第59話




 クラウディア達がその部屋の外へ行くと、中から楽しげな声が聞こえてきた。

 甲高い笑い声は、間違いなくカミラのものだろう。

 何となく予想以上になっている予感はしたが、クラウディア達は予定通りに行動する。

 庭園の芝生には、街の人々が集まり始めていた。


 貴族の結婚式では、街の人々へ酒や料理が振る舞われる事が多い。

 祝い事なので、そういう時はそれなりに良い酒が配られるので、街の人々の集まりも良い。


「今日は弟、ルードルフ・エルランデル侯爵の結婚式だった!」

 マティアスが硝子張りの部屋の、庭に通じる硝子戸の前で挨拶をする。

 外側へ観音開きになる扉なので、使用人が扉に手を掛ける。

 会場の係員が酒や料理を配るために、扉の近くで待機していた。


 係員が不安そうにチラチラと硝子張りの部屋を見るのは、が騒がしいからだろう。

 なぜか窓が曇っていて、中が見えない。

 この部屋の硝子は透明のはずなのに。


「さぁ、アッペルマン公爵家から幸せのお裾分けをしよう!」

 マティアスが両手を上に掲げた。

 扉を開ける合図である。

 使用人は躊躇無く扉を大きく開いた。

 その瞬間を狙っていたかのように、硝子の曇りが消え、室内の様子が露になる。



 悲鳴を上げたのは、外か中か。



 室内は、まるで乱交パーティーのような様相だった。

 1番酷い……人々の視線を集めたのは、窓に手を突き、モンス第一王子に胸を揉まれ吸われながら、後ろからヨエル第二王子に突き上げられているカミラ妃だろう。

 授乳中独特の意匠のドレスは、簡単に胸元をくつろげる事が出来るのだ。


「あら、いつの間に第二王子が?」

 クラウディアがポツリと呟く。本当に知らなかったようだ。

「結婚式が始まった頃かな。来る時は1台だったけど、先に帰すつもりで国王がもう1台呼ぶように手配してて、それに乗って来た」

 窓に手を当てながら、ニコラウスが答える。ニコラウスの手の周りの窓は、まだ少し曇っていた。


「魔法って本当に便利ね」

 羨ましいわ、とニコラウスを見上げた後に、その手元を見るクラウディアは、本当にそう思っているのか目が好奇心で輝いているように見える。

「暗殺術をこのような使い方をしたのは初めてだよ」

 どこか楽しそうに笑うニコラウスは、クラウディアの腰を抱き引き寄せた。



 これは本当に偶然だったのだが、カミラが王子達と絡み合っていたのは、硝子1枚隔てた丁度向こう側だった。

 ニコラウスに守られたクラウディアと、王子二人に貪られているカミラの目が合う。

「穢らわしいモノには近付かないで」

 ニコラウスが自分の体で囲み込むように、クラウディアの体をしっかりと抱え込む。


「まぁ! うふふ」

 自分を守ってくれる人の胸に頬を当て、優越感の微笑みをクラウディアは浮かべた。

 カミラの顔が真っ赤に染まる。

 その間も、王子二人は熱に浮かされたようにカミラを離さない。

 王子達はカミラの意に沿う行動を取るはずなので、彼女は衆人環視の中での行為を望んだのだろうか? そうクラウディアが考えた瞬間、ブワリと甘い香りが広がった。




 カミラを中心に、濃い桃色の煙が湧き出ているように見えた。

 思わず口元に手を当てたクラウディアを、走って来たマティアスがニコラウスごと抱きしめた。

「嗅ぐな! おそらくあの女の魔法だ!」

 自分の鼻と口を腕で覆いながらマティアスが叫ぶ。


「部屋のこうは、魅了魔法の臭いを誤魔化す為だったのか」

 納得したようにニコラウスが呟くのを、そのニコラウスとマティアスに挟まれながらクラウディアが見上げる。

 不意にニコラウスの視線がおりて、クラウディアの視線と絡む。


「先程の窓を曇らせた魔法は、本来は違う使い方をするものでね」

 クラウディアの視線の高さに上げられたニコラウスの手から、黒い煙が湧き出てくる。

 魔法は煙形なのが普通なのかしら? などと、呑気な事をクラウディアが考えていると、黒い煙はカミラの桃色の煙を包み始めた。


 混じるのではなく、包む。

るものはられる可能性もあるからね。これは、ありとあらゆる毒を吸収する魔力粒の集合体で……あれみたいなものかな」

 クラウディアへの説明を途中で説明を諦めたのか、空を指差す。

「雲?」

 言われてみれば、煙よりも曇っぽい。


「そしてアイツより、僕の方が強い」

 カミラの放った魔法がニコラウスのものに吸収されていく。

 硝子の向こう側から、ギリリと歯軋りの音がしそうな程の凄い形相をしたカミラが睨み付けてくる。


「前回は慢心からディディを心配させたからね。今回は最初から全力でいく」

 ニコラウスの宣言と共に、カミラ達の影から黒い紐状のものが伸び、第二王子と繋がったままでカミラが拘束された。

 そのような状態なのに、まだ第一王子はカミラの胸にむしゃぶりついていたのが酷く滑稽だった。



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