第62話:※残酷な表現があります(読み飛ばし可)




 モンスとヨエルは、食事をするカミラの腕に嵌っている腕輪を見つめていた。

 確か宰相が「どうしても困ったら、外して売ればそれなりの金になる」と、餞別としてくれた物だったはずだ、と。


 メイド達は、腕を切って外しても、次は足に、その次は首に、と言っていた。

 では、首を切り落としたら王宮へ連絡を……とは、カミラが死んだら外れるはずだから、王宮へ連絡して腕輪を買い取って貰えという事だろうか。



「こんな女のどこが良かったんだ?」

 呟いたのはモンスかヨエルか。

 当事者なのに、カミラの魔法の事は王家には伝えられていなかった。

 魅了魔法を理由に、王子二人の廃籍を撤回されたら困るからだろう。


 そしてカミラと離れた事で、やはり魅了から解放された者がいた。二人の元王子が正気になる1日前の事だった。

 ヨエルの乳母で叔母であり、第二王妃の侍女も兼ねているイーリスその人である。

「何で、何で私はヨエルがカミラなんて阿婆擦れアバズレに傾倒するのを許してしまったの!?」

 頭を抱えて叫ぶ姿は、鬼気迫るものがある。


「お姉様! 馬車を貸して!」

 普段は侍女としてわきまえており、第二王妃を姉と呼ぶ事は無い。

 それだけ切羽詰まっている、いや、おかしくなっているのかもしれない。

 あまりの迫力に、第二王妃も「どうぞ」としか言えなかった。




 食事を終え皿を動かしたら、下からメモ書きが出てきた。

 食材を購入する為の、大切なメモである。

『野菜はこの農場が安いです

 卵と鶏肉は、ご近所の養鶏場へ。

 歩いて30分なので、村へ行くよりは近いです。

 パンは村のパン屋へ。配達はやっていません。』

 メモと共にそれぞれの地図も置いてあった。


「ふ、ふざけるな! この俺様に歩いて買いに行けと?!」

 ヨエルが怒りに任せて、メモ書きと地図を破り捨てた。

 それを気にした風もなく、カミラが食べ終えた皿をそのままに台所から出て行く。

 愛されている自分は、何もしなくても良いのだとまだ思っている。


「あ、今日は王都から商人が来る日よね! この前見た黄色の、やっぱり買っちゃおう」

 扉を出て行く時に、両手を打ち合わせてカミラが楽しそうに声をあげた。

 家に金が無くなった話を、カミラは聞いていない。

 しかしメイドが出て行ったのは見ていたはずなのに。


「ふざけんな! そんな金がどこにある!」

 ヨエルが席を立ち、カミラを追い掛けその腕を掴む。

「はぁ?! 無いなら稼ぎなさいよ、無能」

 前を隠しもせず、半裸を晒すカミラは、場末の娼婦よりも酷い有様だった。

 モンスとヨエルがカミラへと殺意に近い何かを抱いた瞬間、玄関扉が勢いよく開け放たれた。




「この、阿婆擦れアバズレが!」

 焦点の合わない瞳の、髪を振り乱した女がちんにゅうして来たのを、モンスはただ茫然と見ていた。

 咄嗟に動いたのはカミラで、自分の腕を掴んでいたヨエルを闖入者の方へと突き飛ばした。


「ぎゃあぁぁあ!」

 ヨエルの悲鳴が響く。

 その傷は深く、背中から刃先が出ている。

「邪魔しないで!」

 ヨエルから短剣を抜くと、血が吹き出して闖入者……襲撃者を真っ赤に染める。

 刺された箇所を押さえてよろめくヨエルを突き飛ばし、襲撃者はカミラへと迫った。



「イーリス……」

 床に倒れ、鮮やかな赤い血溜まりを広げていくヨエルが、襲撃者の名前を呼んだ。

 モンスは驚いて真っ赤な襲撃者を見る。

 あまり交流の無かったモンスでも名前だけは知っている、第二王妃の実妹でヨエルの乳母だった侍女だ。


 イーリスは滅茶苦茶に短剣を振り回し、カミラへと切り付ける。

「ぎゃあぁ! 痛い! やめてよぉ!」

 カミラが叫んでも止まるはずも無く、とうとう倒れ込んだカミラに馬乗りになり、イーリスは両手で持った短剣を無表情で振り下ろした。


 最初は抵抗していた腕が動かなくなり、悲鳴が段々と小さくなり、とうとう何も聞こえなくなった。

 それでも短剣を逆手に持ったイーリスは、カミラをグサグサと刺し続けた。



「あ、あぁ……あぁぁ…………」

 四つん這いになったモンスが玄関へ向かおうと動くが、台所の出入口はヨエルが塞いでいた。

 立って歩いていれば跨げるだろうが、今のモンスには出来ない。

 しかも倒れているヨエルの驚きと恐怖で見開かれた瞳は、モンスの居る方向を向いている。


「あ、あぁぁ」

 モンスが頭を抱えて小さく小さく蹲った時、ドタドタと激しい足音がした。

「確保ー!!」

 モンスの耳に、野太い男の声が聞こえた。

 次いでヨエルを飛び越える複数の足音。

「離せぇ!! この女を! この女を殺さないとヨエルが王太子になれないのよ!」

 暴れる音と、叫ぶ声。

「私が! 全てを知っている私が! ヨエルと一緒にこの国を守るのよ!」

 イーリスの声が遠ざかって行く。


 ヨエルはもう死んでいるのに……。

 モンスは頭を抱え小さくなり、止まらない涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃに汚しながら、ただ時が過ぎるのを待った。



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