第60話




「現行犯、ですね」

 何の現行犯になるのかは謎だが、カミラはニコラウスによりガッツリと拘束されていた。第二王子がおまけでくっ付いている。あれでは萎えても抜けないだろう。

 第一王子は拘束されていないが、自分の意思でカミラから離れずにいる。


「そのようなお姿でいつまでも……不敬です!」

 硝子張りの室内から、女性の叫びが響いた。

「早く解放しなさい!」

 男性の命令する怒声も聞こえてきた。

 服を整えながら、今まで一緒に居た者とは違う人の所へと、皆が移動している。

 マティアスの口からこっそり「うわぁ」と呆れと軽蔑の混じった声が漏れた。


「何でそんな酷い事をするんですか!? 離してあげて!」

 庭園に居た民衆の、1番前の列にいた若い女性が叫ぶ。

 その周りの数人も「そうだ!」と同意して、他の民衆から距離を取られた。



「なるほど、これが意に沿う行動……」

 桃色の煙が出るまでは嫌悪を隠さずにいた若い女性が、正反対の様子を見せた。先程のカミラを庇う発言をした女性である。

 ニコラウスの雲が間に合わなかった分を吸ってしまったのだろう。

 感情の起伏にカミラの魔法は干渉すると、バリエリーン宰相補佐は予想していた。

 好意、同情、罪悪感。今回は同情だろう。


 しかしカミラが悔しそうな顔をしているので、本来ならば実力行使させるくらいのつもりだったのかもしれない。

 目に見える程の濃い魔法だったのがその証拠だ。

「離しなさい! アタシを誰だと思っているの!」

 第一王子を突き飛ばし、胸元の服を直しながらカミラが叫ぶ。しかし第二王子が繋がっている為、大きく捲り上げられたドレスは下ろせない。



「……単なる阿婆擦れアバズレ?」

 声がしたのは、庭園の中程の民衆からだった。


「あぁ、うん。二人の男となんて、なあ」

「いくら若くても、節操は欲しいよ」

「お貴族様って、あれが普通なの?」

「物語の仮面舞踏会で一夜の恋を……って、本当のお話だったのね」

「貴族の令嬢が貞淑だってのは嘘だったのか……」


 一人では無い安心感からか、集まった人々が口々に好き勝手な事を言い出す。

 これが街に広がったら、貴族の威厳も何も無くなるだろう。

 第一王子夫妻と第二王子のせいで。




「おやおや、娘の見合いで引き止められていたら、とんでもない場面に遭遇してしまいましたね」

 突然現れたのは、バリエリーン宰相補佐だった。その後ろには、両手を顔の前で合わせたイサベレが居る。


 確かに後で俗物達を引き渡す予定だったので、別棟でイサベレの見合いを組んでいたが、騒ぎを聞き付けて予定より早く来てしまったようだ。

 イサベレの『ごめんなさい』は、見合い相手を放って来てしまった……いや、連れて来てしまった事に対してだろう。

 イサベレの後ろには、楽しそうな表情を隠しもしない、かなり遠い親戚の……カルロッタの母国メッツァラ王国の王弟である大公が居た。



「イサベレ様! お会いしてみてどうでしたの?」

 クラウディアがイサベレの方へと歩み寄る。歩く姿も美しい。

「とても気が合いましたの」

 イサベレもクラウディアの方へと早足で近付く。

 二人並ぶと、その動きの優雅さと見た目の美しさに、民衆だけではなく室内の貴族達も言葉を失った。


 当然だろう。二人とも王太子妃教育を受けている。クラウディアに至っては、10年もの間、実際に有能な王太子妃として活躍していた実績もある。

 今回ではなく前回の人生だが、6才から叩き込まれた所作がそう簡単に抜けるわけもない。



「イサベレか! 俺様に振られたら、もう他の男に尻尾を振っているのか!? まるで雌犬だな!!」

 ヨエル第二王子がイサベレに気付き、おとしめる言葉を口にする。

 しかしその姿と言葉により、失笑を受けたのは第二王子の方だった。


「尻尾どころか腰振ってるのは自分じゃないか!」

 わはははは、と大笑いしながらそう叫んだのは、メッツァラ王国王弟だ。

 いきなり出て来た見ず知らずの男の無礼な態度に、当然第二王子は激昂する。

「お前! 誰に何を言ってるのか解ってるのか!?」

 第二王子が宰相補佐を見た。


「貴様もだ! 自国の王族を侮辱されたのだぞ!」

 貴様、と言うところで第二王子は宰相補佐を指差した。

 しかし宰相補佐は恐縮するどころか、逆に第二王子を哀れみの視線で見つめる。

「とても残念なお知らせがあります」

 静かな声音にも拘わらず、宰相補佐が言葉を発した事により、会場が静まり返った。



「こちらの方は、メッツァラ王国王弟であらせられるレーヴィ・リュハネン大公閣下です」

 淡々と、まるでパーティー会場で紹介する時のように、宰相補佐が告げる。

 クラウディアとイサベレが即座に最上級の礼をする。

 次いでニコラウスとマティアスも同じように礼をした。


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