第38話




「辛い過去を自分の口から言うのが……」

「嘘おっしゃい」

 当初考えていた言い訳を、クラウディアにピシャリと切り捨てられたニコラウスは、瞳に涙を浮かべながらクラウディアの手を両手で包み込む。


「嘘です。ごめんなさい。ディディに同情してもらって、慰めて貰いたかったのです」

 今度は本心であり、涙も嘘では無い。

「ディディに嫌われたら生きていけない」

 両手で包んだクラウディアの手を俯いた自分の額に当てたニコラウスは、小さくとても小さく呟く。


 誰かに聞かせる為ではなく紡がれた言葉は、やはり嘘偽りの無い本心であり、困った事に本人は生に執着が無い。

 クラウディアは溜め息をゆっくりと吐き出すと、ニコラウスの手の中から自分の手を引き抜いた。



 絶望と言っても遜色無い表情のニコラウスが顔を上げると、クラウディアはその顔の前に手を差し出した。

「開会の挨拶と、婚約者の紹介をしなくてはでしょう?」

 微笑んだクラウディアは、エスコートをしろ、と暗に言っていた。


「はい!」

 もしもニコラウスが犬だったら、はち切れんばかりの勢いで尻尾を振っている事だろう。

「威厳!」

 喜色満面のニコラウスへ、クラウディアが苦言を呈する。


 皆の前へ。16才とは思えぬ程に堂々とした態度のニコラウスは、淑女の鑑と呼ばれるクラウディアを伴い会場内の舞台へ到着する。その頃には、侯爵家当主として充分な威厳も纏っていた。

 先程、クラウディアの前で見せた情けない姿など微塵も感じさせない、完璧な侯爵家当主然としている。


 これ程までにクラウディアの影響が強い事は、マティアスしか気付いていない。

 いや、ルードルフも本能で気付いているかもしれないが……。



 襲爵の挨拶は、クラウディアと並んで行われた。

 本来ならば同じ壇上に両親が並ぶのだが、皆がヘルストランド侯爵だと思っていた人物は、一段下で控えていた。

 ニコラウスが侯爵家当主となり、叔父は侯爵代理から本来のヴィークマン伯爵へと戻ったので、同じ舞台に上がる事は出来ない。


 真相を知らない貴族達は、ザワザワと落ち着かない。しかし来客の中にも数家、どっしりと構えている家もある。

 既に情報を入手していたか、未だに何が起こっているのか理解していないか、だろう。

 その様子を、ニコラウスは静かな笑顔で眺めていた。

「地力の違いがよく判るね」

 口を動かさずに、ニコラウスが話す。

「ええ、本当に。王家に近しい者ほど無能のようですわ」

 同じように口角を上げ、唇は動かさずにクラウディアが返事をする。


「その王家は、誰も来てませんね」

 ゆっくりと会場内を見回してから、クラウディアは首を傾げる。

 お忍びで来る必要も無いので、まるで自分達が主役かのように派手な服装で来ると思っていたのに。



「返事が来ていないからね」

 あっけらかんと話すニコラウスの様子に、あぁわざとなのだな、とクラウディアは苦笑する。

 王宮の議会を通して招待状を送れば、間違い無く返事が来る。

 通常、襲爵に当主の誕生日に婚約者披露となれば、どれがひとつであっても議会を通す。


 その他の茶会や慈善活動の誘いなど、返事が来ないなら不参加、と判断される物は直接王族へ送られる。

 今回は王太子妃教育の名目で仕事を押し付けられていたクラウディアもいない。

 王族宛の招待状など、埃の被った机の上に放置されている事だろう。


「一応ね、国王と正妃と王太子に送った。1通だけでは後々文句を言われそうだったからね」

 確信犯である。

 1番まともに手紙を確認しそうな第二王子を省いている事が、それを証明している。


「それにね。亡き両親も王族には祝われたくないと思うよ」

 とても平坦な声音なのに、背中に冷水を浴びせられたように感じる。

 高くも低くもない、高くも低くもある、耳に心地よく、耳障りな声。

 あぁ、暗殺者ルキフェルの声だ、とクラウディアは納得した。




 恙無く披露パーティーは終わり、来客は帰路に着いている。

 本来は同年代を集めて行う誕生日パーティーだが、今回は侯爵襲爵が主だったので、各家の当主やそれに準ずる者だけを招待していた。

 第二王子を呼ばない理由付けもあったのだろう。


 それにしても、とクラウディアは通された応接室でお茶を口に運ぶ。

 両親も兄二人も先に屋敷へと戻っている。

 残った理由は、ニコラウスに話を聞く為だった。

 驚いた事に、叔父であるヴィークマン伯爵とその妻は、今日から伯爵家のタウンハウスへ移り住むという。


 領地管理等の仕事は、領地管理の家令ランド・スチュワードが行うし、屋敷管理の家令ハウス・スチュワードが使用人を取り仕切ってくれるので、ニコラウスだけでも問題無いとは言える。

 しかし家族の情とか、そういうものは無いのだろうか? と考え、それも含めて聞きに残ったのだった、とクラウディアは紅茶を飲み干した。



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