第45話




 第二王子は、王太子になる為の条件がイサベレ・バリエリーン侯爵令嬢との婚約だと議会に言われ、渋々それを了承した。

 王太子になり実績を積めば、婚約者の後ろ盾など無くても大丈夫だと高を括っていたのだ。


 しかし王家で過干渉で過保護に育てられた第二王子と、幼い頃から王太子妃になるべく厳しく育てられたバリエリーン侯爵令嬢では、当然軍配は後者である。

 まるで前回のモンス第一王子とクラウディアのような関係だった。



「おい! 俺様の婚約者になったのなら、そんな阿婆擦れアバズレと仲良くするな!」

 クラウディアとニコラウス、そしてイサベレの三人で昼食をとっていると、突然ヨエル第二王子ーー現王太子――が声を掛けてきた。

 婚約当初には良い関係を築こうとしていたイサベレも、度重なるヨエル王太子の愚行に努力する事を止めてしまっていた。


「阿婆擦れとは、街中のカフェで閨自慢をした未婚の貴族令嬢の事ですか? 確か今度、王族籍に入られるとか」

 中庭の四阿あずまやには、この四人しか居ない。だからこそ、イサベレも話題に出したのだろう。

「な! 誰に聞いた!?」

 箝口令が敷かれているはずの話である。

 ヨエル王太子が焦るのも当然だろう。


「誰から聞いたも何も、その日は私も父と一緒にそのカフェにおりましたもの」

 宰相補佐の彼は、娘との交流の為にカフェに居たようである。

「私達も居りましたので、お気になさらず」

 ニコラウスがとても良い笑顔で告げる。


「さ、さすが阿婆擦れは、人目のある所に愛人を連れて行くのだな」

 ヨエル王太子の視線がクラウディアへと向く。

「それは、貴方のお兄様の事をおっしゃってるの?」

 頬に手を当てながら首を傾げ、上目遣いのクラウディアがヨエル王太子を見つめる。

 目が合ったヨエル王太子は、瞬時に顔を赤くした。



「阿婆擦れがリンデル伯爵令嬢を指すのでしたら、愛人とは第一王子殿下の事ですよね」

 頬を染めるヨエル王太子を冷めた目で見ながら、イサベレがオホホホホと高笑いを披露する。

 ちまたで流行りの恋愛小説に出て来る、意地の悪い恋敵役の令嬢のようである。

 この場合、誰の恋敵になるのか謎であるが。


「何を言っている! お前は馬鹿なのか? その女は侯爵家当主と婚約をしておいて、その息子と乳繰りあっているのだぞ!」

 ヨエル王太子がクラウディアを指差し、罵倒する。

「乳繰りあうって……いつの言葉?」

 こっそりと指摘したニコラウスの言葉に、顔をそむけたクラウディアがプフッと吹き出す。


 二人の声が聞こえていないヨエル王太子は、クラウディアが自分を恥じて顔を背けたように見えて勝ち誇る。

「お前、本当は、公妾になりたいから既婚者の婚約者になったのだろう? はははっ、素直に俺様の婚約者になれば良いものを」

 ヨエル王太子の台詞に、ニコラウスの表情が消え、クラウディアは嫌そうに眉間に皺を寄せ、イサベレは怪訝な顔へと変わった。



「何ですか、その馬鹿な妄想は」

 嫌悪感を隠しもせずにイサベレが言うと、今度はヨエル王太子が怒りを露わにする。

「馬鹿とはなんだ! イーリスが言う事は全て正しいのだ! だから、イーリスがクラウディアは俺と結婚すると言っていたから、結婚するんだ!」

 今までも、言っていた通りになっている! と、ヨエル王太子が叫ぶ。


「誰ですか、イーリスって」

 当然の質問を、イサベレが口にする。

「母上の妹で、私の乳母に決まっているだろう」

 おそらくヨエル王太子以外の三人は、同じ考えだっただろう。

 知らんがな、と。




 その後、イサベレが大きな声で呼ぶと、ヨエル王太子の側近兼護衛が現れた。婚約者に会うからと、遠慮していたようである。

「この馬鹿連れてって」

 とても王太子に対する言葉と態度では無いが、側近は深々と頭を下げてから、ヨエル王太子を無理矢理連れて去って行った。

 おそらく彼は、宰相補佐の息の掛かった者なのだろう。


「アレと結婚……大変だな」

 ニコラウスが本気で同情した声を出す。

第一王子に輪を掛けた愚か者ですわね。でも、愛人が居ないだけマシなのかしら?」

 クラウディアが悩む。



 前回の王太子は、クラウディアと一緒の1年間、学園内で人目のある所では婚約者らしく振舞っていた。

 しかし、街中では既に3年間もリンデル伯爵令嬢と恋人として仲睦まじくしていたので、クラウディアがないがしろにされているのでは? と皆薄々気が付いていた。

 それでも、公には婚約者を大切にしているので、誰も何も言えない。


 そして学園を卒業してからは、婚約者一筋に見えた。

 ただ単に愛人と会う場所が街中から王宮内に変わっただけだったのだが、それは身内しか知らない。その王宮内に婚約者が王太子妃教育の為に来ていても、全然会おうとしなかった事も。


 婚姻3年後に、後継者を産ませる為にと側妃を召し上げ、それがリンデル伯爵令嬢だとしても、その頃には王太子の学園時代の恋人の存在は忘れられていた。



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