第46話:※胸クソ……というか、気持ち悪い男注意
珍しくクラウディアとニコラウスが学園内の食堂に行く事に決めた日。
中庭はイサベレがヨエル王太子と使いたいと、前日にお願いされていたのである。
席に着き、給仕が来るのを待っていると、突然、空いている席に勝手に座る者がいた。
「なぜ、なぜ俺と婚約……いや、結婚しないんだ」
隣り合わせで座ったクラウディアとニコラウスの前に座ったのは、痩せてやつれた元王太子、モンス第一王子だった。
モンスは俯いていた顔を上げ、クラウディアを見つめる。
「お前は俺を愛していた。だから、何をされても俺から離れなかった」
目には狂気を
「俺から離されるのが嫌で、飛び降りたんだろう?」
ニヤニヤと笑うモンスは、本気でクラウディアが自分を愛していると思っているようだ。
「俺は、モニカと出会った時に前回の事を思い出した。これは、神に試されているのだと、今度こそお前を選べと言われているのだと……」
モンスの顔が上を向き、両手を胸の前で組み合わせる。
まるで天の神に祈っているようだった。
気持ちの悪い第一王子の奇行を見て、クラウディアとニコラウスは顔を見合わせる。
気持ち悪い、とクラウディアが口の動きだけで訴える。それにニコラウスも無言で頷いた。
そのような二人には気付かず、第一王子劇場はまだ続く。
「俺がモニカと仲良くしたのは、お前に嫉妬させる為だったが、効きすぎたのか、お前まで変な男を傍に置くようになった」
変な男、と言うところで第一王子がニコラウスを睨む。
そして視線をクラウディアへと向け、本人の中では優しく、傍から見たら気持ち悪い笑顔を浮かべた。
「もう我慢しなくて良いんだよ、クラウディア。俺は充分嫉妬した。だから戻っておいで」
劇中のヒーローのように、右手をクラウディアへ差し出す第一王子。
「お前も記憶が有るのだろう? 神に選ばれた特別な者同士、結婚するべきなんだ」
自分で自分の台詞に陶酔した第一王子は、断られるなどと微塵も思っていないようだった。
「第一王子殿下、貴方の言いたい事は解りました」
クラウディアが微笑む。
「やっと解ってくれたか! それでは俺と婚約して、王太子妃に……」
喜色満面で言う第一王子の差し出した手を、クラウディアはパンッと音がする程の勢いで払い除けた。
「私に記憶が有るとして、なぜ貴方なんかと再び婚姻しなければいけないのでしょう?」
クラウディアの容赦の無い言葉と態度に、第一王子は傷付いた顔をする。
「何を言っている? 俺達は選ばれ……」
「ネロも記憶がありますのよ。それに私達は、ほぼ同時に記憶を思い出しましたの。6才の時でしたわ」
ね? と隣のニコラウスに同意を求める為に見上げるクラウディアの表情は、愛しい者を見るそれだ。
「それこそ、運命ですわね」
第一王子の方へと顔を向けたクラウディアは、もうあの熱のこもった視線では無かった。
どこまでも冷たく、どこまでも静かな、モンスが王太子だった前回からいつも見ていた、見慣れた婚約者としての表情。
「お前は……俺を愛していないのか?」
呆然と呟く第一王子は、まだ現実を受け入れていない。
クラウディアは口角を上げて、王太子妃の微笑みを浮かべるだけで何も答えない。
「いつも閨へ誘って来ただろう?」
ハハッと笑って言う第一王子へ、クラウディアは笑みを崩さず首を横に振る。
「いいえ、1度も」
前回、毎晩のようにクラウディアの侍女が「王太子妃の準備が整いました」と夜にモンスを呼びに来ていたのは、本人の意思とは関係無かったようだ。
ただ単に侍女は事実を伝えていただけで、仕事に忙殺されていたクラウディアは、モンスを待つ事無く気絶するように眠っていた。
もし1度でもモンスがクラウディアの寝室を訪ねていたら、その事実に怒り狂った事だろう。
ある意味、クラウディアにとってモンスとの夜が無いのは、不幸中の幸いだった。
「そろそろよろしいですか? お昼を食べる時間が無くなってしまうので」
クラウディアがテーブルの上に置かれた、小さな箱を手に取った。
その瞬間、第一王子の耳に、食堂内の喧騒が飛び込んでくる。
いや、貴族の子女が通う学園の食堂である。
今までが静か過ぎたのだ。
第一、前回の記憶だ、王太子妃だ、と普通なら頭の中身を疑われそうな話をしていたのに、誰もこのテーブルに興味を示さなかった。
「便利ですよね、魔導具って」
クラウディアが小箱を親指と人差し指で摘み、目線の高さに持ち上げる。
殆ど使える者がいないが、確かに魔法という物は存在していた。その極僅かな使える者の中に、暗殺者ルキフェルが居た。
強い思いや、重い覚悟により、魔法は使えるようになる事が多いらしい。
1度使えるようになると、消える事は無いらしい。
らしい、らしい、と仮説ばかりなのは、比較検討出来るほど魔法使いが居ないからである。
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