第24話




「あの時、最後まで言い切ってくれれば実行したのに」

 マティアスの入学式から数日。

 ルードルフの授業が長引いている為に二人きりでのお茶会になった時、ニコラウスがクラウディアへ笑顔でそう告げた。

 マティアスはまだ学園に居る時間である。


「あの時?」

 クラウディアが首を傾げる。

「馬車の中で言ったでしょ。王族全員が流行病で……と」

 口角を持ち上げながら言うニコラウスの言葉に、あぁ、とクラウディアは思い当たった。

 最後まで言い切る前に、マティアスが馬車に戻って来たのだ。


「別に本気で言ったわけでは無いわ」

 クラウディアが紅茶を一口含む。

 何でも無い事のように振る舞っているが、内心は心臓バクバクである。

 その時は本気で殺意が湧いていたとしても、愚痴の延長線上に有る程度の感情だった。

 まさか正式に依頼したわけでもない、思わず口から零れ落ちた言葉に反応されるとは、さすがのクラウディアも思っていなかった。


「ふ~ん」

 どこか残念そうに、しかしもう興味は無くなったようにも見える態度で、ニコラウスも紅茶を口に運んだ。




「おかしい。僕だけ血が繋がっていないのかもしれない」

 テーブルに突っ伏してそう呟いたのは、勉強疲れしているルードルフだ。

 前回の記憶があるのを抜きにしても、マティアスとクラウディアの二人よりも、ルードルフは勉強が苦手のようである。


「大丈夫よ。ルーチャは間違い無くお母様の子供だわ」

 元侯爵令嬢で現公爵夫人のヒルデガルドだが、乗馬好きの活発な女性である。

 本当は婿を迎えて侯爵家を継ぐはずだったのだが、イェスタフと大恋愛をして結ばれたらしい。


 今は公爵夫人であると共に、侯爵家当主の座も有している。

 ヒルデガルドは一人っ子であり、兄弟姉妹がいないからだ。

 リセット王国では、なぜか高位貴族は直系である事が重要視される。

 傍系男子より、直系女子の方が後継者として優先される。

 直系が生きている限り、傍系は当主になれないのだ。


 後継者の女性が自分より高位な者へ嫁いだ際は、権利を有したまま嫁ぎ、子供へと継承するのである。

 その為、殆ど知られていないが、実はルードルフは次期侯爵家当主なのである。



 そういえば、とクラウディアは遠くを見つめる。

 前回はルードルフが幼くして亡くなっていたし、ヒルデガルドもクラウディアより先に亡くなっていた。

 侯爵家後継者の権利はどうなっていたのだろうか? と。


 ヒルデガルドが亡くなったのは、マティアスの二人目の子供が生まれるよりも前だったとすれば、その権利はクラウディアが持っていた事になる。

 傍系へ権利が移る際は面倒な手続きが必要なのだが、直系の場合には国の公的機関が戸籍を基に、勝手に手続きをしてくれる。

 どれだけ直系にこだわるのか。


「どうしたの? ディア」

 中空を見つめて動かなくなったクラウディアを、体を起こしたルードルフが心配そうに見ていた。

「ううん、後継者教育は大変そうだなって考えてた」

 にっこりと笑ったクラウディアを見て、ルードルフは「そうなんだよ~」と、またテーブルに突っ伏した。




 入学式から3ヶ月。

 マティアスは無事に婚約者候補の女性をアッペルマン公爵家へと連れて来た。

 カルロッタ・ホルムバリ。

 他国からの留学生である令嬢は、猫が被りきれないほどに活発で、どこかヒルデガルドに似ている。


 しかし所作はとても綺麗だし、頭の回転も早く、とても公爵家の女主人に向いている。

 少しくらい活発過ぎる位の方が他の貴族家に舐められなくて良いのかもしれない。


「まぁ、ではご実家には栗毛が?」

 ヒルデガルドが目を輝かせてカルロッタへと問い掛ける。

「はい。5才から一緒の子で、結婚したら嫁入り道具として連れて行きます」

 嬉々として答えるカルロッタの手を取り、ヒルデガルドが立ち上がる。

「では、今は私の自慢の子を紹介するわね。私も嫁入りの際に連れて来たの! いつか貴女の子も見たいわ」

 年の離れた友人のような二人に、マティアスは苦笑する。


「前回もあのような?」

 クラウディアがコッソリとマティアスへと聞く。

「いや、前回は家に連れてきたのは卒業間近になってからだし、そもそも母上がもっと猫を被ってたな」

 マティアスがどこか嬉しそうに二人の後ろ姿を眺める。


 前回の嫁の為人ひととなりを知った上で、母親が最初から友好的な関係を築こうとしているのである。

 それはとても誇らしいし、嬉しい事だろう。


「あぁ、そうだ。妻には前回の記憶は無いよ」

 マティアスが言う。

 まだ婚約もしていないのに、もう妻確定らしい。


「栗毛、私も会ってみたいですわ」

 クラウディアが言うのに、マティアスが笑う。

「母上の白馬のようなのを想像しては駄目だよ。脚は倍は太いし、荒地を開拓してきた血筋の馬だからね」

 ヒルデガルドの白馬は軽種なのだが、カルロッタの栗毛は重種のようである。




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軽種:主に乗用や、乗用の馬車を牽くために改良された品種で、軽快なスピードとある程度の耐久力をもつように改良されているex競走馬

重種:主に農耕や重量物の運搬のために改良された品種。体重1トンを超えることもexばんえい競馬

※wikiより抜粋

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