第42話
「アッペルマン公爵家、二名様ですね。いらっしゃいませ」
外のテラス席にも人が座っている上に、店の外には空き待ちの列が出来ていた。外のテラス席に居る者や、並んでいるのは平民だろう。
貴族は基本的に予約をするし、予約しなくても先触を出す。
そして、並んでいる列からは見えない配慮がされている席が貴族席になる。
どの席もある程度離れており、植物により程良い壁が出来ている。
予約時に「奥まった席」や「眺めの良い席」など条件を言うと、なるべく考慮された席になる。
そして、高位の者よりも下位の者が良い席になる事は、絶対に無い。
席に案内されながら周りをコッソリと見渡し、クラウディアはニコラウスの腕を引いた。
「嫌な予感がするわ」
周りの客の視線がどこか面白がっているのだ。しかも、その視線の持ち主は、同じ制服を着ている者が多い。
「ご案内いたします」
店長に案内されたのは、眺めの良い席ではあるが、店内で1番良い席では無かった。
特等席に居るのは、公爵家よりも上で、学園の生徒が興味津々で見守る相手。
第二王子がクラウディア達よりも先に来たとは思えない。
「はい、あーーーーん」
鼻にかかる間の抜けた声が、植木の影から聞こえてきた。
今回は初めて聞いたが、とても聞き慣れた声。
「あれ、領地に軟禁されると思ったのに」
声の主が誰だか判ったのだろう。ニコラウスも驚いている。
「正妃にも側妃にもなれないって事なのに……知らないわけないよね?」
「王太子が気を使って、純潔を失った事を皆に気付かれないようにこっそり送ってくれた……と解釈したとか」
クラウディアの仮説が、1番今の状況にしっくりとくる。
ニコラウスは王家の馭者の振りはしたが、王族の馬車ではなく紋章も無い質素な馬車で、王宮内であられも無い姿で寝ていた……と屋敷に届けたのに、カミラの実家リンデル伯爵家は、自分達に都合が良いように理解したようである。
通り過ぎただけなのに、自意識過剰なリンデル伯爵令嬢がこちらの気配に気付く。
「えぇ~ヤダぁ。羨ましいのか、誰かこっち見てるぅ」
そこで気にせす通り過ぎてしまえば良いものを、店の店長は王太子の連れだからと気を使ったのか、それとも濡れ衣を着せられたこちら側を気遣ったのか、その台詞に反応してしまった。
「特に見ていた訳ではなく、ワタクシがお客様であるアッペルマン公爵令嬢とご友人を案内しておりました」
クラウディアは心の中で盛大に舌打ちをする。
店内の客達は明らかに面白そうにこちらの様子を窺っているし、植木の向こう側では椅子から立ち上がる音が聞こえたからだ。
「何? クラウディアが来ているのか!」
立ち上がった王太子の視界に先に入るのは、当然背の高いニコラウスである。
店の植木の高さは、大体女性の顔が隠れる高さである。
アッペルマン公爵令嬢と聞いて喜色を浮かべた王太子は、すぐに顔色を変えた。
「誰だ、お前は」
敵意むき出しの王太子に対して、ニコラウスは余裕の態度を返す。
「初めまして、王太子殿下。クラウディア・アッペルマン公爵令嬢の婚約者である……」
「はぁ!? クラウディアの婚約者は俺になるはずだ!」
ニコラウスの自己紹介を遮り、王太子が叫んだ。
意味が解らない。
それがクラウディアの正直な感想だった。
さすがのニコラウスも困惑顔だ。
「アッペルマン公爵令嬢って、王太子の婚約者に内定してるんでしょ?」
「え? 互いに不貞相手連れてるわけ? 修羅場じゃない」
1番近くの席の女生徒達の噂話が聞こえてきた。
いつの間にか自分達の学年以外では、クラウディアが婚約者に内定していたらしい。なぜ自分達の学年以外なのかと言うと、その変な噂を二人は知らなかったからだ。
一度でも交流している場面を見てから噂して欲しいものだと、クラウディアは息を吐き出す。
「王太子殿下は挨拶を望んでいないようです。ネロ、席へ向かいましょう」
クラウディアは視線で店長を促し、自分達の席へと向かった。
クラウディアの選択は正しい。
自分よりも高位の者から挨拶を拒否された場合、黙ってその場を辞するのが礼儀だ。
しかし今のは、王太子が「誰だ」と問うたので、ニコラウスが自己紹介をしようとしたのだが、王太子はそれを拒否した。
普通に
「申し訳ございません」
平身低頭な店長に、クラウディアは笑顔で首を振る。
「王太子殿下は何か思い違いをしていらっしゃるのでしょう」
そう言うクラウディアに、店長は当惑した表情を向ける。
「何か? 不敬罪には問わないから、どうぞ」
更に笑みを深め、店長を見つめる。
「……実は王太子殿下とあの女性はよくいらっしゃるのですが、毎回「クラウディアが正妃なるから」と殿下が声高に話されておりまして」
そこで店長は物凄く恐縮し、「クラウディアとは、アッペルマン公爵令嬢の事ですよね」と確認を取ってくる。
噂の出処は、王太子本人だった。
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