第25話




 マティアスは3年早く婚約をした。

 学園卒業半年後の予定が、入学半年後になったのだ。

 カルロッタは留学生なので学園の寮に住んで居たのだが、婚約者だからという理由でアッペルマン公爵家に住む事になった。

 無論、彼女の実家である他国の公爵、ホルムバリ家には許可を取っている。


「まあぁ! 本当に大きいわね」

 うまやかんの声をあげているのは、ヒルデガルドである。

 カルロッタの愛馬がアッペルマン公爵家へ到着したのだ。

 飼い主よりも大歓迎している。


「前回も見ているのでは?」

 クラウディアが横に居るマティアスにコソリと聞く。

「いや、前回は手続き中に妻の妊娠が発覚しての。結局母上が生きているうちには呼べなかったのじゃよ」

 しみじみと言うマティアスは、話し方がしまっているのに気付いていない。



「私は、母が亡くなった事すら知らされませんでした」

 当然、葬儀にも参列していない。

「金だけ送られてきたから、王家に行って変わってしまったのかと悲しくなったよ。まぁ、あの遺書で全てを理解したけどね。家族に王宮での事を話されたら困るから、王宮ぐるみで隠蔽したのだろうね」

 はぁ、と大きく息を吐き出したマティアスは、前を向いていた視線を横のクラウディアへ移した。


「いつ、母上が亡くなった事を知ったの?」

 問われたクラウディアは、首を傾げる。

「そういえば、誰から聞いたのかしら?」

 王宮の使用人や、まして王家の人間のはずがない。二人の脳裏に、一人の男の姿が浮かんだ。

 黒髪に赤い瞳。今よりも遥かに成長している美貌の暗殺者。


「……まぁ、良いか」

 溜め息を吐き出したマティアスが1歩踏み出す。

「母上! カルロッタも馬も驚いていますよ!」

 笑いながら去って行くマティアスの後ろ姿を、クラウディアは静かに見つめていた。




 学園を卒業したらすぐに結婚するのだろうな、と誰もが思うほどにマティアスとカルロッタは仲睦まじい。

 朝は一緒の馬車で登園し、昼も一緒に食べ、一緒の馬車で帰って来る。

 そして若干一方通行気味ではあるが、クラウディアとニコラウスも、婚約するのはほぼ確定だ。

 もしも反対などしたら、ニコラウスの報復が怖過ぎる。


 そうなるとやはり気になるのは、ルードルフの事である。

 本人も最近は、クラウディアとニコラウスとの三人のお茶会の時に「僕の奥さんになる人はどんな人かなぁ」と口にするようになった。



「子供のお茶会に参加します?」

 ニコラウスが参加しない午後のお茶の時間に、クラウディアがルードルフへと提案してみた。

 実際はお茶会という名の、婚約者を探している子供達の集団お見合いである。

「一人で行くのやだもん」

「あら、私も一緒に行くわよ」

 クラウディアの台詞を聞いて、ルードルフの顔が本気で嫌そうに歪む。


「そしたらニコラウス卿も来るじゃん。絶対に何しに来たって顔で皆に見られるよ、僕まで」

 ルードルフに言われた言葉に反論しようとして口を開けたクラウディアだったが、否定出来ないと気付いて何も言わずに口を閉じた。

 お茶会の間中、自分にまとわりつくニコラウスの姿が容易に想像出来たからだ。



「マーチャは学園に入学してから婚約者のカルロッタ様と出会ったのよ。ルーチャはまだ11才じゃない」

 お茶会を諦めると、子供の出会いの場は極端に減ってしまう。親族の誕生日パーティーや、紹介など身内に偏ったものが多くなる。

 今、無理に探さなくても良いのでは? とクラウディアは考えてしまう。


 王太子も学園入学まで待てば、本当に愛する人を正妃に出来たのだから。


「僕もきっと、お母様みたいな人を選ぶんだろうな」

 ルードルフが照れたように笑う。

「あら、素敵じゃない。お母様は素晴らしい女性であり母親だわ。男性が妻に求めるのは、母親に似た人なのよ」

 クラウディアは断言する。



 王太子も、見た目はともかく中身は母親にそっくりの、あの側妃を最終的には選んでいた。

 思えば王太子は、側妃と出会うよりもずっと以前に、クラウディアに関心が無くなっていたように思う。

 見た目で惚れたクラウディアの事はすぐに飽きてしまったのに、側妃の事はずっと構っていた。


 我が儘で自分勝手で自己中心的で、派手好きで浪費家。

 王家全員に共通している特徴である。

 王妃達はそれそれ別の家から嫁いで血が繋がっていないはずなのに、正妃も側妃も、今はまだいない王太子の側妃も、全員とてもよく似ていた。


 王女達も一人残らず似たような性格だったので、まだ話した事の無い第二王子にも、クラウディアは何も期待していなかった。



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