第39話
「さて、どこから話そうか」
クラウディアの前のソファに座ったニコラウスは、ゆったりと座って、組んだ足の上で指を組む。
しかしその態度が虚勢である事は、微かに震える指が証明していた。
「無理しなくて良いわよ。最初から全て話しなさい」
対してクラウディアは背筋を伸ばして座り、凛としたその姿は間違い無く王太子妃時代に培ったものである。
クラウディアの言葉を受けて、ニコラウスは体から力を抜いた。
背もたれに寄り掛かっていた体を起こし、体を少し丸めて自分の膝辺りに肘を突く。
「僕が生まれた16年前から話すね」
どうやらクラウディアの予想よりも、大分前から話が始まるらしい。
しかし「全て」と言ったのは自分なので、何も言わずに頷いた。
16年前。ヘルストランド侯爵家に次男が生まれた。
それはそれは可愛い男の子で、家族の誰もが喜んだ。
両親としては予定外の妊娠だったが、それこそ「神からの授かりものだから」とかなりの高齢出産になるのに、堕ろすという選択は無かったらしい。
妊娠当時両親は39才。しかも後継者である長男も既に19才。
長男の結婚式が3ヶ月後に控えていた。
隣国の貴族だった長男の嫁は、驚きながらも自分の国での結婚式は延期しようと提案する傑物だった。
ニコラウスが生まれて半年。
長男の隣国での結婚式に両親と長男が向かう。長男の妻は式の準備の為、先に隣国入りしていた。
ここでニコラウスは、あまりにも幼いという理由で弟夫婦へと預けられた。
当時弟夫婦は22才。妻の体が弱く、出産には耐えられないかもと医師から忠告を受けていた。
ニコラウスに拒否反応が無ければ、帰って来た時に話し合いましょう。両家でそのような話になっていたらしい。
養子縁組の話である。
ここで出てくるのが、例の第二王女である。
当時12才。
臣下へ嫁ぐにしても、高位貴族の嫡男でなければ無理だと、それくらいは理解していた。
しかし一目惚れした相手は、ヘルストランド侯爵家次男。ヴィークマン伯爵は継いでいるが、伯爵家では通常王女は嫁げない。
ならば邪魔な当主と、その息子である後継者を消してしまえば良い……そう思ったのである。
別にヴィークマン伯爵と何か約束した訳でも、それどころか恋仲でも無い、単なる独りよがりである。
「え? ちょっと待って。その頃には、ヴィークマン伯爵は結婚してらしたのよね?」
さすがにクラウディアが口を挟んだ。
「結婚3年だか4年だか経ってたらしいけど、とても仲の良い夫婦だったらしい。まぁ、今でも目を背けたくなるほどには仲が良いけどね」
それはそうとう仲が良いのでは? とは思ったが、話の腰をこれ以上折れないので、大人しく口を
そして隣国へ向かう途中、三人を乗せた馬車が事故に遭い、帰らぬ人ととなった。
実行犯は未だに不明。
これは、前回も見付けられなかったので、事故後すぐに処理されたのだろう、との事だった。
「前アッペルマン公爵夫妻と前エルランデル侯爵夫妻も、その事故に巻き込まれて亡くなっている」
どちらもクラウディアの祖父母にあたる。
他の公爵家に比べて年齢が若いのは、祖父母が事故で亡くなったからだ、とは聞いていた。しかしそれがまさかニコラウスの両親と兄に関わる事故だったとは。
「もしかして、私の祖父母も巻き込まれていたから、まずは同情を買おうとしたの?」
クラウディアの問いに、ニコラウスはばつが悪そうにしながらも頷いた。
その様子を見て、クラウディアは呆れたように溜め息を吐き出す。
クラウディアにしてみれば、確かに祖父母が巻き込まれていたのは悲しい。
しかし、会った事も無い祖父母より、ニコラウスの方が断然大切だし、それが原因で嫌いになるなど有り得ない。
「ネロの事を嫌いになる事は無いわ」
例え何があっても、と微笑む。
ニコラウスの顔がぱあぁと音が聞こえそうな程に明るくなった。
「そうよ、私達は運命共同体なのよ。同じ『地獄から蘇った』者じゃない」
ニコラウスとの初対面の時の挨拶に
鬼気迫る、と例えても良いほど壮絶な笑顔。
それでもニコラウスには、とても美しく見えた。
諦めて、儚く笑うよりも、ずっと良い。
「他にその事を知っているのは?」
クラウディアの両親も、ニコラウスの叔父夫妻も、その事実を知っているようには見えない。
「前回、
自分の結婚式の為に、隣国の高位貴族が事故に遭い亡くなっていたら、普通の神経をしていれば責任を感じて当然だった。
今回は記憶が戻った時に、匿名で手紙を送ったので、きちんと本人に伝わっているのかは不明だそうだ。
前回知った時、ディディは既に亡くなっていたし、とニコラウスは呟く。
どうやら前回ニコラウスが真相を知ったのも、晩年だったようである。
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