第23話




「馬鹿なのかしら」

 辛辣な言葉は、ヒルデガルドの口から零れたものである。

「マティアスを側近にして、クラウディアへ近付こうという魂胆だろうな」

 冷たい声で淡々と話すのは、イェスタフだ。


「兄さんは公爵家の跡取りだから、側近なんてやるはずないのに」

 ルードルフが呆れたように呟く。

 呆れた相手は、勿論王太子である。

 クラウディアは、膝上の手紙を手に持ち眺める。

 最近、見慣れてきた文字で書かれた手紙。


 クラウディアとは違い、年齢相応の少し拙い文字。

 侯爵家の後継者教育に辟易していると愚痴り、勉強が苦手のルードルフと意気投合していたニコラウス。

 貴族としてのきちんとした教育は二人とも今回が初めてなので、大変なのはしょうがないだろう。


 クラウディアは、手紙を丁寧に畳んでポケットに仕舞った。



 なぜ誰もこの手紙に対して何も言わないのかしら。そう思ったクラウディアだったが、両親には前回の記憶が有るのだと思い出した。

 ニコラウスのにも気付いているのだろう。

 ルードルフはまだ11才なので、気になるのは手紙の内容だけで、誰が、とかは気にしていないようだ。


 そう。ルードルフが11才なので、クラウディアとニコラウスは10才。

 王太子は12才である。

 それでどうして16才のマティアスを、今から側近にしようというのか。


 学園は16才から18才までの3年間しかない。

 マティアスが王太子と一緒に学園で学ぶ事など無いのだ。

 王太子が学園に入学した時ならば、マティアスは20才なので、側近に希望するのもまだ解る。

 だがしかし。


「マーチャにかこつけつけて、公爵家へ通う気満々じゃない」

 クラウディアが子供らしさを残したまま怒って見せるが、心の中には本気で殺意が湧いている。

「原因不明の流行はやりやまいで王族全員……」

 儚くならないかしら、とクラウディアが物騒な事を口にする寸前、馬車の扉が開いた。


「お待たせしました」

 自分で扉を開けて入って来たのは、疲れた顔のマティアスだった。

 馭者が扉を開けるのを待てないほどに、疲弊しているようである。

「あぁ、早く帰って甘い物が食べたい」

 ルードルフに抱き着き頭に頬擦りしながら、マティアスが疲れた声を出した。




 マティアスから説明された内容は、予想通りだった。

 いや、予想よりも遥かに酷かった。


 王太子は講堂に男子生徒を集め、衆人環視の中でマティアスを王太子の側近へと指名した。

 そうすれば拒否は王家への不敬と取られるのを恐れ、了承すると思ったのだろう。

 浅はかである。


 マティアスは次期当主の当然の権利として、側近の話を固辞した。

 まさか断られると思っていなかったのか、激昂した王太子はマティアスを罵倒し、マティアスが了承するまで誰も帰る事は許さないとまで言い出した。


 こっそりと抜け出した教員が先に王宮へ帰った国王を呼びに行き、王太子を回収するのを待った為にこの時間になったのだと言う。

 余りにも馬鹿馬鹿しく、しかし看過出来ない案件である。

 アッペルマン公爵家としては、正式に王家に抗議するしかない。


 関わらないでくれれば何も問題無いのに、王太子は本当に余計な事ばかりする男である。




 屋敷に帰ったアッペルマン家の面々は、遅い昼食を済ませ、それぞれの部屋へとさがった。

 クラウディアも自室へ戻り、ソファで寛ぎながらも、今後の事を考える。


 もしもマティアスが今側近になれば、王太子と一緒に行動しなければいけなくなるので、学園に居る時間も自然と減るだろう。

 自分の自由時間が著しく減る事になる。

 未来の婚約者との時間も取れない可能性が出てくる。


「自分の事しか考えていない自分勝手な所は、当たり前だけど変わらないのね。本当に馬鹿王太子だわ」

 クラウディアは天井を見上げ、両手を上に伸ばした。

 甦った日よりも大分大きくなったが、まだまだ子供の手である。



「それにしても誰の入れ知恵で、私を婚約者に望んでいるのかしら? 正妃かしら? 国王……では無いわね。あの人は自分さえ良ければ、周りがどうなってようと興味の無い人だわ」


 それに今はまだ大人達の思惑で動かされているであろう王太子も、もう少し周りが見える年齢になれば、自分の立場が磐石では無い事に気付いてしまうだろう。

 前回は居なかった第二王子の弊害である。


「前回はたった一人の王子で、甘やかされて我が儘放題に育った馬鹿で、今回は異母弟に王太子の座をおびやかされる不安から我が儘を言う馬鹿」

 クラウディアは天井を見つめていた目を閉じ、両手を力無く体の横へと下ろした。


「馬鹿は馬鹿のままなのね。あぁ、もう面倒臭い」

 愛情の反対は無関心だと聞くが、殺意が湧くほど嫌いなのはどうなのかしら? と思うクラウディアだった。



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