第55話
暖かな日差しが差し込む豪奢な応接室。
ただ華美なだけではなく、年数を経た事で得られる重厚さもあり、由緒正しい家柄なのが証明されている調度に囲まれた部屋である。
その中で、バリエリーン侯爵が真面目に話を始める。
余談だが彼は婿養子なので、本当の当主は彼の妻である。便宜上、侯爵と呼ばれている。
「よく物語にあるような、肌に触れなければいけない、とか異性でなければいけない、などの縛りは無いようだ」
バリエリーン侯爵が数枚の紙をテーブルへと並べる。
そこにはあの伯爵令嬢を含め、決して少なくない人数の名前と共に、カミラとの関係や接触時間、本人の証言や起こした問題が書かれていた。
「一緒に居る時間とかは関係無いようだから、やはり
魅了魔法の発動条件を、ニコラウスが予想する。
以下の話は、その予想を裏付ける
移動になった初日からカミラに傾倒し、床に這いつくばって足を舐めそうな勢いだった護衛兵は、相思相愛の婚約者を捨ててその日の夜にはカミラのベッドに居たそうだ。
当然婚約は戻らず、カミラの元へ戻りたくないと休職中である。
長年王宮で働いていたメイドは、誰に対しても丁寧に接し、とても評判の良い女性だった。誰にも媚びたりせず、真摯な仕事も評価されていた。
当然カミラとも、今までに何度も顔を合わせていた。
そのメイドがこの1週間の間に王女達の部屋から宝飾品を盗み、つい先日捕まったのだ。
「カミラ妃の方が似合うので、当然の事をしたまでです」
悪びれもせず、尋問された時に胸を張って答えたらしい。
まだ魅了は解けていない。
検証出来るほど、王宮内ではカミラの被害が出ているようだ。
その被害者の中に、モンス第一王子の名前が無い事をクラウディアが指摘すると、バリエリーン侯爵は苦笑いをする。
「正式な妻を溺愛しても、それはおかしいぞ! とは言えないですからね」
例え今までと態度が180度変わったとしても、心境の変化を否定する事は誰にもできない。その為、調査が出来なかったのだろう。
ヨエル第二王子が入っているのは……まぁ、当然だと敢えて誰も触れない。
「国王陛下や王妃陛下、第二・第三王妃殿下には影響ありませんでしたの?」
書類全てに目を通し終わったクラウディアが質問をする。
「前よりも少し好感度が上がった程度なので、放置されてますね」
バリエリーン侯爵が間髪入れずに答える。
質問される事を予想していたのかもしれない。
魅了が解けた者は大抵が「思考力の低下」を意識の外で自覚していたようだ。
惚れるというよりも、カミラからの好感度を上げたいが為に、彼女の意に沿う行動を起こす、という方が正しいのかもしれない。
だから第一王子はカミラに惚れ直して溺愛するし、第二王子はカミラの為に自分に不利益になる行動を起こした。
例の伯爵令嬢は、クラウディアから奪う為にニコラウスを誘惑したのだろう。
それがどうカミラの意に沿うのかは謎だ。元々侯爵夫人の地位を狙っていたので術に掛かりやすかったのかもしれないが、もう調べようも無い。
カミラの残虐さがとてもよく表れている事件もあった。
例の元メイド長の閨教育係が、監禁されていた部屋で餓死していたのである。
カミラと寄りを戻すまでは、第一王子はこの部屋を訪れていた。
目当ては当然元メイド長ではなく、18才のメイドだった。
閨教育用の部屋なので、当然ベッドは広く、浴室もある。
そういう部屋なので、そういう声が聞こえても誰も気にしない。
若い愛人を連れ込むのに、とても都合が良かったのだ。
第一王子と愛人が部屋を使う時には、元メイド長は監視付きだが王宮の外へと出掛けていた。要は不貞の協力者だったのだ。
それが第一王子が来なくなり、それと同時に皆が元メイド長の存在を忘れた。
いや、居る事は解っていたのに、食事を運ぶ、飲み水を取り替える、などの当たり前の事を忘れていたのだ。
その頃には、18才の愛人は姦通事件を起こし、王宮に居なかった。
カミラは自分の幸せを壊す二人を、自分の手を汚さずに排除した。
丁度元メイド長が発見された日に王宮へ行っていたニコラウスは、無表情でそれを見つめていた。
「予定では、10年は監禁されて苦しむはずだったのだがな」
何も感情のこもらない声でニコラウスが呟く。
「いや、でも最近は外にも出掛けてたし……。短期間でも死ぬほど苦しんだのなら、これで良かったのかな」
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