一の大富豪にも、悪の魔王に為って世界を侵略することだってできる。お姫様と結婚だってできるし、絶世の美女だけ集めてハーレムを作る事もできる。

 

 ただ幸せに生きて、幸せに死ぬ。それが僕の日常で生涯だ。マザーによって養育され、幸せを感じながら生きる、それが全て。何の不満も覚えたことはなかったし、不満なんてものはもうこの世に存在しない、遥か昔の人間が感じていたものだ。


 …………………そう………思っていた……あの日までは………


 ただの思いつきだった。ただなんとなく散歩というものをしてみたくなった、それだけ。仮想空間の中で散々してきたことで、別に何か意味もない、やりなれたことを違う場所でしてみたくなった、それだけだった。

 マザーは外出の制限などはしていない。靴のサイズが変わる度に、一度も履いてなくても新しい靴が送られてきたし、外に出るのは初めてだったが、外出する人のために水分補給のための冷蔵庫がいくつも設置されているし、押せば家まで連れて帰ってくれたり、怪我した時に病院まで運んでくれる車を呼べるボタンも渡されている。


 ボタンだけポケットに入れて、何年ぶりかも忘れるくらい久しぶりに靴を履く。外に出てみると、太陽が眩しかった。だが仮想空間の中で感じる太陽と大差はなく、景色も人が全くいない以外特に変わったものはなかった。桜が咲いていたが、仮想空間に咲いている物との違いは分からない。だが空気は違った。人間も車もなく、ただ整備された道や川、定期的に冷蔵庫や、無人のレストランがあるだけのためか、仮想空間で再現された空気よりむしろきれいだった。


 そして、もう1つ違うものがあった。僕の体力だ。仮想空間では気にしてなかったが、散歩だけでも案外体力は使うようだった。近くの冷蔵庫から飲み物を取り出す。土手に座ってそれを飲む。正直、この時点では外に出たことを後悔していた。


 ただ静かで何もないだけ、ただ散歩するなら仮想空間の方がいろいろあるし、賑やかだ。静かな空間を散歩するにしても、そういうゲームならいくらでもあった。歩くのも疲れたし、迎えをを呼んで帰ろうと、ボタンを取り出した。どんな車が迎えに来るのかはちょっと楽しみだな、と思った。その時だった。

 水に何かを投げ込むような音が聞こえた。聞き間違いかと思ったが、何度も聞こえてくる。辺りを見回すと、自分と同年代の少女が川に石を投げていた。投げ込む度に思案するように首をひねって、その度に投げ方を変えていた。

 初めて仮想空間以外で見た、自分と同じ人間、いや仮想空間の中の人間は全てAIなので生まれて初めて見た、自分以外の人間だった。

 いることは知っていたが、正直あまり興味はなかった。中身はともかく、外見だけならいくらでも見たことはあるし、コミュニケーションだってとってきた。だが、よくわからない行動をしていたからか、それとも好奇心からか、なんとなく彼女を眺めていた。

 石を見比べながら悩んでいたり、投げ損なって自分の足にぶつけたり、それに怒ったのか大きめの石を投げつけて、水しぶきにかかっている。そんな彼女の様子を、何が面白いのだろうと思いながら眺めていると、彼女も僕に気づいた。

 彼女はとても驚いたような顔をしていた。しばらく見つめあっていると、彼女は何かを思いついたようにニヤリと笑い、こちらに近づいてきた。


「こんにちは!」


 近くで見ると結構可愛かった。普段から外にいるのか、日焼けしていて、転びでもしたのか短めのワンピースからちらりと見えた膝に、絆創膏が貼っていた。満面の笑顔で挨拶してきた彼女に、僕もこんにちは、と挨拶を返す。そうすると、何が嬉しかったのか更に笑顔になった。何をしているのか彼女に質問する。


「遊んでるのよ!」


 そう答えた。僕は石を川に投げることがなぜ遊びなのか分からなかった。疑問に思っていると、彼女は僕の手をとり、


「一緒に遊ぼ!」


 そう誘ってきた。僕は一瞬断ろうと思ったが、彼女は僕が返事をする前に僕の手を握ったまま走り出した。


「いい?まずはいい感じの石を見つけて、そしたら…」


 初めて現実で走ったからか、息が乱れる。彼女は気づいていないのか、それとも気にしてもいないのか、遊びの説明を始めていた。


「うまくいけば跳ねるんだって!不思議よね!」


 息の乱れからか、説明のほとんどを聞き逃した。ただ、1つ気になり質問する。さっき投げている時は一回も跳ねていなかったのは何故なの?、と


「だって…あたしも今日初めてやるんだもん!」


 そう言って、どこか楽しそうに胸を張る。そんな彼女に自分で思いついた遊びなのか質問する。


「違うわ!昔の人達がやってた水切りって遊びなんだって!世界大会が開かれてたくらい超人気で、大人も子供も大好きな遊びだったらしいわ!」


 もしかしたら昔の人類は今より遊んでたのかもしれない。だがそこまで人気だったならやり方くらいマザーが残してないのだろうか?


「石投げるだけなら適当でも大丈夫かなって、でも思ったより難しくて…」


 難しいという割には楽しそうだ。どうしてか考えていると…


「まあ、こうやって自分でやり方考えるのも楽しみの1つ!ほら!君もやってみなよ!」


 そう言って、僕にも石を手渡してくる。丸い石だ、これがどうやったら跳ねるんだと疑問を覚えるが、とりあえず投げてみる。そのまま水面に沈んでいった…


「ありゃ、駄目か。どうやったら跳ねるんだろ?」


 彼女も石を投げている、だがどうやっても上手くいかないようだ。見かねて提案をする。跳ねさせるのなら、上からじゃなくて横か下から投げた方がいいかもしれない。


「確かに!上からだとそのまま沈んでいってるものね!なら石は?どんな石が跳ねるかな?」


 とりあえず色んな石投げてみて違いを調べるしかないのでは?


「なら……これ!」


 それは無理。彼女が指差した石は、僕の手より大きかった。


「やっぱり?ま、ありったけ試そう!」


 彼女はまた満面の笑顔を浮かべた。僕はなんだか…少しだけドキドキした。






 彼女はとても不器用だった。あれからしばらく色んな石や投げ方を試していると、どうやら平べったい石と、横から投げるのを組み合わせると跳ねるのを発見した。だが彼女は、全然できなかった。先に成功した僕にコツを聞き、それからやっと成功した。


「やった!」


 彼女はとても喜んでいた。正直、僕はもう飽きていた。いい加減帰ろうかなと思っていると、彼女は勝負しようと言い出した。


「多く跳ねさせた方の勝ちね!」


 そう言って、またしても僕の返事を待たず投げ出した。僕も石を探して投げる、なんとなく負けたくなかった。






 あれから日が暮れるまで遊んだ。途中で休憩したり、彼女と話したりしつつ遊び、決着もついた。彼女が3回、僕は7回石を跳ねさせて、僕が勝った。


「悔しい!もうちょっとやろうよ!なんかコツを掴んできた気がするのあたし!」


 彼女は諦めが悪かった。ちょっと待ってもコツとやらも、何度も言っている。もう水面も見づらくなってきたし、お腹も空いた。何より腕が痛い、明日は知識でしか知らなかった筋肉痛とやらを体験することになりそうだ。そんな僕に比べ彼女は、すこぶる元気だった。どうしようか悩んでいると……


「むう、仕方ない…今日はここまでか……」


 日が完全に落ち、街灯しか明かりがなくなった頃、ようやく諦めてくれた。名残惜しそうではあったが…


「続きは明日ね!」


 どうやら延長戦をしたいようだ。そんなに悔しいのだろうか?それともこの遊びがよほど気に入ったのだろうか。


「その……また明日!おやすみなさい!」


 そう言って彼女は走って帰って行った。僕より先に来て遊んでいたとは思えない、底なしの体力だ。僕はもう歩いて帰る体力は残ってなかったので、迎えを呼ぶことにした。数分もしないうちに迎えは来た。迎えの車に乗って帰る途中、明日彼女と遊ぶかどうかを悩んでいた。


 楽しくなかったわけではなかったが、疲れの方が大きい気がした。仮想空間の中ならもっと刺激的で楽しいこともたくさんある。アウトドアな遊びでも、宇宙だって海底だって、マグマの中すら完全再現されたものが、仮想空間にはあった。


 なのに彼女の笑顔を思い出すと、もう少しくらい付き合ってもいいか…そう思った。




 翌日、疲れからか昼までぐっすり寝た後、昨日の川に向かった。筋肉痛が辛かったので車で送ってもらうと、既に彼女は来ていた。どこか落ち込んだ様子で、八つ当たりのように石を川に投げつけていた。そんな彼女に、おはようと挨拶する。するとすごい勢いでこちらに振り向いてきた。そして嬉しそうな顔をした後、少しだけ怒った顔をして文句を言ってきた。


「遅いよ!あたしすごい待ってたんだよ!」


 ずいぶんお怒りである。ついさっき起きたと伝えると、彼女は呆れたようであった。


「全く、女の子より先に来るのが男の甲斐性ってやつだよ!」


 そんなこと言われても困る。そもそも待ち合わせの時間など決めてなかった。


「うっ、それはそうだけど……」


 それよりも今日も本当にやるのだろうか、利き腕は完全に筋肉痛だ、できれば勘弁してほしかった。


「当然よ!今日はあたしが勝つわ!」


 やる気まんまんだった。仕方ないので逆の手で投げることにした。これなら彼女が勝つだろう、彼女は不満そうだったが適当に言いくるめる。三日連続で石投げは勘弁してほしかった。


「上等よ!後で言い訳しても遅いんだからね!」


 僕が勝った。


 次の日も石を投げた、そして僕が勝った。次の日も、そのまた次の日も、さすがに十日すぎた頃に僕がギブアップした。いくらなんでも苦痛だったからだ。


「勝ち逃げする気?」


 君の根気勝ちってことにしていただきたい。このままでは石と川がトラウマになる。もっとこう、他に何かやることないの?


「ッ!?そうよね!他の遊びをすればいいよね!」


 急に機嫌が良くなった。あれでもないこれでもないとにこにこしながら考えている。


「君は何したい?」


 水切り以外なら何でもいいです…


「それじゃ今日は…」


 そして、彼女と2人、外で遊ぶ日々が続いた。


 夏は山に行った、彼女はカブトムシという虫を捕まえたがっていたが、蚊ばっかりだった。虫を捕まえに行ったはずが、虫のご飯になったのは悔しかったけど、暑いから川に飛び込んだり、2人で痒いと愚痴り合うのは楽しかった。


 秋は2人で街を歩いた。彼女が探検したいと言って、何日も歩いた。僕と彼女以外誰もいなかったけど、マザーが作った施設がたくさんあった。わざわざ外にでなくても仮想空間で遊べるからか、他に利用者はいなかった。それが少しだけ寂しい気分になったけど、彼女が楽しそうにはしゃいでいると気にならなくなった。


 冬は寒くて仕方がなかった。彼女も寒さには勝てないのか、僕の家で遊ぼうと言い出した。君の家は駄目なのかと思ったけど、準備してきたのだろう、荷物を抱えた彼女に何も言えなかった。彼女が持ってきたボードゲームやトランプで遊んでいると、雪が降る日があった。彼女は大興奮で、雪だるまを作りたいと言った。2人で作った雪だるまは、あまり上手くできなかった。でも作るのは楽しかった。


 いつの間にか、彼女と遊ぶのが日常になっていた。彼女が風邪をひいたりすると、なんだかつまらなかった。ちょっと前までは何も感じなかったのに、家でゲームをしても、仮想空間の中で冒険しても、少しだけ物足りなかった。


 不満なんてなかったのに、彼女が隣にいないことが、僕の不満になっていた。


「おはよーー!」


 彼女が来た、いつもの僕が大好きな笑顔で。今日は何をして遊ぶのだろう。久しぶりに水切りだろうか、それとも別の遊びか。今日は何をするのか考えていると、僕から遊びを誘ったことはないことを思い出した。


 もう一年になるのに、遊びに誘ってくるのはいつも彼女だった。そう思うと、なんだか申し訳なくなってくる。


 いつも通り、日が暮れるまで遊んだ後、一年経っても帰る時は少し寂しそうな顔をする彼女に、今日は僕の方から誘う。


 明日は何をして遊ぶ?


「え!?」


 彼女は一瞬驚いて、そして今までで一番、嬉しそうに笑った。それを見ると、僕も嬉しくなって笑った。


 これから、いつまで彼女と遊び続けるかは分からない。僕と遊ぶのに飽きてしまうかもしれないし、側にいることが嫌になることもあるかもしれない。想像するだけで、泣きそうになるほど悲しいけど、そうならないために努力をしたい。


「また明日ーー!!明日もいっぱい遊ぼーねー!!」


 手を振りながら帰る彼女の笑顔を見ていると思う。いつまでも彼女の笑顔を見ていたい、これからも側にいてほしいと…


 僕も笑顔で君に言う。


 また明日。

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