第58話




 今日の結婚式は披露宴だけの為、教会の側にある会場ではなく、街中にあるパーティー会場を借りていた。

 昼間からの華やかな催しに、何が行われるのかと、街の人々も興味津々である。

 王家も参加しているので、当然警備は厳しい。

 しかし生け垣の間から覗く者を排除する程では無い。生け垣の内側には、しっかりとした鉄柵があるので、侵入は出来ないのも緩い理由である。


 普段はサロンとして使われている硝子張りの部屋が、今日は待合室として使われていた。

 硝子張りにしてあるのだから、採光の為に周りに背の高い木は植わっていない。

 硝子の一部は開くようになっており、外の芝生へ出られるような造りになっていた。

 小規模なガーデンパーティーならば出来る程度の広さがある。


 貴族のガーデンパーティーは自分の屋敷で行うのが普通である。

 こういう会場を借りるのは商会行うガーデンパーティーが多い。も兼ねる事が多い為に、生け垣が他の場所よりも



 今回、この硝子張りの部屋は、特別な待合室として勘違いするように作られた部屋だった。

 高位貴族しか居ない、広めの部屋。

 軽食と酒類は際限なく出て来る。

 給仕する使用人は、完璧に教育が行き届いている。

 ただし、1番肝心な客の安全は気にされていない為、昼間だというのに客はベロベロに酔っ払っている。


 結婚式に参列しに来た事など、既に忘れているだろう。

 もっとも、その結婚式には席は用意されていないが……。




 神の前での誓いや署名などは婚姻式で終わっている為、ルードルフと妻パウリーナの誓いは、人前じんぜんでのものとなった。

 見るからに姉さん女房な夫婦で、どことなくほわほわしている新郎を、新婦が世話をしている様子が見て取れる。

 既に一緒に過ごしているからか、新婚なのに妙な熟年夫婦感がある。


 いや、元が主従関係だから世話を焼くのが癖に?

 いやいや、パウリーナは家令であり、メイドでは無かった。

 アッペルマン公爵家とヴィレーン伯爵家、両家の家族は同じ事を考えていた。


「ルードルフお兄様、大きくなられましたわね」

「あぁ、嫁を迎えるほど立派になって」

 妹と兄の会話なのだが、視点が完全に親のである。

 夫婦の誓いを終わらせた二人は、友人達に囲まれている。

 年齢差のせいかもしれないが、集まる友人もそれぞれの雰囲気に似ていた。



「今気付きましたが、私の友人はイサベレ様しかおりませんわ」

 クラウディアが真面目な顔で呟く。

「それを言ったら、僕は友人がいない」

 ニコラウスが返すのに、横に立つマティアスが「え?」と顔を向ける。


「私は友人では無いのか?」

 驚いたような、傷付いたような、微妙な表情のマティアスを見て、ニコラウスは少しだけ逡巡する。

「愛する人の兄」

 出てきた答えは、至極真っ当ではあるものの、マティアスとしては納得のいかないものだった。


「せめてこう、もう少し仲間意識みたいなものは無いのか?」

 すぐ隣に妻と息子が居るからか、マティアスは前回の事を口にしない、出来ない。

 妻は前回の記憶が無いし、息子は今回は生まれた月日が違うので別人だと、マティアスは思っている。

 だから名前も違うものにした。


「仲間はディディだけで充分」

 更にニコラウスはマティアスの心を抉る発言をする。

 ニコラウスとマティアスの会話は、極小さな声で交わされていたので、両脇の二人には聞こえていない。

 はあぁとマティアスが諦めの息を吐き出した。


 二人して、会話は終わったと前を向く。

 目の前には幸せそうに微笑むルードルフ達が居た。

「まぁ、何かあったら助けようと思う程度には、情が湧いている」

 前を向いたままのニコラウスの口から、誰に言うでもなく言葉が零れ落ちた。




「今日はエルランデルの方の屋敷に行くのよね?」

 披露宴も終わり、招待客を全て送り出した後にヒルデガルドが確認する。

 まだ当主として未熟なルードルフは、アッペルマン公爵家とエルランデル侯爵家のタウンハウスを行ったり来たりしていた。


「明日はお休みなので、あっちでリーナとゆっくりします」

 ルードルフがパウリーナの肩を抱きながら答える。

「ゆっくり、ねぇ……?」

 うふふと意地悪く笑うヒルデガルドへ、からかわないでよ、母上! と、ルードルフが顔を赤くしている。


 そういう反応するからだ、とクラウディアもマティアスも、思っていても教えてあげない。当然、ニコラウスも。

 年相応かそれよりも幼い反応は、両親にとっては新鮮で楽しくて、そして、可愛くて仕様がないだろうから。



 幸せな、結婚式らしい空気が漂っていたのはここまでだった。

 新郎新婦を追い出し、給仕や案内を担当した使用人達を屋敷へ帰した。

 アッペルマン公爵夫妻も残りたがったが、そうするとマティアスの妻であるカルロッタが帰り辛くなってしまうから、とやはり会場を追い出された。


 まだ夕方と呼ぶには早い時間。


 ソワソワとした街の関心は、まだ盛り上がっている部屋へと向いていた。



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