第34話
いつもは静かに馬車を待つ生徒達が、待合室にも行かずに馬車乗り場へ集まっていた。
一度は待合室へ移動した生徒達も、何事かと戻って来て見学している。
「王家へ嫁ぐのだから、殿下達を優先する我々には感謝すべきだろう!」
駐馬車場から来た男の視線は、完全にクラウディアである。
「先程から何を言っているのかしら。私が王家へ嫁ぐ?」
嫌悪感丸出しで言うクラウディアに、先程の女神の笑みは無い。
「名誉毀損も追加ね」
王子の婚約者扱いを名誉毀損と言うクラウディア。
駐馬車場係員達には、意味が解らなかった。
「何を騒いでいる?!」
人垣が分かれ、一人の生徒が現れた。
ニコラウスの口元から小さな舌打ちが漏れる。
颯爽と登場したのは、したり顔の王太子だ。
味方が、虎が来てくれたと、係員達狐の表情に安堵が見えた。
「王太子殿下。婚約者の方はちゃんと躾ていただきませんと」
「殿下より先に帰ろうとしてましたよ」
係員達は口々に訴える。
周りの生徒達からは、困惑が滲む。
誰がどう見ても、馬車を待つ二人が婚約者同士である。事実、子供の頃からずっとクラウディアとニコラウスは、公の場で一緒に行動していた。
それに王太子に婚約者候補、まして婚約者が出来たのならば正式に発表されるはずだが、王家からそのような事が公示された事実は無い。
王太子がクラウディアを見た。
「クラウディア、何を我儘を言ったんだ? 俺の妻になりたいのなら、それに相応しい行動をしてくれ」
ニコラウスの腕を掴むクラウディアの手に、力が込められた。
「明日の朝食に下剤を仕込んであげるね」
こっそりとクラウディアの耳元で囁くニコラウス。
朝に下剤を飲んだら、学園に来てからさぞかし大変な事になるだろう。
ニコラウスの気遣いで笑顔になったクラウディアは、まずは横へと笑顔を向ける。
愛しい人へ向ける、幸せな笑顔だ。
それから顔を前へ向け、貴族らしい笑顔を王太子へ向けた。
その表情の変化を目の前で見せつけられた王太子は、ギリリと奥歯を噛み締める。
「妻になりたい? 申し訳ございませんが、私には既に心に決めた方がおりますので」
クラウディアが淑女らしく優雅にお辞儀をする。
「だから、それが俺だろうが!」
王太子がイライラした様子で叫ぶのを、周りの殆どの人間が首を傾げた。
なぜそこまで自信を持って言い切るのか、意味が解らないからだ。
「あの、そろそろ帰りたいのですが、よろしいでしょうか」
王太子の台詞には答えず、クラウディアは困ったように笑う。片手を頬に当てながら微かに首を傾げ、まるで駄々を捏ねる子供を相手にしているかのような顔である。
「それにしても、まさか王太子殿下が、その係員達と懇意にしているとは思いませんでした」
はぁ、と溜め息を吐くクラウディアの姿が、益々王太子を煽る。
「あぁ?!」
とても王族とは思えない下品さで、王太子が反応した。
そういえば今の王族は、国王は全てに無関心で、正妃は自分本位で第二王妃は唯我独尊、第三王妃は自由気儘だった。王族らしさなど、そもそも誰も持ってなかったな、とクラウディアは思い出していた。
「学園にいる間は、貴賎問わず。創設者の初代国王陛下の理念です。それを否定するような
言い直しているだけで、先程とぼぼ同意な言葉である。但し、その理由を詳しく言っていた。
「俺は何も知らん! コイツ等が勝手にやっている事だ」
王族より先に帰る事有るまじ。
それを学園の、たかが駐馬車場係員が勝手にやっていた、と王太子は言う。
それを学園側も勝手に黙認していた、とでも言うのだろうか。
「まぁ、もうどうでも良いですけどね。私とディ……アッペルマン公爵令嬢は、今回の件を重く見て、議会へ抗議しますので」
王太子の前に凛と立つクラウディアの肩を抱き寄せ、ニコラウスが笑う。
その勝ち誇った顔は王太子を激昂させたが、同時に発せられた殺気にも近い威圧のせいで、王太子は顔を真っ赤にするだけで動く事が出来なかった。
ニコラウスが手を上げると、駐馬車場から馬車が出て来る。
「退かなければ
馭者のその言葉に、係員達は慌てて横へと退けていた。
「それでは、
必要以上に丁寧に、それこそ慇懃無礼に挨拶をしたニコラウスは、馬車へとクラウディアをエスコートする為に手を差し出す。
「ごきげんよう」
クラウディアは挨拶をすると、ニコラウスの手を取った。
「ディディ、難しい言い回しは
馬車の中でニコラウスが楽しげに質問する。
「ネロこそ、最後の挨拶は何よ」
クラウディアが同じように笑う。
あはははは、と声を出して笑う二人の声が聞こえて、馭者が少しだけ頬を緩めた。
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