学園編

第31話




 今日は嬉し恥ずかし入学式である。

 先に登校して行ったルードルフ以外、全員がエントランスホールに集まっている。

 残念ながらお腹に子供のいるカルロッタは見送りだが、両親とマティアスは入学式に保護者として参加するのだ。


「安定期に入ったから大丈夫なのに」

 本当に残念そうな様子のカルロッタに、クラウディアは笑う。

「入学式など退屈なだけですわ」

 それは前回にクラウディアが感じた、素直な感想である。


 長々とした意味の無い偉い人達の挨拶と、やたらと偉そうな王太子の挨拶があるはずだ。それどころか今回は、前回は無かった国王の王子褒めまくり話まであるかもしれない。しかも二人分。

 妊婦には要らない精神的負担が掛かってしまうだろう。



「この国の入学式を見たかったのだけど、この子の時の楽しみに取っておくわ」

 カルロッタの笑顔に、クラウディアも笑顔を返す。

「その時は、私も参加しますね」

 自然と出た言葉に、クラウディアは自分でも驚く。


 顔も見た事の無い甥っ子。

 公爵家でのお披露目には参加出来ず、彼の社交デビューの時には、もうクラウディアはこの世に居なかった。



「勿論、私も一緒に」

 いつの間にか来ていたらしいニコラウスが、クラウディアの肩を抱き寄せながらカルロッタの前に居た。

 こういう時は、もう少し気配を出して欲しい、とクラウディアは密かに思う。


「あら、おはよう。ニコラウス卿」

 カルロッタが挨拶をしながら、ニコラウスを上から下まで観察する。

「思ったより普通ね」

 どこか残念そうにしているカルロッタは、どれほどのを想像していたのか。


「やはり白金と青の、2色での刺繍の方が良かったですかね」

 クラウディアから手を離し、両腕を広げて全身を見せるニコラウスへ、カルロッタが何かを言おうとする。

 しかし、それは言葉にならなかった。

 マティアスが肩を抱き寄せ、言葉を止めたからだ。


「それくらいが良い塩梅あんばいですよ」

 褒めているようだが、視線は冷たい。

 暗に「それ以上やったら下品だから止めろ」と言っている。

「害虫が青くなければ、私もこれで満足なのですがね」

 ニコラウスは掌を上に向けて肩をすくめて見せた。

 害虫とは、アッペルマン公爵家で王子二人を示す隠語である。


 このとても貴族らしい会話が二人は好きなようで、昔からよく交わしている。

 まだいまいち理解出来ないルードルフがこの場にいたら「今のはどういう意味?」と聞いていただろう。



「刺繍より、青いサッシュの方が良いわ」

 カルロッタが侍女から箱を受け取った。

「入学おめでとう」

 その箱をニコラウスへと渡す。

「開けても良いですか?」

 受け取ったニコラウスが問うと、カルロッタは笑顔で頷く。

 すぐに使うと予想していたのだろう。簡単なリボンが掛けてあるだけの、簡易包装である。


 箱の中から出てきたのは、クラウディアの瞳と遜色の無い青いサッシュである。

 濃くも薄くも無い、そのままの色。


「本当にお義姉様はこういうのが大好きなのだから」

 少し呆れたような声を出しながら、クラウディアは自身の髪を耳に掛ける。

 そこには、血のように赤い紅玉ルビーがあった。


「私の祖国には無い伝統だから楽しくて」

 楽しそうに笑うカルロッタを飾る宝飾品は、全て白金プラチナに緑の宝石が付いている。

 無論、マティアスの髪色に瞳の色である。



「はい、はい! そろそろ出発しないと遅刻しますよ」

 両手を叩いてそう告げたのは、緑の生地に銀色の、見事な刺繍の入ったドレスを着たヒルデガルドである。

 その姿を見て満足そうにしているイェスタフは、同色の生地のジャケットに、金色の刺繍が施されている。

 袖口の折り返しなどが青色なのは、ヒルデガルドの瞳の色だからだろう。


「相変わらず、鉄壁な愛の深さだな」

 マティアスが感心したように言うのに、カルロッタが無言で頷く。

「刺繍は色違いの同じ意匠なのですね」

 クラウディアも素直に感心する。

 蔦柄に拘らなくでも、これならば周りに「愛の主張」が出来る。


 因みにニコラウスとクラウディアの制服の蔦柄は、伝統的な意匠だが同じ物では無い。

 男女では刺繍の紋様が違うのが一般的なのだ。




「婚約発表の時は同じ青色の服を着て、ディディは黒の、私は白金の同じ意匠の刺繍にしようか」

 学園に向かう馬車の中。

 突然告げられた内容に、クラウディアは目を見開いた。

 まるっきり同じ事を考えていたからだ。


 赤いドレスでは、婚約発表の席で着るには毒々しく、黒では祝いの主人公らしくないと悩んでいたのだ。

 同色の青色にし、いつものように黒いレースで飾るにしても、せっかくの婚約発表なのだから、あともう一押しが欲しかったのだ。


「男女で同じ刺繍。さすがにその発想は無かったね」

 年相応の顔で笑うニコラウスを、クラウディアも年相応の顔で幸せそうに見つめた。



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