第33話




 入学式の開始前に一悶着あったせいか、入学式自体は国王の王子語りも無く、王太子の在校生代表挨拶も、雛形をそのまま読んでいるような短く簡素なものだった。

 当然、その後の男子生徒の拘束も無い。


「ディディ、変なのに絡まれる前に帰ろう」

 教室へ移動したクラウディア達の最上位Sクラスは、第二王子への気使いから自己紹介は翌日になり、早々に解散となったのだ。

 その第二王子は、色々と関係を築きたい生徒達に囲まれている。

 今ならば気付かれずに帰れるだろうと、ニコラウスはクラウディアの手を取る。


 周りの生徒には一切声を掛けず、二人はコッソリと教室を出た。

「他の家の方々とは、明日以降交流すれば良いわよね」

 クラウディアが上目遣いでニコラウスを見ると、真剣な表情で見下ろされていた。

「交流しなくて良いよ」

 紡ぎ出された言葉は、とても貴族の嫡男とは思えないものだった。




 自己紹介が省かれた為に他のクラスよりも大分早く終わったらしく、馬車乗り場にはまだ誰も居ない。

 係員に告げると馭者に伝わる仕組みになっており、基本的に高位の家の馬車程出入口付近に停めてある。

 当然だが、王族だけは停める場所が違う。


 係員に声を掛ける迄も無く馭者が二人に気付き、馭者席から手を振って了解の合図をしてくる。

 安心して自分達の馬車を待っていると、係員が傍に寄って来た。

「失礼ですが」

 係員が近寄って来て、声を掛けて来る。

「馭者が気付いたので、必要無い」

 ニコラウスが係員に素気無すげなく応えると、係員はそうじゃないと首を振る。


「まさか王族が帰ってないのに帰る気ですか?」

 呆れたように言う係員を、ニコラウスとクラウディアの二人は静かに見つめる。

「王太子殿下も、第二王子殿下も、まだいらっしゃいます。ほら、まだ2台とも馬車があるでしょう?」

 係員は、豪奢な王族の馬車を指し示した。



「それは、学園としての総意で間違い無いね?」

 ニコラウスは無表情で係員に問う。

「当然だ! 臣下が主より先に帰るなど有り得ない!」

 馬車の方も、駐馬車場の出入口で別の係員に止められ揉めている。

 駐馬車関係の係員は全員、同じ考えのようだ。


「ヘルストランド侯爵家として、正式に議会へ抗議をしよう」

 学園へ、ではなく、更に上の議会へ訴えるつもりらしい。学園の運営は国が行っているので、正しい選択とも言える。

「アッペルマン公爵家も同じく、抗議しますわ」

 にこやかに告げる二人を係員は驚いたように見つめ、馬車を振り返る。思ったよりも爵位が高くて驚いたのだろう。

 二人は新入生なので、まだ顔を覚えられていなかった。




「アッペルマン公爵令嬢とは知らず、失礼しました」

 何かのある係員からの謝罪である。

「気にしないで良いわ」

 クラウディアが言うと、係員が表情を明るくする。

「謝罪を受け取る気は無いもの。私達が貴方達の姿を見る事は、一生無いでしょう」

 それは、学園を解雇されるという意味であり、今後、公の場や高位貴族の立ち寄る場での仕事には就けないとも言っていた。


「お、王族に名を連ねる方がそのように狭量きょうりょうでは困ります!」

 係員が訴えると、クラウディアは首を傾げ、ニコラウスは鼻で笑った。

「ヘルストランド侯爵家は、いつから王族になったの?」

 クラウディアが見上げると、ニコラウスが「さぁ?」と笑う。



 係員と二人が揉めている間に、他の生徒達が建物を出て来る。

 慣れている上級生は、家名を名乗って待合室へと向かう。そこで自分の馬車を待つのだ。

 但し、今の係員に家名を覚えている余裕があるかは疑問である。


 こちらでのやり取りを知らない駐馬車場の係員は、未だに馬車を通そうとしない。

 あくまでも王家の馬車が居なくなるまで待つつもりなのだろう。


 止められているヘルストランド侯爵家の馬車へ、アッペルマン公爵家の馭者が近付いて行くのが見えた。

 ほぼ毎日のようにニコラウスはアッペルマン邸を訪れている。当然馭者達は顔見知りである。

 アッペルマン公爵家の馭者は、ルードルフを乗せて1年間学園に通っているので、係員達はどこの者かを理解していた。



 駐馬車場側の係員の一人が慌てて走って来る。

「あの馬車、侯爵家らしい。大丈夫なのか?」

 こちら側の係員へ囁いた……つもりなのだろうが、焦っているのか声が大きく、丸聞こえである。

「知ってるよ! 今、訴えると言われたところだよ!」

 真っ青な顔の係員が吐き捨てるように言うのに、走って来た係員の顔色も変わる。


「安心してください。訴えるのはヘルストランド侯爵家だけではなく、アッペルマン公爵家もですから」

 クラウディアが駐馬車場から来た係員へ、女神のような笑顔を向ける。

 穢れを知らない、慈悲深くさえ見える笑顔。

 しかし告げた内容は、どこも安心できる要素の無いものだった。



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