オブセッション

和泉茉樹

オブセッション

      ◆


 みなさん、こんばんは!

 スタートしました、「A-icon レイの気ままにおしゃべり!」第一回配信です!

 みなさん、聞こえていますか? 音声のみの配信番組って初めてで、なんか、落ち着かないですね。生配信っていうのもスリル満点っていうか。

 まずは自己紹介しますね。

 私はレイと言います。アイドルグループのA-iconのメンバーで、一応、不動のセンター、とか言ってますけど、三人組なので普通かもしれないです。(アハハハハ)

 今まで映像付きの番組はやったことあるんですけど、ラジオっていうんですかね? 地上波じゃないから、ラジオじゃなくてネット配信って言わなきゃだめですか? ともかく、一人しゃべりで、しかも三十分っていうのは、初挑戦です。

 この番組でどんなことをしていくかは追々お話ししますけど、初回の今回はリスナーさんからのメッセージをできるだけ読んでいけたらな、と思っています。なので、みなさん、どんどんメールしてください。そうしないとこの番組は初回放送が最終回になります。(オホホホホ)

 ぶっちゃけ、そんなことはないんですけどね。一応、私が聞いている範囲では隔週配信で三ヶ月、つまり、六回の配信は決まっています。たぶん。たぶんね。もしここで私がとんでもない下ネタを口走ったりすると、今日で終わります。誰が何を言っても、今日で終わりです。(フフフフフ)

 ちょっと試してみましょうか。私の乏しい知識を総動員すれば一発で番組終了を決定させるワードが、一つや二つ、出てきますよ。でもそれをすると番組が終了するどころじゃなくて、私のアイドルとしての立場も終わっちゃうし、A-icon自体が消滅するかもしれないので、これは賭けですね。(アハハハハ)

 それでも試してみましょうか。スタッフさんが今、私の発言に即座にピー音を入れるために身構えてます。どっちが早いかの勝負になりますね、これは。(オホホホホ)

 ち……ん……(オホホホホ)

 おっと、危ないですね。ちょっと私の少年魂が沸騰してしまったようです。(オホホホホ)

 ち、ん、の後にどんな音が続くかもリスナーさんから募集しましょうか。これでも私、十七歳女子という設定でやっているんで、あまり過激なのはなしですよ。あまりお下品な人は即出禁です。初回にしてリスナーを出禁にしていく番組って面白くないですか?(オホホホホ)

 でも私、結構、ネットとか見るのでエゴサとかしますからね。出禁になったリスナーがどこで何を発言しているか、追跡しますから。だから番組の文句とか、簡単に言わないほうがいいですよ。いくつかの筋から絶対に追跡するので。「レイちゃん可愛い」とかより「レイって頭おかしい」という発言の方を熱心に辿りますからね。(アハハハハ)

 っていうか、ここまで話してきて、ところどころで挟まってくる謎の笑い声、気になりませんか? 私はすごい気になるんですけどね。なんていうか、不自然で。(アハハハハ)

 これはですね、ラジオ文化ではよくあることらしんですけど、あれです、作家笑いの代わりです。作家笑いってわかりますか? 構成作家の人が喋り手のトークを受けて発する笑い声です。

 この番組にも構成作家さんはいるんですけど、私の所属事務所の方から是非とも笑い屋を使いたいという意見がありまして。別に作家さんが笑えないとか、そういうわけではないです。(オホホホホ)

 笑い屋は笑い屋で私も文句はないんですけど、この番組の笑い屋はロボットです。スイッチひとつで笑い声を出す装置です。「メカシゲフジ」っていう名前なんですけど、シゲフジっていうは昔、有名だった笑い屋の人らしいです。(フフフフフ)

 ともかくこの番組はメカシゲフジで、笑い声は三種類しかありません。アハハハハ、と、オホホホホ、と、フフフフフ、です。これをですね、作家のウノさんが適当にボタンを押して、笑い声を出すわけです。(オホホホホ)

 ちょっと何が面白いか分からないところでも笑っちゃいますし、ついでにバリエーションが少なすぎますが、まぁ、メカなのでね、どうしようもありません。じゃあ作家が笑えよ、と思わなくもないですが、ウノさんはメカシゲフジより笑いのバリエーションがないですからね。あまり言いすぎるとパワハラになりますか?

 ……いやいや、今、笑い屋の出番でしょ! ボタンを押してくださいよ、ウノさん! どれでもいいですから!(アハハハハ)

 そうそう、そんな感じです。ちょっと変な汗をかいちゃいました。メカシゲフジに社会的に抹殺されるところでした。(オホホホホ)

 そんな感じでね、いつの間にかオープニングのフリートークのパートもそろそろ終わりです。ウノさんが台本にいくつか、トークテーマを書いてくれているんですけど、全く読まなかったな。読まなくていいですか? 読みますか? (フフフフフ)

 一応、読みますか。一つ目は、番組を始めるにあたっての意気込み、って書いてありますけど、意気込みは、六回は頑張る、ですね。この番組、六回で終わる予感しかしないです。今からみなさんからのメッセージがサーバーがパンクするほど届けば、続きます。それは間違いありませんけど、さっきみたいにね、私が放送禁止用語を口走って終わる可能性も、十分にあります。(アハハハハ)

 二つ目のトークテーマは、好きな食べ物とか、ってありますけど、とかって何ですかね。好きな食べ物はカヌレです。カヌレ、美味しいですよね。はい、このテーマはこれで終わりです。

 三つ目のテーマは、アイドル活動について、って書いてあるんですけど、これはこれから配信の本編で話すべきじゃないですか? ウノさん、ここで話して、本編は何を喋ればいいんですか? (フフフフ)

 そんな具合で、もうオープニングトークは終わりにしましょうか。ネット配信にしては珍しく、この番組には提供クレジットがあります。しかも生で読みます。古のラジオみたいですが、そういう趣向らしいです。古って、何十年も前のことらしくて、私はまったく知らないんですが、噛んじゃいけないらしいです。噛んだらどうなるんですかね。(フフフフフ)

 何はともあれ、配信は始まってしまいましたし、このまま提供クレジットを言わないでいると偉い大人に怒られてしまうので、行きましょうか。あー、緊張する。

 じゃ、行きましょう。

「A-icon レイの気ままにおしゃべり!」、この番組は、フライハイレコード、サンセット食品の提供でお送りします。

 さすがに、二つしかスポンサーがないので噛みませんでしたね。(フフフフフ)

 それではここでまず一曲、お送りします。A-iconのメジャーデビュー曲です。各種配信サイトで配信が開始されています。

 A-iconで「電脳世界で会いましょう」。


       ◆


 ディレクターのサトウは、目の前にいる背広の男性をまじまじと見た。

「人工知能アイドルに音声配信をさせる、ってことは聞いていますけど……」

 サトウはそこまで言って、思わず唸るしかない。背広の男性はニコニコしている。

「A-iconのレイが配信する、という形で、全く別の人工知能に喋らせるつもりです。心配はいりません」

「それって台本を読ませる、ってことですか?」

 サトウの隣にいる構成作家のウノが胡乱げに言うのに、男性は笑みを崩さない。

「台本は用意してもらいますけど、人工知能は自分で好きなように喋ります。人間と同じです」

「人間と同じって、人間でも配信番組をいきなり上手く回せる人はそうそういませんよ」

 食い下がろうとするウノに、大丈夫です、と男性が頷いてみせる。

「学習させてあります。万全ですので、ご心配なく」

「学習って、配信っていうのは普通の会話とは違いますよ。自前の配信もやっているって聞いていましたけど、全く別の人工知能に喋らせる、とのことですが、どうなるんです?」

「この番組で喋るのはラジオ番組の膨大なデータを学習させて、自己学習させた人工知能です」

 しかしねぇ、とウノがサトウの方を見たが、サトウも腕組みをしてウノを見返すしかない。二人が黙っているところへ、背広の男性が話を進める。

「こちらの提案としては、笑い屋をいれたいのですが、人間ではなく、サンプリングした笑い声を流すソフトを使います。メカシゲフジという製品です」

「それは構いませんけど」ウノが向き直り、少しだけ眉間にしわを寄せた。「こちらで操作するわけですよね? 勝手に喋っている人工知能にこちらで合わせろ、ってことですか?」

「いいえ、ラジオ用の人工知能が制御します」

 はぁ、とウノが呆れたような声を漏らす。

「それって、僕が参加する必要がありますか?」

 本音が漏れたというより、ウノの意地のようなものがその言葉を口にさせたようだが、背広の男性は平然としていた。

「人工知能に、この現場が配信の場であることを認識させる必要があります。そのためにスタジオもこちらで手配しますし、機材も用意します」

 サトウは同席しているプロデューサーのウエキを確認した。ウエキは眠そうな顔で椅子に座ってぼんやりしている。背広の男、A-iconのスタッフのいうことをまるで聞いていないように見えたが、サトウはそうではないことを願った。願ったが、いかにも虚しかった。

 背広の男が幾つかの提案をして、サトウとしては細部を確認するだけで、文句のつけようがなかった。それでも最後に、一つだけ確認した。

「生配信ってことですけど、その人工知能が暴走した時、僕たちはどうしたらいいんですか?」

 返答は自信に満ち溢れていた。サトウがうんざりするほど、自信でいっぱいだった。

「そんなことになる可能性は低いと思いますが、そういう場面のためにスタッフの皆さんの手助けが必要なのです」

 尻拭いか、とサトウは思ったが黙っていた。

 背広の男は最後には頭を下げ、退室していった。その場に残ったのはサトウとウノ、ウエキの三人である。

「ウエキさん、まともな配信になるとも思えないんですけど」

 サトウが善意でそう指摘してみたが、ウエキは笑みを受けべながら請け負った。

「サトちゃんが心配するほどのことはないって。最悪、配信を切断して、通信環境に不具合があった、で済ませればいいよ」

「それ、本気で言ってますか?」

「もちろん冗談。いずれにせよ、音声のみの配信だから僕たちが余計な手間を背負い込むこともないし、安全な仕事じゃないかな」

「人工知能がデタラメを話し始めたら、どうすればいいんです?」

 なんとかなるよ、とウエキがサトウの肩を叩いたが、サトウはとても安心できなかった。

 ウノも似たような様子でウエキに台本について確認していたが、ウエキは「いつも通りでいいよ」としか指示を出さなかった。

 こうして「A-icon レイの気ままにおしゃべり!」のスタッフたちは動き始めたのだった。

 配信当日、スタジオに集まり、ミキサーのエビナも交えて簡単にリハーサルするまで、サトウもウノも、エビナでさえも不安げだったが、小さな端末に過ぎないA-iconのレイの配信用人工知能は流暢に話し始めた。

 これにはスタッフも鼻じろんだが、人工知能は笑い屋ソフトの扱いも完璧だった。

『とりあえず、おおよそを確認しましたけど、他に何かやっておくことはありますか?』

 人工知能の問いかけに、サトウたちは顔を見合わせて、頷くしかなかった。

 やれるかもしれない。

 たぶん。

『じゃあ、配信開始時間まで、おしゃべりしましょうよ。時間はまだありますよね』

 どうもこうも言えず、サトウはただウノに頷くしかなかった。ウノはミキシング卓についているエビナの隣にいて、収録ブースに声を送るマイクに手を伸ばし、しかし何を言えばいいか、戸惑っているようだった。これでは人工知能のトーク能力を不安に思うより、スタッフの人工知能への対応の方が不安を感じさせる。

『少し喋っておかないと、私も不安ですから、なんでもいいですよ。ウノさんは趣味はなんですか?』

 人工知能の声が少女っぽい女性の声だからというわけでもないだろうが、ウノは言い淀んでいた。

 サトウは思わず時計を見た。配信開始まで、二時間だった。


       ◆


 はい、聞いていただいたのはA-iconの「電脳世界で会いましょう」でした。

 どうでしたか? メジャーデビュー曲だからってわけでもないですけど、良い曲じゃないですか? スタッフさんも頑張りましたし、私たちも歌唱技術に結構、力を入れてます。

 さてさて、メッセージは届いてますか? 私の手元の端末を確認するとですね、リアルタイムで聴取している人が三〇〇人くらいなんですけど、まさか全員がだんまりってことはないですよね?

 今、構成作家のウノさんがブースを出てメッセージを確認しに行ってます。プリントアウトされるわけではないので、明らかにトラブルですが。(オホホホホ)

 ちょっとフリートークしますか? こうやって繋がないといけないのって、いかにもラジオっぽいですよね。シゲフジももうセルフです。

 私たちは最近、「電脳世界で会いましょう」のリリイベで各地に行っているんですけど、地方はやっぱり地方なんですよ。

 まずおっさんしかこない。中学生とか、高校生とか、一人もいません。みんな、おっさんです。(アハハハハ)

 何の仕事してるん? って思うっていうかね。服装もいかにもそんな感じでね。無職感はないといえばないんだけど、そのジャンバーはどこで売っているんだ? って思わず聞きそうになる、というか(オホホホホ)

 都会に行くとね、そんな人はほとんどいません。平日の夕方からイベントが始まると、いかにも純粋そうな少年が一生懸命手を振ってて、もう、それだけで泣きそう。地方のおっさんを前にする時とはまるで違う気持ち。(アハハハハ)

 中学生がペンライトを振るのとおっさんがペンライトを振るのは、もう、ペンライトも別もの! おっさんのペンライトはもう牛蒡にしか見えない。(オホホホホ)

 それはそうとね、地方でイベントするってなるとショッピングモールでやったりするんだけど、明らかに私たちの存在を知らない人も見ているんだけど、何が面白いんだ? みたいな顔をするわけ。(フフフフフ)

 それはこっちのセリフだっていうかね、私もあんたを楽しませるために来たわけじゃない、っていうか。あんたの前にいるおっさんのために来ているっていうか。(オホホホホ)

 おっさんが一生懸命になっているのを、無関係のおっさんがぼんやり眺めるっていうのはかなりシュールだけど、どちらがおかしいか、って聞かれたら、どれだけ考えても、盛り上がっている無職風おっさんの方がおかしいよ。(アハハハハ)

 でもさ、あのぼんやり眺めてるだけのおっさん、生きてて楽しいか? とは思うよね。踊らにゃ損損、って奴があるけど、そんな感じ。盛り上がろうぜ、って思うけど、盛り上げられない私たちが未熟ってことなんでしょう。三年後くらいにはあのぼんやりしているおっさんたちも熱狂させたいよね。

 どうも作家のウノさんが戻ってこないので、メッセージはまだ読めそうにないんですけど、これってもしかして本当にみんなのメッセージが集中しすぎて、サーバーがダウンしているとか、そういうこと?(オホホホホ)

 なんか、適当に喋っているうちに時間もほどほどに進んだし、そろそろ次の曲に行きますか。ウノさんは戻ってきていませんが、エビナさん、行けますか? あ、エビナさんはミキサーっていう仕事をしている人で、私の音声を管理している人です。この人が私の放送禁止用語を消したり消さなかったりします。(オホホホホ)

 試しに、またやってみますか。ち、ん、の後に続く言葉を言ってみますか? (オホホホホ)

 ち、ん、の次に続く言葉は、んー……。

 おっとエビナさんがすごい顔で見てます。やめろよ! 言うなよ! という顔です。逆に言いたくなりますね。(アハハハハ)

 まあ、私のお仕事がなくなってしまうので、言いませんけどね。この配信の仕事はどうでもいいんですけどね。正確に言うと、地方営業のおじさんの前で頑張る仕事の方がどうでもいいですけどね。(アハハハハ)

 いやいや、地方営業じゃありません。リリイベ。リリースイベント。地方営業っていうのは芸人さんのワードセンスですね。(オホホホホ)

 芸人の真似もできなくはないですけど、それはいつか、別の機会にしますけど、もしかしてこれ、新しいコーナーにできますか? 新しいっていうか、今日がこの番組の初回で、コーナーも作家のウノさんが必死に考えて用意してくれてはいるんですけど。

 あー、メッセージをぜひとも読みたいんですけど、ウノさんは戻ってきません。仕方がないので、そろそろ前半は終わりにしましょうか。ここで一曲です。曲はウノさんがいなくても流れます。エビナさんがいるので。エビナさん、お仕事の時間ですよ。

 それでは一曲、お聞きください。

 A-iconで「tuning Chu Chu」。


      ◆


 どうなっているんですか? とエビナが振り返るのに、サトウは冷や汗をかきながら、「分からない」と答えた。

 人工知能は勝手に喋っている。曲を流したのさえ、エビナの操作ではない。ウノだってブースから出ていない。今もブースの卓に一人でいて、ミキシング室へ声を送るマイクを口元に引き寄せている。

『サトウさん、僕、どうすればいいですか? 事前の話と違いますけど』

 ウノの言葉に、うん、と頷いた以上のことをサトウは口にできなかった。

 人工知能は勝手に状況を演出し、実際と異なることを配信に乗せている。生放送ならではのトラブルでもなんでもない。

 言ってみれば、これは偽装だ。

「サトウさん、これってうまくまとまるんですか?」

 エビナの言葉に、サトウは答える言葉が口から出ない。

 うまくまとまるのかを知っているのは、人工知能だけだ。

「そろそろ曲が明けますけど、どうします?」

「……仕方ない。任せるしかない」

「任せるって、どうなっても知りませんよ」

「卓の操作はエビナさんの方でできるんだよね?」

「できますけど、あの人工知能が操作を上書きすれば無意味な気がしますけど」

 そんな権利を誰が与えた? サトウがそう思ったものの、エビナも、ブースの中のウノも、同じような顔をしている。

 この配信番組は、人工知能の一人芝居になりつつある。

 配信は既に後半に入っている。

 曲が終わり、アウトロがフェードアウトしていく。


       ◆


 さて、二曲目に聞いてもらったのは「tuning Chu Chu」でした。

 ウノさんはやっぱり戻ってきませんし、時間も押しています。このままコーナー紹介に行ってもいいんですけど、こんな時代ですし、ネット上に情報をアップロードするのでそれを見てもらいましょうか。

 ということで、第一回にしてフリートーク回ということになりました。いいですよね?

 あのぉ、この収録ブースに今、私一人なんですけど、なんか狭いんですよねぇ。空気も湿っていてカビ臭い気もするんですけど、気のせいですかね? (フフフフフ)

 いつか、公開放送とかしたいですけど、難しいですか? ディレクターさんに今、熱視線を送っているんですけど、目線を合わせようとしてくれません。ディレクターさんは偉い人ですけど、プロデューサーさんほどではない、ってことでしょう。(フフフフフ)

 じゃあプロデューサーさんはどこにいるんだ、っていったら、欠席です。この場にはいません。(アハハハハ)

 普通、こういう番組って初回放送は大勢の見学があると思っていましたけど、びっくりすることに、ブースの外にいるのはミキサーのエビナさんとディレクターのサトウさんだけです。ウノさんは影すらもないんですけど、いったい、どうなっちゃったんですか? 放置ですか? そういうプレイですか? (オホホホホ)

 あー、今の発言にエビナさんがピー音を入れないのは、私の責任じゃありません。エビナさんの怠慢です。アイドル潰しです。(アハハハハ)

 もうー、第一回放送が本当に最終回放送ですか。伝説になっちゃいますよ。どんな伝説だよ、っていう感じですが。(オホホホホ)

 この配信、本当に誰かに届いていますか? メッセージがないのでまったく分からないんですけど、タブレットでも用意してもらえますかね。それでネット上の実況をチェックしようかな。え? 電波が悪い? このブース、もしかして隔離施設ですか? (アハハハハ)

 あれ? 何か音楽が聞こえてきたと思ったら、エンディングテーマじゃないですか? この曲はA-iconの「心の握手」ですね。メジャーデビュー前の曲なんですけど、ファンの人なら知っているかな?

 ということで、エンディングテーマが流れたということは、「A-icon レイの気ままにおしゃべり!」の第一回配信はそろそろお別れの時間になってしまいます。みなさん、どうでしたか? 面白かったですか?

 私はブースに一人きりにされるし、みなさんからのメッセージは読めないし、エビナさんの職務放棄で危うく放送禁止用語が配信に乗りそうになって、大変でした。これがあと五回もあると思うと、ちょっと不安になりますね。

 というわけで、あれ……、ちょっと台本が行方不明になりましたね。おかしいな。どこだろ? えーっと、この番組の情報はネット上で適当に探して、みなさん、メッセージを寄せてください。みなさんからのメッセージがないと、この番組は終わってしまいますから、大募集です。

 コーナーは今回はできなかったんですけど、次回はできるはずです。今回のことで学習しましたので。

 ウノさーん、いつ戻ってくるんですかぁ? 放送、終わっちゃいますよ? (アハハハハ)

 おおよそ時間になりましたね。ラジオ局の生放送だと時間がシビアですけど、この配信ではそこまで時間厳守を守る必要もないものの、もう、終わりにしましょうか。

 放送作家もミキサーも仕事をしない生配信もそろそろおしまいです。

「A-icon レイの気ままにおしゃべり!」、お聞きいただき、ありがとうございました。

 この時間のお相手はA-iconのレイでした。

 また次回、お耳にかかりましょう。

 バイバーイ。

 この番組は、フライハイレコード、サンセット食品の提供でお送りしました。


       ◆


 配信が終わった時、サトウもエビナもウノも、唸るように息を吐いていた。

 配信は勝手に終わり、予定されていた三十分ピッタリである。

「どうすればいいんです?」

 エビナの問いかけに、知らん、とサトウは答えた。ウノもブースを出てきて、サトウに不満げな顔をしている。

『お疲れ様でした』

 不意に声が聞こえ、三人ともがそちらを見た。といっても視線は自然とガラスで仕切られたブースの向こうを見ていたが、ブースはすでに無人である。

 しかし声は続く。

『とても有意義でした。聴取者数は四三八人でおおよそ想定通りです。次回は五〇〇人越えを目指しましょう。投稿されたメッセージの数も満足のいくものです。ありがとうございます』

 人工知能が配信をサポートしたサトウたちを労っているのか、漠然としたリスナーに感謝しているのか、判然としない空気が流れた。

『それでは次回の配信まで二週間ありますから、何かアイディアがあれば教えてください。こちらからも提案できることがあれば、させていただきます。ワンチームになって頑張りましょう』

 誰も何も言えないところへ、失礼します、と告げたきり、人工知能は黙り込んでしまった。

 サトウは改めてブースを見た。ブースの机の上には端末が置かれている。今回の配信のための人工知能が入っている端末だ。

 興味が湧いてブースに向かおうとした時、スタジオの防音扉が開き、背広の男性が入ってきた。サトウに微笑みを見せたA-iconのスタッフはそのままブースに入り、端末を手にして戻ってきた。

「今後に関しては次回配信の打ち合わせの時に、お話しさせていただきます」

 いや、とウノが口を開きかけたが、それ以上は言葉にならなかった。エビナも物言いたげだったが、やはり何も言わない。サトウも同じである。

 配信の実際をリスナーが知ったらどう思うだろう、とサトウは考えていたが、実際には問題にもならないのかもしれない、とも考えていた。

 どんな配信コンテンツでも、映像があろうとなかろうと、生放送だろうと収録配信だろうと、視聴者は受け取りたいように受け取る。心地いいように好きに解釈するだろう。

 レイを名乗った人工知能は、結局、リスナーの頭の中にあるのだ。

 端末の中などではなく。

 背広の男は微笑むと「失礼します」とスタジオを出て行った。

 サトウたちはそれを見送り、扉が閉まるところを見て。

 再び扉が開いたのにそちらを見た。

 入ってきたのはプロデューサーのウエキだった。

「お疲れ様」

 ウエキはのほほんとした様子で言った。

「ちょっと飲みに行こうか。もう今日の仕事は終わりだろ?」

 エビナもウノもサトウも、すぐには答えられなかった。

 仕事が終わったとも思えなかった。

 仕事をした、のだろうか?

 これが、仕事か?



(了)

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オブセッション 和泉茉樹 @idumimaki

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