第37話




 学園に入学して3ヶ月。

 ニコラウスが16才の誕生日を迎えた。

 そしてこの日、ニコラウスとクラウディアの婚約が正式に結ばれた。

「おめでとうございます。ヘルストランド侯爵閣下」

 イェスタフがニコラウスへと挨拶をする。

 ニコラウスの後ろには、例の美麗な両親が並んでいた。


「ヴィークマン伯爵も、これで肩の荷が降りましたか?」

 声を掛けられた、ニコラウスの後ろに立つが頷く。

「はい。兄に代わり、ニコラウスを立派な侯爵家当主に育てられたと自負しております」

 笑顔で会話をする二人を、アッペルマン公爵家の子供達は無言で見つめていた。



 入口付近で来客を迎えるヘルストランド侯爵家、いやヘルストランド侯爵ニコラウスとヴィークマン伯爵夫妻から離れたアッペルマン公爵家の面々。イェスタフとヒルデガルドは他家へ挨拶へ向かい、子供達は部屋の隅へと移動した。

 因みにマティアスの妻であるカルロッタは、念の為に屋敷で留守番である。


「ディアは知っていた?」

 クラウディアの耳元で、マティアスがこそりと囁く。主語が無いが、当然ニコラウスの両親が叔父夫婦だった件の事である。

「いえ。初めて知りました」

 前回も、今回も、聞いていないと首を振る。


「ニコラウス卿も大変だったよね。叔父さん夫婦のところに引き取られたけど、養子手続きの前にご両親とお兄さんが事故で亡くなっちゃったんでしょ?」

 意外なところから説明が出てきた。

 ルードルフである。


「なんて、パウリーナの受け売りだけどね」

 エヘヘといつも通り笑うルードルフの横には、もうすぐ結婚予定の婚約者が居る。



 ニコラウスが既に侯爵家当主である事は、クラウディアへの婚約予約の時点で公爵夫妻と家令には知らされていた。

 ただし、まだ後見人が必要な年齢だった為に、婚約の手続きが王宮を通さなくてはならなかったので、今日まで正式な契約が結ばれなかったのだ。


「情報開示の許可が本日下りましたので」

 パウリーナが家令の顔で告げる。

「では、まずディアに話すべきでは?」

 マティアスが真面目な顔で咎めると、パウリーナは静かに頭を下げる。

「ヘルストランド侯爵ご本人からお聞きになりたいと思いまして、敢えて黙っておりました」


 それに、とパウリーナは言葉を続ける。

「職務上仕方が無いとはいえ、ルードルフ様に隠し事をしているのが心苦しくて」

 言葉を選んではいるが、ようはルードルフ大好きと言う事だろう。

 弟と婚約者の仲が予想以上に良いようで、マティアスは毒気を抜かれてしまう。



「あぁ、そういう……大丈夫だ。多分、ここまで計算しているだろう、あの男は。本当に隠しておきたいのなら、厳重な口止めがされているはずだ」

 それこそ、ルードルフの命を取引の条件にする事も、彼は躊躇しないだろう。

 自分の口から言う前に他の者に説明をさせ、クラウディアの同情を引きたかったのかもしれない。


 だからマティアスではなく、パウリーナとルードルフが選ばれたのだろう。

 マティアスならば、情報開示の許可が下りたとしても、情報共有の必要を感じなければ、誰にも話さなかっただろうから。

 次期公爵として、つい家令に注意をしまったが、それまでも奴の計算の内だったら悔しい、とマティアスは密かに口を引き結んだ。




「ディディ!」

 来客が揃ったのか、ニコラウスがヴィークマン伯爵夫妻から離れてやって来る。

「ヘルストランド侯爵、正式なしゅうしゃくおめでとうございます」

 にこやかに寄って来たニコラウスに向かって、クラウディアは完璧な淑女の礼をして迎える。

 可愛く「おめでとう!」と笑顔で迎えられると、ともすれば抱きついてくるかも……などと思っていたニコラウスは、肩透かしを喰らって立ち尽くす。


「え? もしかして怒ってる?」

「怒ってなどおりません。それとも、怒られるような覚えが?」

 あくまでも淑女の笑顔を崩さないクラウディア。身内から見れば、完全に怒っていた。

 祝いの席なので我慢している、もしくは表面上は取り繕っている、といった感じである。


 傍から見ると完璧な淑女で、しかもきちんと祝っているので、ニコラウスも何も言えないのだろう。


「ディディ?」

 ニコラウスが情けない声を出す。表情は声以上に情けない。

 先程まで入口で堂々と来客に挨拶していた人物と同じとは思えない。

 そのようなニコラウスの姿を見て、クラウディアは小さく溜め息を吐いた。


「昨日もアッペルマン邸にいらしたのに、なぜご自分で話されなかったのですか?」

 クラウディアは、ニコラウスの重大な話を、他人の口から話された事を怒っていた。しかもこの男の事なので、そうなるように自分で仕掛けたのだろう、と予想も出来た。

 クラウディアも、ニコラウスと同じ結論に至っていたのだ。



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