第43話



 人気のカフェで婚約者に甘えたり甘えられたり、色々と恋愛小説のような事をしようと気合いを入れて来たら、1番会いたくない人物と遭遇してしまった。

 せっかくの楽しい気分が台無しである。

 それでも席に着き、オススメのケーキを2つ選んで珈琲と紅茶をそれぞれ選ぶ。


「ネロってば、大人ぶって珈琲?」

 ウフフ、とクラウディアが揶揄からかうと、大人だからね、とニコラウスも笑う。

 珈琲は最近輸入が始まった物だが、前回はもっと遅かった記憶が有る。

「確かマティアス卿の部屋も、良い珈琲の香りがしていたな」

 ふと思い出して口にした後、ニコラウスはばつが悪い顔をする。


 ニコラウスがマティアスの部屋に足を踏み入れたのは、クラウディアの遺書を届けた時くらいだろう。

 それに気付かないクラウディアでは無い。しかし、明るくではお土産に珈琲豆を買って帰りましょう、と笑った。



「はい、あーん」

 お互い最初の一口は自分の注文したケーキを食べた。

 そして念願のあーんである。

 クラウディアの注文したケーキはチーズケーキで、しっかりしっとりしているケーキは、食べさせるのに向いている。

 ニコラウスは問題無く食べ、美味しいと笑う。


 次に、ニコラウスが注文したのは、生クリームがたっぷり載ったショートケーキである。

 もう何を狙っているのか、すぐに判る。

 どれだけ大口を開けても、絶対にどこかにクリームが付くだろうな、という一口を差し出してくるニコラウス。


わざとでしょう?」

 クラウディアが睨みつけるが、ニコラウスは笑みを深めるだけだ。

 諦めたクラウディアが口を開けると、ニコラウスはその口へケーキを入れる。

 予想通り、上唇の右側にクリームが付いた。


 向かい合わせではなく、横並びに座ったのも、これを狙ったからだろう。

 ニコラウスの顔がクラウディアへと近付く。

 店内の誤解も有り、若干自棄ヤケ気味のクラウディアも、抵抗せずに瞳を閉じた。



他人ひとの婚約者に何をしている!」

 あと少しで舌が触れる……というところで、王太子の激昂した声が店内に響いた。

 クラウディアが目を開けると、当然だが目の前にはニコラウスの顔がある。

 ニヤリと笑ったニコラウスは、この前クラウディアがやったように唇のクリームを親指で掬い取り、それをペロリと舐めた。


 植木越しに二人を覗き込んでいた王太子は、横に居るリンデル伯爵令嬢の存在を忘れ、今度はクラウディアを怒鳴りつける。

「そういう行為は、婚約者とやるべき事であり」

「まぁ! それでは王太子殿下はそちらの女性と婚約されたのですね! おめでとうございます」

 王太子の言葉を遮り、クラウディアは祝いの言葉を口にした。



「は?」

 王太子が間抜けな声を上げるのに、クラウディアは畳み掛けるように話を進める。

「お互いに食べさせあう行為は、婚約者とするべきものなのですよね? 私は先日婚約したヘルストランド侯爵閣下と今日初めて「あ~ん」をしました」

 頬に手を当て、照れた顔をする。

 当然演技である。


「王太子殿下は、私達が席に案内されていた時、そちらの女性から同じ事をされてましたよね?」

 それは他の席にも聞こえる程の大きな声だったので、一瞬王太子は言葉に詰まる。

 そこでクラウディアを援護射撃、と言うか自爆したのはリンデル伯爵令嬢だった。


「そうよ。だって私達、もう閨を済ませているもの!」

 自慢気に言うリンデル伯爵令嬢は、言った事の重大さに気付いていない。

 聞いていた周りの客達の方が顔面蒼白になった。




 その日、逃げるように帰って行った王太子とリンデル伯爵令嬢は、翌日、婚約が発表された。

 その日からリンデル伯爵令嬢は王宮にされ、王妃教育を受けているらしい。

 しかもどれ程の年配者であっても男性は一切近付けず、現在は妊娠していないと証明されているので、托卵の噂が流れる事は無いだろう。


 当然、あの日の出来事は箝口令かんこうれいが敷かれている。


「学園にも通えないわね」

 リンデル伯爵令嬢は3年後には入学するはずだったが、他の男性と接する機会がある場には通えないだろう。

「王太子が学園を卒業したら即婚姻して、男児を産んだ後なら通えるかもな」

 王太子は来年卒業である。

 卒業後すぐに婚姻し妊娠、出産をこなせば、カミラは16才で学園に入学出来る計算だ。


「確かに未婚でなければ通えない、という規則はありませんわね」

 クラウディアが笑う。

 閨の話を持ち出された時は、逆に秘密裏に処理される心配をしたが、さすがに王家もそこまでは腐っていなかったようである。


「それにしても、妾ではなく正妃にするとは思わなかったな」

 ニコラウスが馬鹿にしたように吐き捨てると、傍の植木が揺れた。

 本日のお茶会の場は、ヘルストランド侯爵家の庭である。


「それについては、私から説明しましょう」

 見た事の無い男性が、二人の居るテーブルの横に立っていた。



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