第32話




 ヘルストランド侯爵家の馬車から、ニコラウスにエスコートされながら降りたクラウディアを、大勢の瞳が見つめていた。

 まだ正式に発表されていないとはいえ、この二人の婚約に横槍を入れるやからは居ない。


「なぜそんな下賎の男と一緒に来るのだ!」

「婚約もしていない異性と一つの馬車に乗るのは感心できませんね。王家に嫁ぐのならば、その辺はしっかりわきまえていただきませんと」


 王家の二人の王子以外は。


 いきなり意味の解らない事で絡んで来た二人をチラリと見たクラウディアは、軽く会釈をしただけでニコラウスの腕に自分の腕を回す。

 ニコラウスも無言で頭を軽く下げると、腕に添えられたクラウディアの手に自分の手を重ね、誇らしげに歩き始めた。


 優雅に歩くクラウディアとニコラウスの周りだけ、学園内なのに華やかなパーティーのような雰囲気をかもしている。

 周りの生徒からは溜め息が漏れ聞こえた。




「何か気持ち悪さが増しているわ」

 前を向いたまま、クラウディアが囁く。

 当然話題の内容は、今の王子二人の事である。

「王太子が勘違いするのはまだ解るが、第二王子がまるで自分の婚約者のようにディディに言うのは……下剤盛る?」

 最近のニコラウスの日課は、王家の誰かに下剤を盛る事である。

 おおやけの予定のある者に積極的に盛るので、主に国王や王妃達が被害に遭っている。


 これからはおそらく、学園で顔を合わせる二人が頻繁に被害に遭う事だろう。


「それにしても、見たかい? 王太子は青のサッシュを身に着けていたし、第二王子は青い宝石の付いたループタイをしていたよ」

 さすがに制服に刺繍は出来なかったのだろう二人は、クラウディアの瞳が青だからか、目立つ青色の物を身に着けていた。




 入学式は、学園内の講堂で行われる。

 新入生も既にクラスが発表されており、自分のクラスの席に、男女に分かれて座っている。

 席順は爵位の高い者からなので、女子の中で1番爵位の高いクラウディアは、男子側で端の席になった生徒と並ぶ事になる。


 1列五名。クラウディアの横に来る男子生徒は、伯爵位の者のはずである。

 1年生に公爵家の生徒はいないし、侯爵家はニコラウスだけだからだ。

 並びは第二王子、ニコラウス、伯爵家令息……となるはずだった。



「やぁ、クラウディア」

 馴れ馴れしく名前を呼んで隣の席に座ったのは、第二王子のヨエルだった。

「お席を間違えていらっしゃいますよ」

 声を掛けられたクラウディアは、前を向いたまま指摘する。


「良いんだよ。今年からは並びが変わったんだ」

 本来左が上座なのを、逆にしたのだと第二王子は言う。それを聞いたクラウディアは、無言で席を立った。

 女子の1番前の列の右端の生徒へと声を掛ける。

「今年から、右が上座だと第二王子殿下がおっしゃるので、席の交換をお願いします」


 言われた女子生徒はオロオロと周りを見回したが、第二王子とクラウディアの会話を聞いていた生徒達も無言で立ち上がり、席の移動を始めた。

 1番上位のクラスでガタガタと席の移動を始めたので、他のクラスの生徒も浮き足立つ。


 移動中の生徒の知り合いらしき他のクラスの生徒が声を掛け、席替えの理由を知り、そのクラスも移動が始まる。

 そして更に隣のクラスへとでんしていく。



 第二王子は予想外の出来事に、ただ茫然と移動する生徒達を眺めていた。

 当然ながら並び変更の話など嘘である。

 クラウディアの横に座る予定だった男子生徒を半ば脅す勢いで、席替えをした。

 伯爵家の令息は第二王子の席に座るわけにもいかず、体調不良を理由に会場を辞していた。


「誰かモルバリ卿を呼びに行ってくれないか。おそらく救護室だろう」

 席を移動しながら、ニコラウスが学園の職員へと声を掛ける。

 モルバリ卿とは、第二王子に席を取られた伯爵家令息の名前である。

「かしこまりました」

 上位クラスの1番近くに居た職員が、使用人のような返事をして会場を出て行った。



 学園には教師とは別に、生徒の手助けという名の世話をする職員がいる。

 屋敷で全ての世話をされている貴族の子女が、学園に入学したからといきなり全て自分で出来る訳が無い。

 やらないのではなく、やれないのだ。知らないのだから。


 職員に連れられて戻って来たモルバリ伯爵令息は、安堵した表情で新しい席に座った。

 やはり一生に一度の学園入学式である。

 内心では参加したかったのだろう。




 今回の席替えが原因で、第二王子は我儘王子と陰で囁かれる事になった。

 意味も無く、新入生のほぼ全員が席を移動する事になったのだから、妥当な評価とも言える。

 因みに移動が全員では無いのは、1列が五名で左右の交換なので、真ん中の生徒が動かない為である。


 式の後で「私一人が移動するだけのつもりだった」と言い訳していたが、王家の人間が自分の発言の持つを理解していない、と更に評価を下げただけだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る